てりとりぃ放送局アーカイヴ(2012年3月30日〜2012年4月13日分)

 よく音楽のプロデューサーは「料理人」などと形容される機会がありますが、とある楽曲を一例として、実際の音源から「料理」のレシピとその素材を検証してみようかな、と思います。「サンプリング」という言葉も今やすっかり有名になり、こうして並べてみればどこか安直な手法と思う方もいるかもしれませんが、実際には新しい料理として賞賛されたメニュー(曲)は過去数える程しかありません。料理ですからお口に合う場合も合わない場合もありますが、一応この手のジャンルにおいては日本を含め世界的に大絶賛されたレシピの一例です。(2012年3月30日更新分/選・文=大久)


Chi-Lites / My First Mistake (1977)

 70年代シカゴ・ソウルの大スター、シャイライツは70年代初期のニュー・ソウル作品群で有名ですが、御多分に洩れず70年代終わりになるとディスコ・サウンドを導入します。77年の「THE FANTASTIC」というアルバムはフィリーのシグマ・サウンド録音で、豪華なオーケストレイションが堪能できる1枚。シングル発売もされたこの曲の、ブレイク部分の後、アップテンポにリズム・チェンジしてからのホーン・アレンジ部分と歌詞にご注目願います。


Rare Pleasure / Let Me Down Easy (1976)

 めちゃレア盤なので、カルトなファンしか知らなかったというアーリー・ディスコ期の隠れた名曲。7人組のレア・プレジャー唯一のシングル曲ですが、このオリジナル・ヴァージョンのイントロのピアノ・リフにご注目。ちなみにこの曲は後(79年)にサルソウル傘下の人気女性グループ、ファースト・チョイスにカヴァーされたことでも、さらには近年人気DJフランソワ・Kがエディット・ロング・バージョンを作ったことでも有名になっています。


Working Week / Rodrigo Bay (1985)

 ワーキング・ウィークというUKソウル・グループによるこのラテン・ソウル曲は映画『ビギナーズ』(86年)の中で使用された曲です。ワーキング・ウィークはヴォーカリストを固定していないプロジェクトなのですが、同曲で素晴らしいヴォーカルを披露しているのは、後にソロでもいくつかのヒットを残しているジュリエット・ロバーツ。ワーキング・ウィークは彼女のプロ・デビュー・バンドでもありますが、スウィング・アウト・シスターのヴォーカル、コリーヌ・ドリュワリーもワーキング・ウィーク出身者です。


David Morales feat. Juliet Roberts / Needin' U II (2001)

 そんなワケで料理が出来上がりました。デヴィッド・モラレスはクラブ・ミュージックに限らず、今やメジャー・ヒットを量産するNO.1トラックメイカーですが、彼名義(正式にはTHE FACEというユニット名義)の「NEEDIN' U」という曲はシャイライツの「MY FIRST MISTAKE」のホーン・フレーズとレア・プレジャー「LET ME DOWN EASY」のピアノ・フレーズをサンプリングして作られたハウス・インストのトラックで、98年に発表されました。その3年後、ゲスト・ヴォーカルにジュリエット・ロバーツを迎えフル・ヴォーカル曲としてリメイクされ2001年に再発売、世界的なヒットとなったクラブ・アンセムです。

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 ポール・マッカートニーという人は本当に恐ろしい人だなあ、と思います。財産の半分をくれてやった憎たらしい前女房との闘争もそこそこに、サッサと超美人の新しい奥さんを貰ったモテ度に嫉妬してるっていうわけではなく(笑)、まさに「音楽の塊」のような生命体なんですよね。ポールのメロディー・ラインについてはそれこそ常に語られる機会が多いキーワードですが、彼は実は常にリズム・マスターでもありました。というわけで今回はポール・マッカートニーの作品の中から、あえて「ワルツ・テンポ」の曲だけを集めてみました。(2012年4月6日更新分/選・文=大久)


Paul McCartney / Junk (1971)

 ビートルズ作品にも「BABY'S IN BLACK」や「I ME MINE」他いくつかの3拍子曲がありますが、こちらはポールのソロ・デビュー作に収録されたワルツ・テンポのフォーク曲。ポールのソロ・デビュー・シングル「ANOTHER DAY」も、Aメロが4/4、他は3/4という変拍子の曲ですが、哀愁たっぷりのこちらも(曲タイトルとは裏腹に)捨てがたい1曲です。


Paul McCartney & Wings / Treat Her Gently - Lonely Old People (1975)

 このアルバムほど「CDのボーナストラック」という存在を恨んだこともありませんでした(笑)。名作『VENUS AND MARS』はこの感動的な6/8〜3/4拍子の大作メドレーと、最後のギター・インスト「クロスロードのテーマ」で終わるべきなんです。くだらないボーナス曲とかを入れたがる/欲しがる神経が理解できませんね。「1曲でも多いほうがお得」という貧乏人根性がクラシック・アルバムを破壊するってことに早く気付けよポール。


Wings / Mull Of Kintyre (1977)

 それまで長らくイギリスでの最多販売数記録を持っていたシングル曲はビートルズ「SHE LOVES YOU」でしたが、14年後にその記録を塗り替えたのはこの曲でした。北欧、アメリカ、日本以外の殆どの国でNo.1となったウィングス77年のこの曲は、スコットランド・ワルツの様式をそのまま用いた、まさに牧歌的なブリティッシュ・トラッドのニュー・スタンダード。ちなみにキンタイア岬は、ポールが自分の農場を持っていた場所。


Wings / The Broadcast (1980)

 こちらは80年のウィングスのラスト・アルバムに収録されたインタールード曲。実は同アルバムでこの曲の前に登場する「WINTER ROSE - LOVE AWAKE」も3拍子曲なんですが、そちらはまるでスティーヴィー・ワンダー「愛の園」を彷彿させるようなドンヨリとしたダークな曲。それよりはその名もズバリ「放送局」というこっちのほうがいいかな、と思い選んでみました。余談ですが、ポールの97年作『FLAMING PIE』の冒頭を飾る曲「THE SONG WE WERE SINGING」も3拍子のフォーク曲です。


Paul McCartney / Motor Of Love (1989)

 ポールにもいろいろありました。頑張ってみるものの、やる事成す事全部「駄作」と呼ばれた時期が10年以上続いたりしました。映画も大失敗しました。そんな「昔の名前で出ています」状態から脱出できたのは89年の『FLOWERS IN THE DIRT』でした。同作のエンディングを飾るのは、76年の『VENUS & MARS』のエンディングを彷彿とさせるワルツのバラードでした。なーんてことを考えちゃうといまだに泣けますねぇ。


*動画のリンク切れの場合はご容赦ください。


 まずはこちらの曲をお聴きいただきたいのですが、これはピンク・フロイドが1971年に発売した『MEDDLE/おせっかい』というアルバムの収録曲「FEARLESS」です。この曲には参加ミュージシャンとして「THE KOP」というクレジットが入っています。曲の後半、4:50くらいから、サンプリングされたTHE KOPによる「歌」がお目見えします。すでにお判りになった方も多いと思いますが、今回聴き比べするのはこの曲です。ロジャーズ&ハマースタインが作曲した感動的なバラードのスタンダード「YOU'LL NEVER WALK ALONE」です。(2012年4月13日更新分/選・文=大久)


The KOP - You'll Never Walk Alone

 THE KOPとは、英国のサッカー・チーム、リヴァプールFCのホーム・スタジアム「アンフィールド」の中で、ゴール裏を陣取るホーム応援席を指す言葉ですが、転じてリヴァプールFCの熱狂的ファンを指すようになりました。1963年、リヴァプール出身のジェリー&ペイスメイカーズがこのバラードをカヴァー・ヒットさせて以来、リヴァプールFCの応援歌になったこの曲は、今もTHE KOPによって世界中で歌われ続けています。アンフィールドの入場口も写真のようなカンジになってます。まさにアンセム、ですね。

Christine Johnson / You'll Never Walk Alone (1945)

 いまではサッカー・サポーターのアンセムとして有名な「YNWA」ですが、元々は45年のブロードウェイ・ミュージカル『CAROUSEL/回転木馬』のためにロジャース&ハマースタインが書いた曲で、こちらの動画はそのミュージカルで歌われたオリジナルのヴァージョンになります。「人生ひとりではない」という邦題もあるそうです。同ミュージカルは、日本でも1969年に宝塚歌劇団も上演したとのことです。


Frank Sinatra / You'll Never Walk Alone (1945)

 レコード版として最初にヒットしたのは、同年フランク・シナトラがカヴァーしたこのヴァージョンでした。ビルボードでチャート9位にまで上がったこの曲のおかげで、以降は完全にスタンダード化し、数多くのカヴァーが生まれることになりました。さっき検索したら音盤化されてるだけで80以上のアーティストが出てきました。余談ですが、シナトラはネルソン・リドルと共演した63年にもこの曲を吹き込んでいます。

Mormon Tabernacle Choir / You'll Never Walk Alone

 80以上あるヴァージョンを全部知っているわけではありませんが、中でも個人的にお気に入りのひとつがこのモルモン・タバナクル合唱団のヴァージョンです。声楽とか宗教音楽には殆ど疎い当方ですが、同合唱団は現存する中で最も歴史が古く(1847年設立)、そして最も大規模な(メンバーは360人)合唱団なのだそうです。実は昨年の3月、海外の知人から貰ったメールにこの動画のリンクが貼られていたのですが、やっぱり嬉しかったですね(曲はよく知っていたハズなんですが)。

Fans at Civic Hall, Wolverhampton, 22 Dec. 1988

 さて最後にちょっとヘンテコな動画を載せます。当方の涙腺を毎度まいど破壊してくれる映像なのですが(笑)、1988年、とあるアーティストに群がるその熱狂的なファン、という図です。くだんの曲は動画の後半、4:24くらいから流れますが、この曲はザ・スミスのコンサートのエンディングでも流された曲でした。歌はシャーリー・バッシーで、1960年録音のヴァージョン。個人的にも「特別な」ヴァージョンです。何故ザ・スミスがこの曲を選んだか、それはこの動画を見れば、もしくはTHE KOPという存在を生んだイギリスの文化を考えれば、なんとなく判るような気もしますよね。

*動画のリンク切れの場合はご容赦ください。