2013年11月22日(金)

山形より、「宇野誠一郎音楽会2013」のレポート




 山形県のかみのやま温泉にある「シベールアリーナ」は、この地に縁の深い作家・井上ひさしの記念館的な「母と子に贈る日本の未来館」に併設された劇場で、11月3日に『宇野誠一郎音楽会2013』と題されたコンサートが開かれ、僕は客席で耳をそばだてた。満員御礼となった会場に集まった、地元の観客の方々にとって、宇野誠一郎という作曲家がどうとらえられているのか興味があったからだ。その4部構成の内容は以下のとおり。
 第1部は鳥取県米子からやって来た、井上ひさしのお気に入りのグループ、ゴスペルオーブによる、『ひょっこりひょうたん島』楽曲を中心にした、元気のいいステージ。暖まってゆく会場に反し、隣の席では、彼女たちの強烈なコール&レスポンスを知るシャイな

馬場正道が、大きな身体を縮ませてゆくのが分かった。
 第2部は、「てりとりぃ」同人・江草啓太の率いる楽団ーー向島ゆり子(バイオリン)、橋本歩(チェロ)、田ノ岡三郎(アコーディオン)、熊谷太輔(パーカッション)、加えて重住ひろこの歌による、お馴染みの曲からマニアックな曲まで取り揃えた演奏。とろりんと甘い宇野メロディに、ウィンドゥチャイムのキラキラした音色が似合うこと。そして怪作『ネコジャラ市の11人』の演奏が個人的にたまらない。江草氏らはその後も大活躍だった。
 第3部は、宇野誠一郎が音楽を担当した、こまつ座での舞台経験を時系列で語り、歌う、女優・島田歌穂のショウタイム。『日本人のへそ』で歌われた過激な艶笑歌で笑いをとり、最終的には『頭痛肩こり樋口一

葉』の劇中歌である、宇宙に飲み込まれるような名曲「わたしたちのこころは あなのあいたいれもの」でしめられた。
 第4部は、宇野夫人である里見京子による宮沢賢治『よだかの星』の朗読(音楽は宇野作曲によるものを生演奏)から、盟友・黒柳徹子とのトークへ。ふたりの掛け合いは絶妙で、テレビ放送黎明期を過ごした貴重なエピソード満載のガールズトークに、客席は湧きに湧いた。
 さて、僕が聴いた観客の声は「普段は芝居など観ても、音楽にまで気が回らな

いが、こうして知ることができたのは価値があった」「作曲者のことなど知らないのに、作られた曲はよく知っているので驚いた」というものだった。そういえば、司会として登場した中山千夏は「宇野先生は、全く表に姿を見せず裏方に徹していた人だから、一般的にそれほど名前は知られていないけれども、創りだす音楽の素晴らしさは誰もが知っている、そこがカッコイイ」と語っていたっけ。まさに、コンサートの企画は成功だった。3時間を越える音楽会が終わった頃には、すっかり陽も落ちていた。ひとりのお婆ちゃんが目の前を通り過ぎ、迎えに来た家族の車に乗り込むなり「宇野誠一郎という人がいてね…」と話す声が遠ざかっていくのを僕は聴いた。
(足立守正=マンガ音楽愛好家)
撮影:田村玲央奈



「宇野誠一郎音楽会2013」のこと

 11月3日、山形のシベールアリーナで「宇野誠一郎音楽会2013」があった。
 その前日から鈴木啓之さん、星健一さん、長井夫妻、ぼくの5人は東京駅で待ち合わせて新幹線に乗った。そこには吉田宏子さん、前田雅啓さん、田村玲央奈さん、それに江草啓太さん、田ノ岡三郎さんら演奏メンバーも乗っていた。大宮駅からは企画者の濱田高志さんも合流。てりとりぃメンバーだけでもこれだけ集まっていた。

 開演30分前。シベールアリーナには続々と人が集まってきていた。会場に向かう途中、壁には宇野誠一郎さんの写真が飾ってある。若い頃の黒柳徹子さん、里見京子さん、横山道代さん。愛車との記念写真。録音風景。とくに白黒の写真はどれもかっこよかった。会場では宇野誠一郎さんの音楽が流れている。開演の合図と共に司会の中山千夏さんがステージに現れた。そこからはもうあっという間の夢のような時間だった。

 第一部、まずはゴスペルオーブの歌で会場が暖まる。「アイアイ」ではステージから飛び出し、会場全体が一丸となって歌った。そこから第二部へ。司会の中山千夏さんが再び現れる。そこで少しだけ歌った「もしも僕に翼があったらなあ」は素晴らしかった。もちろんバックの演奏はない。それなのにリズムが聴こえてくるような。星がキラキラと光る夜空が目の前に広がるような。あれから何十年もたつのにその声はひょっこりひょうたん島のハカセ、そのままの声だった。
 第二部、江草啓太と仲間たちの演奏が始まった。「チロリン村とくるみの木」から始まり次々と宇野誠一郎さんの音楽が飛び出してくる。不思議なことに歌がなくても頭の中に歌詞が降りてくると声が自然に聴こえてくる。楽しくも、とき

どき不意をつくように胸が締め付けられる。切ないメロディ。「ははうえさま」「悪魔ソング」「キャンティのうた」では重住ひろこさんの透き通るような声が入る。広がりのある低音を響かせるチェロ橋本歩さん。正確なパーカッション、熊谷太輔さん。哀愁のある田ノ岡三郎さんのアコーディオン。ヴァイオリン、向島ゆり子さんの枯れた音も素晴らしい。たまにアイリッシュ音楽のように聴こえてくるのが不思議で、とても心地がよかった。
 第三部では島田歌穂さんが登場。しかしこの方はどれだけいろんな声を持った人なんだろう。ぼくが今まで聴いたそれとはまた違った。ときどき顔を見せるオペラに民謡。涼しい顔をしてすごいことをしている。
 4部、いよいよ里見京子さんによる宮沢賢治「よだ

かの星」の朗読。あの小さな体のどこからあんな声が出ているのだろう。大人だと思うと子供の声になる。すると次の瞬間、男に。まるでメルモちゃんを見ているような錯覚に陥った。
 トークでは黒柳徹子さんも登場し、宇野誠一郎さんのとの思い出などを話す。凍った肉まんを宇野さんにそのまま出すという話。皿の上では肉まんが滑っていた、という話を昨日のことのように話していた。会場が笑い声で埋まっていく。たくさん笑って、笑い疲れたころ。中山千夏さんが止めに入り、その会は終わった。途中休憩はあったが、3時間も経っていないんじゃないか。そう思ったが、会場を出ると外は真っ暗だった。ありがとう、ありがとう、という声がいろんなところから聞こえてきた。
(馬場正道=渉猟家)
撮影:田村玲央奈



てりとりぃアーカイヴ(初出:月刊てりとりぃ#40 平成25年6月29日号)
フリップかわいいよフリップ

 音楽業界で原稿を書く仕事をしていると、いわゆるウラバナシといった類いのエピソードを持つ機会が増えます。ただし自分が持っているウラバナシと、自分の知りたいウラバナシは、ほとんどの場合一致しません。またそれらは交換価値を持たないので、ほとんどの場合流通/流出すること

もありません。しかし、フとした機会にその情報がもたらされることがあったりもします。
 昔から超カタブツ、インタビュアー泣かせ、哲学的で難解な論理派、とりあえずは否定から入る、一般論から遥か遠い場所に位置する己の倫理にのみ従順に生きる、そんな変わり者の奇

才として知られるミュージシャン(ただし本人は「私はミュージシャンではない」と言い張りますが)ロバート・フリップ。もちろん歴史上最も重要なグループのひとつでもあるキング・クリムゾンのリーダー兼ギタリストであります。
 先日、70年代に収録されたフリップのインタビュー音声とその起こし原稿、そしてそのインタビュアー本人に触れる機会がありました。著述業ではキャリアもあり、名を成したインタビュアー氏にもプライドの類いはあったでしょうが、なんと言ってもアメリカ人である彼と、ガチガチのイングランド人ロバート・フリップの会話が流れるようなグルーヴに満ちたものになるワケがありません。そして実際に収録されたソレは、やはり、インタビュアーがケチョンケチョンにされて

しまうという、いつものフリップ節満載の、最高の文献でした。同時に、どこをどう読み解いても「これが喋り言葉だとは考えられない」と思えるほど、ガッチガチに文学的な語彙で埋め尽くされていました。
 40年近く前のことですが、インタビュアー氏はこの時のことをよく覚えていました。「最高に面白い人だった。さあインタビューを始めよう、となった瞬間にフリップは僕の質問状を取り上げてしまった。そして自分でマイクに向かって質問事項を読み上げ、その後自分で全部答えるんだ。僕の出る幕はなかった。途中チャチャを入れてはみたものの、僕の発した質問には4ワードくらいでしか答えない。質問状の質問には400ワードほどを使って雄弁に喋り続けるのだけど」。
(大久達朗=デザイナー)
*ロバート・フリップ1974年インタビューはファズ・ブログ「BUZZ THE FUZZ」にて全文公開中。