『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』が遂に刊行!
1959年から1979年までの日本の歌謡ポップスを網羅したガイド・ブック『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』がシンコーミュージックから刊行された。約30年間にリリースされた重要アルバムを約700枚も取り上げた、昭和歌謡研究の最重要テキストとなりうるガイド・ブックだ。パラパラとページをめくっていくだけでも、和製ポップスの黎明期をほぼ時系列に垣間見ることが出来、楽しめ
る。 59年というのは、映画『青春を賭けろ』主題歌「黒い花びら」がリリースされた年。中村八大作曲による本曲は、ナチュラル・マイナー・スケールとハーモニック・マイナー・スケールを組み合わせたメロディ・ラインと、ロッカバラード(12/8拍子のバラード)といったそれまでにシングルで発売されたことの無かったリズムを持った楽曲で、流行歌(はやりうた)といわれた時代の楽曲とは
明らかに違う、新たなジャンルの誕生を感じさせてくれた。本曲をきっかけにロッカ・バラードというリズム形態が一般にも浸透、「長崎は今日も雨だった」や 「津軽海峡冬景色」 などの名曲が生まれた。まさに歌謡ポップスの幕開けともいえる楽曲が生まれたのが59年だった。 そして79年と80年代の歌謡曲の大きな違いは、打ち込みやポリフォニックのシンセサイザーなどの機材の発達と、テンション・コードや16ビートなどのそれまでにはあまり使用されなかった音楽メソッドの導入によるサウンドの変化だろう。テクノロジーに頼らない人力のポップスだったのが79年ごろまでだ。いわば本書は、人力時代の日本の歌謡ポップスをまとめたガイドと言えるだろう。 本誌の太田裕美『手作り
の画集』の項で、「(筒美京平作曲作品に比べて)太田自身の作詞・作曲による『白いあなた』は習作の粋を出ていない」と書かれているが、実はこの曲は歌謡曲で最初期にメジャー・セヴンスを全面にフィーチャーしたナンバーだ。スパイス的に使用することはあっても、全面的にメジャー・セヴンスを使用した例は、筒美京平、都倉俊一、村井邦彦といった、当時最先端のセンスも持った作曲家であってもまだ無かった。メジャー・セヴンスやテンション・コードの多用が増えるのは、80年代以降からなので、先進的すぎるアプローチだったのだ。上野学園中学校音楽指導科声楽科と東京音楽学院で音楽専門教育を学び、専業作曲家には無い自由な発想とコード・センスで誕生した「白いあなた」だが、専門の音楽教
育を受けた人には斬新なコード・プログレッションに聴こえても、一般のリスナーにはこの曲だけが異質な楽曲に聴こえてしまい、習作のように感じてしまったのだろう。時代を先取りしたメソッドでも(現在ではごく一般に使用される進行)、当時の一般的なリスナーにはそうは伝わっていなかったという興味深い記述だ。そんな、ライターそれぞれの思いでレビューが綴られており、それぞれ各自の音楽嗜好が伝わってくる文章も魅力である。 (ガモウユウイチ=音楽ライター/ベーシスト) ーーーーーーーーーーーー ●『昭和歌謡ポップスアルバムガイド1959-1979』監修・馬飼野元宏/発行・シンコーミュージック/A5版/336頁/¥2592/発売中
公開中! ビーチ・ボーイズ好きにこそチェックしてほしい
『ラブ&マーシー』いくつかの見どころ
昨年9月のトロント映画祭での初お目見えからほぼ1年、ブライアン・ウィルソンの伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』の公開が日本でも始まりました。50年余に渡るビーチ・ボーイズの歩みは、いくつかのドキュメンタリー映画や研究書でかなり詳細に明らかにされています。彼らをよく知るファンなら「天才ブライアンが名盤『ペット・サウンズ』を作り上げるも、続く大作『スマイル』をまとめきれずに
精神のバランスを欠いたまま20年……精神科医に洗脳される日々のなかである女性と出会う」と映画のあらすじを聞けば、「ああ、あのへんからこのへんの話か」と即座に理解されることでしょう。そして「その話ならもう知ってる」「ただの再現ドラマでしょ」「史実と違うところが目についてしまいそう」と思う方もいるはずです。確かに昨年の『ジャージー・ボーイズ』ほどではないにせよ、事実がドラマチックに改変され
ている部分はあります。しかし、ファンタジー、ノスタルジーが前面に出た『ジャージー〜』と違って『ラブ&マーシー』の実録モノとしての魅力は少しも損なわれていません。なぜでしょうか。その秘密は、演奏場面の演出にあります。映画全体でいくつか史実との食い違いがあるにしても、ある日の演奏場面を切り取ったその瞬間は、ほぼ正確に再現されているからです。 ある時期のビーチ・ボーイズのレコードでは、本人たちの代わりにレッキング・クルーと呼ばれる多くのスタジオ・ミュージシャンが演奏を請け負っていたことはよく知られています。この映画にもドラムスのハル・ブレイン、ベースのキャロル・ケイなど、アメリカの音楽産業を支えた伝説の仕事人たちが登場し、写真でしか見たことのなかっ
たスタジオ風景を画面いっぱいに展開させてくれます。彼らが必要以上に物語に関わることはありません。でもいいのです。ベースを抱えたサングラスの女性(キャロルのことです)がブライアンが指定した難解なベースラインに戸惑って、正しく弾けているか彼に確認するさりげない場面だけで、歴史の重大な瞬間に立ち会っているような気分になり猛烈な感動を呼び起こします。さらに、映画ではレコードの音ではなく当時の録音風景を収めた実際のテープを使用、ある曲の録音場面では実際に起こったハプニングまで正確に再現。なにもそこまでしなくても! そういえば映画が始まってすぐ、冒頭の出演者クレジットに、マーク・リネットの名前を見つけて驚きました。彼は『ペット・サウンズ』の録音テープを発掘
して技術的に不可能だったステレオ化に成功した名エンジニアで、現在はビーチ・ボーイズの再発CDにプロデューサーとしても関わっています。その彼が、一体なんの役で出演しているのか? このご時世なので、ネットで調べればすぐに答えはわかってしまうのですが、映画館のスクリーンに目を凝らし、エンドクレジットで答え合わせをしましょう。実は僕ももう一度映画館に行く必要があって、どうも映画のどこかにフィル・スペクター役の俳優がどこかに紛れているようなのです。 (真鍋新一=編集者見習い) ーーーーーーーーーーーー ●『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』15年米作品/8月1日(土)より角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開中
村井邦彦 関孝弘 ピアノコンサート
「音のプレゼントVol.2」鑑賞記
「ブルー・ムーン」はロジャース&ハートのスタンダードとしてお馴染みの曲だが、実は「蒼い月」の事というよりも、一か月の間に満月が二度現れるという珍しい現象の事をいうらしい。先月の7月31日は、月初の2日に引き続き、2度目の満月が現れるという3年に一度の日。この記念すべき日に、村井邦彦氏と関孝弘氏のピアノコンサート「音のプレゼントVOL2」
が浜離宮朝日ホールにて行われた。 このコンサートはポピュラー界の村井氏とクラシック界の関氏がジャンルを超えて演奏するもので、昨年の10月に続き、これが第二回目の公演となる。今回は、その「ブルー・ムーン」に相応しく、月に関する曲から始まった。ベートーベン「月光」、ドビュッシー「月の光」、そして、ポピュラーからは「ブルー・ム
ーン」、「ムーンリバー」。すでにお馴染みの楽曲だが、彼らの演奏を聴いていると、楽曲の良さがダイレクトに伝わってくる。不朽のメロディーにとって、もはやジャンルは関係ないのだろう。 そして、前回に続き、関氏が取り上げたニノ・ロータの作品。今回は小品集からノクターン「夜のこおろぎ」を演奏された。日本では映画音楽の巨匠というイメージが強いが、本国イタリアでは、クラシックの作曲家として著名だという。彼のロマンチックなサウンドトラックに共通するリリカルなメロディをしばし堪能する。この他にも、氏は日本にあまり馴染みではないイタリアの作曲家ヴェッキアートの作品も紹介している。前回も演奏された「夜のヴェローナ」は、抒情的で美しい旋律が非常に印象に残る作品だ。それに
加えて今回は「マコーラ宮殿」という曲も披露された。 このコンサートのもう一つの魅力は、村井&関両氏の軽妙なトークである。その昔『おしゃべりクラシック』というラジオ番組があったが、まさにそれを彷彿とさせる。お二人のハートフルで明るい進行と非常に判りやすいポピュラーやクラシックについての解説トーク。クラシックの不得手な学生などに聞かせたら、そのアレルギーも治るのではと思わせるほど、非常に興味深くかつ面白い。 このコンサートは村井氏の来日に合わせて年1回程度行われている。もちろん村井氏の来日スケジュールもあるので、無理は言わないが、欲を言えばもう少し短いタームで開催して頂ければ、より多く楽しむ事が出来るのにと思ってしまう。 (星 健一=会社員)●図版は村井氏が主宰したアルファレコードの最新コンピレーション・アルバムで、初CD化曲を含む全38曲収録の2枚組アルバム(8月19日ソニーミュージックより発売)。
|