2013年5月17日(金)

ミシェル・ルグラン=ジャック・ドゥミ、変わらぬ友情の軌跡(下)

 前回、ミシェル・ルグラン宅と書いたが、彼の家はひとつではない。本宅は数年前パリ郊外に購入した古城で、そちらについては以前〈レコード・コレクターズ〉誌の「ミシェル・ルグラン邸訪問記」(2010年1月号)という記事のなかで紹介したことがある。敷地内には母屋以外に複数の家屋が点在し、プールや

テニスコートへの移動にはカートが不可欠。何しろ遠く霞む遥か彼方まで彼の私有地で、端まで歩けば優に一時間はかかるほどに広大だ。
 樹齢数百年の巨木が立ち並ぶ森には小川が流れ、木立を分け入れば、一瞬、驚くほどの静寂に包まれる。見上げた樹々の枝々に小鳥やリスの戯れを感じ、心地

よい葉擦れの音に耳を澄ませていると、まるでお伽の国に迷い込んだと錯覚するほど。眼前にはジャック・ドゥミの映画「ロバと王女」さながらの世界が広がっているのだ。
 彼はこのほかスイスにも大邸宅を所有しており、パリでの仕事が続く際には、凱旋門から徒歩数分の場所にあるフラットを生活拠点にしている。主要な楽譜やテープ素材の大半がこちらに保管されていることもあって、私は途中クリスチャンヌの遺品整理のために古城を訪れる以外、連日そこに逗留した。
 二週間の逗留期間中、ミシェルとカトリーヌは今秋発売が予定されている「ルグラン・ジャズ2」(仮)のレコーディングで三日間アイルランドを訪問、後半二日はコンサート出演のためギリシャへ向かった。そ

の間私は鍵を預かって留守番をした格好だ。
 私にあてられた部屋はミシェルの仕事机がある部屋で、壁面の棚には彼がこれまでに書いた全てのスコアが作品ごとに整理、収納されていた。「シェルブールの雨傘」や「ロシュフォールの恋人たち」「華麗なる賭け」「恋」「おもいでの夏」「愛のイエントル」といった代表作はもとより、幻となった映画「アヌーシュカ」や最新バレエ「リリオム」、今秋上演が予定されている舞台「ドレフュス」

そのほかコンサート用組曲、さらに歌曲については、エディ・マルネ、ジャン・ドレジャック、アラン&マリリン・バーグマン…といった具合にコンビを組んだ作詞家ごとに細かく分類されている。
 三年前に古城を訪れた際、それらが無造作に段ボール詰めされた状態で資料室にうず高く積まれているのを見て途方に暮れたが、その後カトリーヌが仕事の合間にアシスタントと共に整理しフラットに持ち込んだようだ。
 今回、私はその部屋の一画に置かれたベッドで、ミシェルの譜面に囲まれて眠りに就く日々を送った。朝な夕なにそれらを取り出して眺めたが、初期のものは写譜屋の清書やPCからのプリントではなく、ミシェル自身の直筆で、特徴的で踊るような音符からは迸る

才能の片鱗が感じられた。まるで作曲時の情熱がそのまま紙面に焼き付けられたようだ。
 さて、本題に戻って、今回の渡仏の目的のひとつジャック・ドゥミ回顧展のことを書き留めたい。回顧展の企画を最初に耳にしたのは三年前、アニエス・ヴァルダに会った時だ。同席した彼女の娘ロザリーがその規模や構成について熱っぽく語ったのを鮮明に覚えている。その時点では二年後の2012年開催と知らさ

れたが、結果的に一年遅れの今年、4月10日から8月4日まで開催される運びとなった。
 一般公開に先駆けて4月8日に行なわれたオープニング・イベントは、関係者のみのクローズドなもので、限定250名の招待客(その大半がジャック・ドゥミ映画の出演者や撮影スタッフ)には事前に案内状が届けられた。私も渡仏の三週間ほど前に受け取ったが、これが「ロバと王女」のビジュアルをセルロイドに印

刷した素敵なカードで、挟み込まれたトレーシングペーパーには、個別に招待者名が記されている。聞けば主賓のミシェルですら数名のゲスト枠しか与えられなかったそうだ。
 オープニング・イベントは三部構成で、その内訳は順に〈内覧会〉〈ジャック・ドゥミ・トリビュート・コンサート〉〈カクテル・パーティー〉といったもの。本稿では第二部にあたる〈トリビュート・コンサート〉の模様を紹介したい。
 コンサートの演目はジャック・ドゥミ映画のために書かれた楽曲で、いずれもミシェルが選曲し新たな編曲を施した。ピアノ、ベース、ドラムに、曲によってはハープとヴォーカルが加わる編成である
 午後8時30分、開演を告げるアナウンス後会場の明かりが落とされ、前方のス

クリーンにモノクロ映像が映し出された。時間にしておよそ3分。それは60年代半ばにアニエス・ヴァルダが撮影したミシェルとジャックの創作風景だ。これまでDVDやブルーレイの特典として収録されたものとは異なる仕事場での模様。ここでミシェルが弾いているのが数日前アニエス宅で見たピアノだった。
 ジャックが読み上げた歌詞にその場でメロディーをつけるミシェル。自信満々に歌うミシェルに対して冷静にダメ出しをするジャック。それならば、と間髪入れずに異なるメロディーを弾くミシェルのやんちゃな雰囲気が観客の笑いを誘う。実に微笑ましい、二人の好対照なキャラクターを捉えた貴重な映像だ。
 映写が終わるとジャックの助監督を務めたこともある監督のコスタ=ガヴラス

が登壇し、まずはモナコからの来賓として招かれたアルベール2世を紹介、続いて客席からアニエスが呼ばれ、舞台に上がった彼女は、額に手をかざしながら客席全体を眺めて、最前列に着席したジャック・ペランやミシェル・ピコリ、アヌーク・エメ、マチルダ・メイらの姿を認め「今日は懐かしい顔が見えるわね。みんな、元気にしていた?」と笑顔で話しかけた。その間スクリーンにはジャックのポートレートが大きく投影されている。そして簡単なスピーチのあとミシェルが紹介され、演奏メンバーと共にステージに登場。彼はピアノを前に着席すると、アニエス同様、客席の旧友に向かって話しかけた。しかし、アニエスのそれと違い、ミシェルの声はどこか心許なかった。
 挨拶もそこそこに「ジャ

ックとの出会いとなった作品から」の一言に続けて演奏されたのは「ローラ」のために書かれた一曲。のちに「シェルブールの雨傘」のサイド・テーマとして採用される「ウォッチ・ホワット・ハプンズ」だが、この時ミシェルは敢えて原題の「夢見るロラン・カサール」と紹介した。続けて「ロシュフォールの恋人たち」の主要曲全てを盛り込

んだスペシャル・メドレーを披露。しかし、ミスタッチが目立ち、私は並んで鑑賞していた友人のステファン・ルルージュとしばしば顔を見合わせた。何かがおかしい。明らかにいつものミシェルと違っていたのだ。
 その後、「ロバと王女」「想い出のマルセイユ」「パーキング」「モン・パリ」、最後に「シェルブールの雨傘」を弾いて、ミシ

ェルら演奏者は揃って舞台袖へ。客席からは万雷の拍手喝采が沸き起こっている。
 鳴り止まぬ拍手に導かれてミシェルひとりが登場すると、彼はアンコール曲として、頓挫した幻の企画「アヌーシュカ」の主題歌「僕には君が必要なんだ」を静かに歌い始めた。スクリーンに映し出されるジャックの写真を見つめながら、語りかけるように歌うミシェル。彼の心情を代弁した歌詞が観客の胸を打ったのは言うまでもない。歌い終えたミシェルはその場で立ち上がって観客に一礼すると、すぐさまスクリーンに向き直り、胸に手を当ててしばらくジャックの写真を見つめていた。やがて大きな投げキッスを送ったかと思うと、まるで逃げるように舞台を降りた。その時、私の席からは、ミシェルが舞台袖で待つカトリーヌに

抱きかかえられて楽屋に向かう様子が見えたのだ。
 会場に照明が灯ると、観客の多くが目に涙を浮かべている。かく言う私もその一人だ。ステファンの目にも涙が滲んでいた。まさに泣き笑いといった複雑な感情にとらわれたのである。
 翌朝、起き抜けにカトリーヌに前夜の感想を伝えると、彼女は神妙な面持ちでこう打ち明けてくれた。「昨夜、舞台から戻ったミシェルは私の胸で大泣きしたの。それはまるで五歳児のようだった」。
 アニエス宅のパーティーで見せた寂しげな表情といつにない演奏中のミスタッチ。この数日ミシェルは動揺していたのだ。ジャックにまつわる一連の企画は彼にとって亡き友と向き合う特別な時間だったのである。
(濱田高志=アンソロジスト)



未発表原稿が満載の「手塚治虫デッサン集」

 どんなものでも何か作品を作るには練習や準備のようなものが必要になるだろう。手塚治虫は、十代の後半から二十代半ば頃までは、漫画のコマ割や主人公のデッサンなどを大学ノートに描きとめていた。現在75冊のノートの存在が知られていて、そのうちの22冊を「創作ノートと初期作品集」のBOX1および2として復刻してきた。
 それでは二十代後半以降の手塚はどうしていたのだ

ろう。人気が出てきて忙しくなると、ノートにつけている暇がなくなってしまったようだ。でも、作品を描く際に主人公などのキャラクターを手近にある紙に描いて試行錯誤をしていたのだ。私がそのことに気付いたのは、2012年に「三つ目がとおる」全10巻をやったときで、読者プレゼント用の「三つ目読本」のための資料を探しているときだった。
 主人公・写楽保介のデッ

サンが何通りも描かれた原稿を見た時は少しびっくりした覚えがある。実際の漫画に出てくる写楽が、全く違った姿で何通りも描かれていて、それらを4ページにわたって「読本」で紹介したのだ。この時、ほかの作品についてもデッサン用の原稿が残っているのなら本にしたいと思ったのだ。
 手塚プロの資料室長・森さんに話をしたら、どのくらい在るか分からないが集めてみようということになった。キャラクターを考えるためのデッサンは、作品が出来てしまえばいらなくなるものだし、もともと発表を前提に描かれてはいない。だから、終われば誰かにあげてしまったり(そのためか、人気のある作品のものはあまり残っていない)、また紛失してしまったりしていて、途中、本になるのが危ぶまれることもあっ

た。でも集めたものを並べて、章立てをしていくうちに、今更ながらにこの原稿の貴重さがじわじわと心の

中に感じられるようになっていった。今、これらを集めて本にしなければさらに散逸してしまい、今後、人

『手塚治虫デッサン集』



発行:小学館クリエイティブ/発売:小学館
定価:本体2,400円+税/B5判上製/5月22日発売
ISBN:978-4-7780-3240-1

▼本来は表に出ないデッサン原稿を集成したオリジナル編集の画集です。収録したのは㈰マンガ・キャラクター下描き、㈪アニメ・キャラクター設定、㈫マスコットキャラクター下描きの3種。いずれも基本的に鉛筆で描かれたもので、中には、手塚治虫が思いつくままいきなり墨汁を使ってペンで描いたものも。
▼マンガ・キャラクター下描きは、キャラクターを決めるための試作。本書には「火の鳥」「アドルフに告ぐ」「百物語」「陽だまりの樹」などのキャラクターが登場。
▼アニメ・キャラクター設定は、アニメーターが原画や動画を描くためのベースになるもの。1963年1月から66年12月までフジテレビ系で放映された日本初の長編テレビアニメ「鉄腕アトム」などから抜粋して収録。
▼マスコットキャラクター下描きは、博覧会や企業のイメージを代表するもので、手塚治虫は多くのマスコットキャラクターを生み出している。
▼監修、解題は手塚プロダクション資料室長の森晴路氏。
▼問合せ:小学館クリエイティブ(担当:日下)03-3288-1354 

の目に触れることなく埋もれてしまうかもしれない。
 集めた原稿は、漫画用のもの、アニメ用のもの、イベントのキャラクター用のものと3つの章に分けた。個人的には漫画用のものに興味があるが、多くが初めて公になるもので、手塚ファンだけでなく、漫画ファンや評論家、またアカデミ

ックな研究者にとっても価値のあるものだと思う。
 この「手塚治虫デッサン集」は5月末発刊だ。その中のほんの一部だがお見せしよう。これらの絵を見て実際の作品と比べてもらうとより興味深く味わうことが出来るだろう。また、未発表ではないがアニメ用のデッサンに、「W3」事件

(掲載誌を「マガジン」から「サンデー」に変えた事件)の証拠になるものもある。
 本の大きさは、原稿をほぼ原寸で表現できるようB5判にし、造本も、図書館などで読んでもらえるようハードカバーにしてある。
(川村寛=小学館クリエイティブ・編集者)
(上)ママァちゃん:後にテレビアニメ化され、主人公の名前が“メルモ”に、タイトルが「ふしぎなメルモ」に変更された。(中・左)マンガ・キャラクター。(中・右)1960年の連載作品の主人公。©手塚プロダクション