ヒトコト劇場 #55
[桜井順×古川タク]
私家版「宇野誠一郎の世界」(濱田高志・編)を読んで
「宇野誠一郎の世界」という本が発売することを知ったのは去年の冬だった。その豪華な執筆陣、贅沢な装丁を聞いて発売までが待ち遠しかった。 宇野誠一郎さんの作品を子供のころによく聴いていた。とか、大好きなアニメの主題歌だった。というのがぼくにはない。「ムーミン」「ふしぎなメルモ」「一休さん」ですらぼくが生まれる1983年より前のテレビアニメだった。そのため子供のころにテレビ
でよくやっていた懐かしのテレビアニメの番組でいつのまにか知った音楽が多い。そこで流れるのはいつもオープニングのテーマ曲。エンディングの曲に小さなころ聴いた覚えがないのはそのせいだろう。しかし2012年12月15日、レストラン シェ・モルチェであった宇野誠一郎さんの追悼のコンサートでは不思議な体験をした。その多くがレコードを買い始めたここ10年で知った音楽ばかり。それなのに昔から知っていたか
のような、不意に胸を締め付けられるような何かが所々にあった。その不思議な魅力に取り憑かれてしまった。あれから二年経った今でもふと、あのひょっこりひょうたん島の合唱を思い出す。前川陽子さん、里見京子さん、黒柳徹子さん、横山道乃さん、熊倉一雄さん、増山江威子さん。「ひょっこりひょうたん島」の制作現場を見ているような錯覚を受けた。タイムスリップ。音楽から元気をもらっているような。あれほど音楽の力を感じたことは今までなかったかもしれない。夢のような時間で、この夢から冷めないで欲しいと強く思った。 この本は宇野誠一郎さんに関わりのあった方々からの話からはじまる。どの文章にも愛情が溢れている。読んでいるぼくたちにも宇野さんの人柄が伝わってく
るかのような、そしてどの方も宇野さんに語りかけているような文章だった。 それに応えるかのように、その後、第二章から第四章では宇野さんの対談、インタビュー、エッセイがはじまる。優しい語り口、わかりやすく、深く、面白い。どこの文章を抜いてここに書いても読む楽しみを奪ってしまうような気がしてここには書けないでいる。「自作回想」ではテレビ、舞台、企画盤までその作品ひとつひとつについての思い出がデータと共に載っているのが嬉しい。「うつわ・うつくし」というエッセイでは今の便利になりすぎた現代と照らし合わせていろいろと考えてしまった。そしてエッセイ「新しいことを探す 過去を探す」でも。宇野さんの書くエッセイは哲学のようでもあり、医学のようでもあった。制
限された音楽の中で、実験的で新しく刺激のある音楽が。それらが作られていく過程は読んでいてワクワクした。 そして第五章では客観的に見た宇野誠一郎を知ることができる。宇野さんと仕事で関わった方々へのインタビュー、ここでもまた宇野さんの人柄に触れることが出来る。音楽が出来上がるまで、それを待つ側の興奮。緊張感。しかし宇野さんとの思い出を話すとき、誰もが楽しそうで、読んでいるこちらまで笑い声が伝わってくるようだった。 第六章では幼少時に宇野さんの音楽を聴いて育った方々のコラムが載っている。多くの方は小学生のころ身近に宇野さんの音楽があった。その音楽は自然と頭の中に残り、ふとした瞬間に口ずさんでいる。そこで宇野さんの名前を意識する。
その音楽は何十年経った今でも頭の中で再生できるほどなのだろう。ぼくはそれがとても羨ましく感じた。どの文章も幼少期に返り輝いていた。 半世紀以上の作品年表のあと、奥様の里見京子さんのあとがきで締めくくる。最初から最後まで温かい本だった。いろいろなことがつながっていく興奮もあった。この本からは宇野さんが誰からも愛されていて、その人柄がにじみ出てくるようだった。 ぼくは宇野さんにお会いしたことがない。触り心地のいい上質な紙に包まれたこの本。この厚さ、この重さがまたいい。本を開き温かい文章を読み進めていくと、その重さ、触り心地はまるで宇野さんと握手をしているようだった。 (馬場正道=渉猟家)●「宇野誠一郎の世界」は私家版につき書店販売は行ないません。ご購入を希望される方は本サイトのバナーをご参照下さい。
主題歌分析クラブ 01
最近のアニメやドラマの主題歌は一般ミュージシャンとのタイアップ作品が多いため必然性が希薄な主題歌が多いと感じますが、80年以前の主題歌といえば、その番組のタイトルや登場人物名が歌詞に組み込まれており、その作品のための音楽ということをひしひしと感じます。当時は、アニ
メといえばほとんど専門の作曲家が楽曲を提供しており、音楽的にも素晴らしい楽曲が多数排出されてきました。11月には、「ひょっこりひょうたん島」「ムーミン」「アンデルセン物語」「ロッキーチャック」「一休さん」「小さなバイキングビッケ」など当時の多くのアニメや人形劇の主題歌
を担当した宇野誠一郎のカヴァー・アルバム『宇野誠一郎ソングブックⅠ』を江草啓太と彼のグループがリリース。改めて当時の主題歌の音楽性の高さを感じさせてくれる楽曲が並んでいます。 当時は他にも、渡辺宙明、菊池俊輔、渡辺岳夫などの作曲家が主題歌を多数手がけていましたが、前述の3氏はスクエアな8ビートや16ビートの楽曲が多いのに対し、宇野氏の特徴としてシャッフル/スウィング系の多用という点があげられます。 今回は「一休さん」(75年)をテキストに選んでみましょう。作詞は山元護久、作曲と編曲は宇野氏が担当しています。オープニングの「とんちんかんちん一休さん」(歌=相内恵、ヤング・フレッシュ)は、ジャズ風の4ビート・スウィン
グ・ナンバーです。マイナー・キーのサビから始まりますが、リズムとユーモラスな歌詞で、マイナーな曲な雰囲気はほとんどありません。途中に入る木魚がユニークですね。 手紙調の歌詞のエンディングの「ははうえさま」(歌=藤田淑子)は、ジャズ風のスウィングしたバラードです。曲の途中では、わずか3小節ほどですがリズムが倍テン(テンポが倍になること)になり完全な4ビートになります。 この曲はコード進行もユニークです。キーはCメジャーですが、ワン・コーラスの出だしがいきなりDから始まります。通常、キーがCメジャーのときは、Dmが使用されます。これは、Cメジャーの平行調のAmの同主調のサブ・ドミナントのDを使用したと考えたほうがいいでしょう。ワン
・コーラスのエンディングのコードもDを使用しており、「曲が終わった」というよりも、どことなく不安定な感じを残すことになります。主人公・一休の揺れる心情を表したかのようにも感じられます。こちらには尺八がフィーチャーされています。 「一休さん」の主題歌を聴き、当時の子供は知らず知らずのうちにジャズを毎週親しんでいたことになります。今では、主題歌はおろか一般のヒット曲にさえもスウィング系楽曲はほとんどありません。トラディショナルなリズムや楽器を使用した曲がさりげなく自分たちの周りにあったあの時代は、今思うととても幸せな時代だったと感じられます。 (ガモウユウイチ=音楽ライター/ベーシスト)
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