連載コラム【ライヴ盤・イン・ジャパン】
ベラミに行ってみたかった!Part 1~越路吹雪
60年代から70年代初頭にかけて「ナイトクラブ公演」の実況盤が日本にも何枚か存在した。洋楽ではさほど珍しくないが、日本では少ないスタイルで、結果的に日本ではナイトクラブ文化が定着しなかったことを考えても、まさに高度成長期のリッチな娯楽の1つとしてクラブが活況を呈していた時期のみに存在するのも当然のことだろう。 その中でも断トツに多いのが「イン・ベラミ」と冠された、京都のナイトクラブ、ベラミでの収録盤である。筆者が知るだけでも越路吹雪、奥村チヨ、フランク永井、欧陽菲菲、加山雄三、黒沢年男、平尾昌晃などのベラミ収録盤が存在する。 このベラミとは京都の繁華街、三条大橋のほとりにあった、接待やら何やらで名士たちが夜ごと訪れる名
門ナイトクラブ。70年代には物騒な事件も起きているが、基本的には紳士たちが集う社交場であり、何代か変わっているが専属のコンボ・バンドもあり、夜ごと有名歌手のステージが開催されていた。もちろん、当時子供でしかも関東生まれの筆者には知る由もない大人の世界です。ベラミには山本千代子氏という名物マ
マがいて、彼女が越路吹雪の熱狂的なファンであったことから、オープン6年目の年にコーちゃん出演とあいなり、そして67年に日本初のナイトクラブ実況録音盤『コシジ・イン・ベラミ ナイトクラブの越路吹雪』がリリースされる。ちなみに同盤のライナーで山本ママが謝辞を述べている。 一聴してわかるのは、歌
手と聴衆の距離がえらく近いこと。当たり前といえばそれまでだが、こちら遅れて来た世代にとって越路吹雪といえば「日生劇場!」「ロングランリサイタル!」「元祖プラチナ・チケット!」みたいな刷り込みがあり「聴かせていただく歌手」のイメージなのである。それが、酔客と一緒に歌う「オー・パパ」とか、アップテンポで結構ラフに歌っている「ろくでなし」など聴くと、猛烈に親近感がわいてくる。ホール録音よりも圧倒的に臨場感があるのです。もちろん変幻自在のヴォーカルはさすがで、「チャンスが欲しいの」や「ミロール」では、その技巧をたっぷりと楽しめる。ジェンダーレスな歌いっぷりや客の乗せ方が実に見事だ。越路吹雪はおそらくナイトクラブやショーパブ、サパークラブといった文化
ともっとも相性が良かったシンガーの1人だろう。 この『コシジ・イン・ベラミ』は70年に第2集がリリースされているが「ラスト・ダンスは私に」以外に第1集と被り曲がない。「スペインの夜」でみせる軽さ、「一寸失礼ムッシュ」のコミカルさは、リサイタル公演では感じ取れなかった魅力でもある。
越路吹雪はかつて、中産階級(かそれ以上)の奥方に圧倒的な人気を誇っていた。日本においてシャンソンはある種の教養主義的な部分を感じる時もあるが、歌でこれだけ演劇的な要素を組み込んで聴衆を惹きつける魅力には抗えないものがある。加えてジェンダーレスな歌いっぷりの楽しさ。越路吹雪は、市川崑のコメ
ディ映画でその面白さを知ったのが最初で、シンガーとしては孤高の地位にあり過ぎて遠い人だったのだが、この2枚のナイトクラブ公演を聴いて、今更ながら魅力の一端が理解できた。 (馬飼野元宏=『映画秘宝』編集部) ーーーーーーーーーーーー ●(ジャケ上)『コシジ・イン・ベラミ ナイトクラブの越路吹雪』67年11月16日収録。演奏はジョージ川口とビッグ4+2、トロンボーン河辺公一、コーラス:ヴォーカル・ショップ/編曲とピアノ、構成は内藤法美。●(下)『コシジ・イン・ベラミ ナイトクラブの越路吹雪第2集』70年10月16~21日収録。ドラム:ジョージ川口、テナーサックス・フルート:松本英彦、ギター:藤田正明、ピアノ・アコーディオン:内藤法美など。
ムック『映画秘宝EX 江戸川乱歩映像読本』発売
1994——“RAMPO Year”の想い出
昨年2014年が「江戸川乱歩生誕120周年」であったことをいったいどれほどの人が気に留めていたのでしょうか。原作小説を愛読した経験がない人にとって、120年という時間はあまりにも遠すぎます。その120年という時の隔たりを感じさせないことが乱歩の魅力だとするならば、これから彼の作品を読む人にとって「生誕120周年」という文句は気軽に作品を楽しむ上でかえって障害に
なりはしないか、ついついそんな心配をしてしまいます。 先頃、その「生誕120周年」にギリギリ間に合わせたかように洋泉社から『映画秘宝EX 江戸川乱歩映像読本』が刊行されました。乱歩の場合、原典たる小説にあたる前に、その数100本を超える映画、ドラマなどの作品が巷にあふれています。本書はこれまでの100年近くの間に作られた作品の、ほぼすべ
てを網羅して、徹底解説を試みた1冊なのです。映像ほど気軽に楽しめるメディアもありません。まして乱歩が遺し、親しまれてきた作品は、本格推理ものから、怪奇・幻想文学まで、片や少年向けの探偵活劇、片や大人でも理解しがたい異常性愛・猟奇趣味……いつの時代でも人々の本能と好奇心をくすぐるテーマを持っていました。これらをすべて映像を通して楽しむことができるのですから、もはや乱歩が何百年前に生まれていようと関係のないこと。好きなものから観ればそれでいいのです。 『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』(70年)『少年探偵団BD7』(75〜76年)など、これまで振り返られることが少なかったテレビドラマをディープに追体験できるのも楽しいですが、本書を通してひとつ気
が付くことがあります。それは90年代中頃に製作された作品が実に多いことです。 想えばバブルの残り香もまだ強かったあの頃に乱歩が「生誕100周年」を迎えたのは幸運だったと言えるでしょう。映画もドラマも、乱歩原作の良質な作品が立て続けに制作された94年は、まさに社会現象と呼べるほどの〝乱歩イヤー〟でした。本書は刊行の動機こそ「生誕120周年」ですが、中身には「あれから20年」を迎えた人たちの想いが詰まっています。 名探偵・明智小五郎を演じた嶋田久作、佐野史郎、そして陣内孝則のインタビューを読み比べてみるだけで、明智小五郎というキャラクターの性格づけだけでなく、江戸川乱歩という作家の多面性までもが見えてくるではありませんか。監督とプロデューサーの意見
が別れ、2バージョンが同時公開された映画『RAMPO』(94年)の顛末をたどったルポライトも、当時の芸能ニュースをいくら観ていても見えてこなかった映画作りの裏側が生々しく書かれています。 さて今年は乱歩の「没後50年」。予定通り著作権が消滅すれば読むほうも忙しくなります。これぞ後追いの強み。映画もドラマも小説も、乱歩に夢中になれる時がまたやってきたのです。 (真鍋新一=編集者見習い) ーーーーーーーーーーーー ●『映画秘宝EX 江戸川乱歩映像読本』洋泉社より発売中。●陣内孝則、夏木陽介、佐野史郎、嶋田久作、溝口舜亮、五十嵐めぐみ、黒沢 浩、星護、吉田秋生、丸尾末広、大槻ケンヂ各氏ほか貴重インタビュー&資料が詰まった、ミステリーファン必携の書。
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