2015年6月12日(金)【町あかり大特集号】


「絶妙のアンバランス」を誇るアルバム

 昨年末のある日のこと。知り合いのビクターエンタテインメントのディレクターK氏から携帯に着信があった。
 「高岡さーん、町あかりって天才だね!」
 なんだい藪から棒に。詳しく聞けば、2014年12月25日に出た月刊誌『宝島』

2月号を購入し、僕が書いた町あかりのインタビュー記事をたまたま読んでくれて興味を抱いたのだという。YOUTUBEで彼女の動画を渉猟し、完全にノックアウトされたと。
 マネージャーT氏の携帯番号を教えたところ、K氏はさっそくライヴに駆けつ

けてますます惚れ込み、素早く起案書を通す。次に連絡が来たときには夏のリリースが決定していた。
 ようこそ、町あかり被害者の会へ。
     ※
 町あかりの歌と楽曲は「一度聴いたら耳から離れない」と評される。70~80年代歌謡曲を思わせるメロディ。「コテンパン」「ほら、やっぱり」「とんでもない!結構です!大丈夫です!」といった響きの面白い言葉から着想した自由な歌詞。カシオトーンのプリセット音が炸裂するチープなオケ。そして歌のおねえさん的な彼女の歌声。それらが一体になって、アナクロで前衛的なキモチワルキモチイイ確固たる世界を構築する。
 町あかりは誰にも似ていない。そして、聴き手の評価に左右されない絶対的な

「わたしの正解」を持っている。つまり天才である。ヒャダイン、綾小路翔、石野卓球らの耳目をとらえたのは考えてみれば当然かもしれない。彼らもまた天才だから。
 K氏はただの被害者ではない。ビクターという老舗レコード会社、町が敬愛してやまないサザンオールスターズと同じメーカーのディレクターである。メジャー契約とアルバムリリースは彼女の天才性をリスペクトするK氏なりの落とし前。その報せには僕ももちろん喜んだが、彼女が自宅で作ったトラックのポンチャックにも通じるユーモラスな味が失われてしまっては意味がない、ということだけが気がかりだった。
 当然、懸念はK氏も共有していた。メジャーの音と彼女の持ち味のいいとこどり、いちばんいいバランス

を求めて、血と汗と涙の旅が始まる。アレンジもミックスも何度も何度もやり直して、スタジオを出入り禁止になる寸前まで闘い抜いた。結果、『ア、町あかり』はチープさとゴージャスさの「絶妙のアンバランス」を誇るアルバムとなった。
     ※
 一聴して強く印象づけられたのが、アマチュアリズムを掬い上げつつアングラ臭を払拭したプロフェッショナルなオケもさることながら、町のヴォーカルのよさだった。独特の声の響きを生かしたクリアな録音とミックスによって、素晴らしい愛嬌と艶やかさを伝えている。10曲中9曲はライヴでおなじみのナンバーで、うち「コテンパン」と「もぐらたたきのような人」の2曲は『町あかり全曲集 その1』にも収録されているのでぜひ聴き比べてみて

ほしい。唯一の書き下ろし「ちょっとここじゃあ言えません」では、これまた町あかりらしいコミカルな演技的歌唱が冴えている。
 ジャケットは30年、いやヘタをすると40年錯誤したような徹底的なパロディ。ニヤリとさせるが、根本には町あかりの往年の歌謡曲へのリスペクトと、K氏をはじめとするスタッフの彼女へのリスペクトが真顔で横たわっているから厭味がなく爽やかだ。何と言われようと自分のやりたいことを遠慮なしに思いっきりやっている人は清々しいものだ。僕はその一点において、町あかりを断固支持する。
 配信もされると思うが、ここはひとつCD店に足を運ぼう。そして叫ぼう。「すみません、『ア、町あかり』ください!」と。
(高岡洋詞=フリー編集者/ライター)



歌うミス時間旅行、それも近距離。

 タイムマシンで、1984年にやってきてみた。大都会ならまだしも近郊のぱっとしない町となると、変わり映えしない。マンションが少ないぶん若干空が広いが、眼鏡屋に飾ってある

海亀の剥製も、タバコ屋のウィンドウに置かれたセブンスター包装紙製の番傘も、今だ健在だ。そんなところにしか注目せず、時を重ねてきたのだと反省しながらも、消えた店舗のありし日

の姿には、つい声が漏れてしまう。ああ、この乾物屋! あっ、花札と手品グッズ売ってる店! あったあった。何だか繁盛してるみたいだな手品屋。その隣には、レコード屋。覚えていない店だが、個人経営のレコード屋が嬉しくて思わず入店、LP棚を覗いてみる。しかしこの時代、珍しいものないね。ふと「町あかり」という知らない歌手のアルバムに目がとまる。「よい子の歌謡曲」のとみさわ昭仁のページにも載ってなかったぞ、こんな歌手。よし、買おう、これください。え、この五千円札は何だって? しまった、千円札は全部夏目漱石に替えてきたのに、五千円札が樋口一葉のまんまだ!「お客さん、流行のパロディですか? ホンモノのお札はコレですよ!」と、店主が目の前で広げて見せてくれた五千円札には、

日本のショービジネス界を牽引した天才イリュージョニスト、伊藤一葉の肖像が刻まれていた。ここは僕の知っている過去ではなかったのだ! どうりで手品屋が繁盛してるはずだよ!
     ※
 さあ、町あかりのメジャーデビューアルバム『ア、町あかり』の紹介を依頼されてあれこれ考えていたら、ロッド・サーリングの挨拶もそこそこに、とんだ街角トワイライトに迷い込んでしまいましたが、何かご質問は。でも、噂のSSW、町あかりの音楽には、どこかタイムトラベルSFの小道具のような面白さを、感じてしまうのです。明確な時代が特定できない、漠然とした懐かしさ。そのピントのボケ具合に反し、自信に溢れた正体不明の頼り甲斐。そして、よくよく考えた末、初めて聴くタイプの

曲だったことに気づいたときの驚愕。時をいじる少女、町あかりの面目躍如。澄んだ朗らかさも、ドスの利いた艶っぽさも、記憶の底から聴かせてくれます。
 町あかりの、代表作といえば「もぐらたたきのような人」。一度聴いたら耳から離れない、ヘビーな吸着力を誇る名曲。幻想の70年代と80年代のはざまから、「もぐらたたき」をチョイスして来たのが、さすが。実際のもぐらたたきは意外と暴力的なゲームで、もぐらの頭部は摩耗し、ハンマーは幾重もの合皮で補修されていたものだけれども、あちらへこちらへと浮気性の彼氏を、女の子がハンマー片手に追いかける甘くコミカルなナンバー。ここで歌われるピコピコハンマーは、もはや町あかりのアイコン。衝撃はあるけど痛くない、氏の楽曲を象徴する

ようじゃないですか。
 もぐらたたきといえば、映画『翔んだカップル』(80年/相米慎二監督)を思い出す。薬師丸ひろ子と石原真理子が、鶴見辰吾と尾美としのりのもぐらを「えい」とか「それ」とか言いながらポカポカ叩く。叩き叩かれる四人の想いがせつ

なく交錯する、長回しの名場面だ。それも含めて奇妙な青春映画で、町あかりが独自に創り上げたノスタルジーの元素にあたる風俗が、偶然にも見え隠れする気がするので、未見の方にはお薦めしたい。
 ところで、YOUTUBEで配信されている「町あ

かり放送局」がとても良い。常々、面影ラッキーホール(現在はO・L・H)や電気グルーヴの前座という、相当エッジの効いた舞台を難なくこなしつつ、OLが書いた川柳のごとき普遍性は絶やさない創作のバランスには唸らされていたが、この番組では、懐かしのヒット曲をただ弾き語るという、恐ろしいまでの普遍。癒し効果も抜群で、視聴者のコメントもあたたかい。ここで気になったのは、風見慎吾の『僕、笑っちゃいます』を歌う前に語った、岡本太郎や草間彌生に憧れていたという発言。例えば町あかりが、自分の活動を現代美術だと言い切ったならば、「まあ、アリかな」と思うんじゃないか。実際にメディアの既視感を作品にしたアーティストは山といる。しかし、町あかりの自画像の、まるで「りぼん」

読者欄を飾るようなテイストには、「よかった」とホッとしたり、「いや、しかしこれすらもアリなのかも」とゾッとしたり。まだまだ謎が多く、受け手の想像力を刺激するのだ。見えてくる、これからの町あかりが。大磯ロングビーチの映像にワイプで割り込む町あかり。各地の天気予報の活字にかぶって歌う町あかり。ヨークシャーテリアと戯れる町あかり。サクランボの茎を舌で結ぶ特技を披露する町あかり。ピコピコハンマーを足元に置いてステージを去る町あかり。五千円札に肖像が刻まれる町あかり。その五千円札を持って、町あかりの『ア、町あかり』を購入する、平行世界の住人たち。それはもちろん、我々の時間と空間でも、購入し、聴くことができるのです。
(足立守正=マンガ愛好家



ふざけてるぜ、町あかり

 マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」を抜いてチャート1位を獲ったのがデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの「カモン・アイリーン」だったんだって? いい話だなー。タイアップも何も無く、ケヴィン・ローランドも、これが売れなかったら音楽業界

から引退すると決めて10分で作った曲が大ヒット。イイハナシダナー。確かに「カモン・アイリーン」には、何かがあるよね。なんだろ。音楽の楽しさ。言葉にすると陳腐になるんだけど、そう。音楽の楽しさ、としか言えない。このキモって何だろう。ウイングス

の「夢の旅人」にもある何か。すべての人間が根源的に求める音楽の楽しさが、大らかでシンプルなメロディーにあるってことなんじゃないのかな。今までに無い音楽を作ろうとして、今の音楽はどんどんそこからかけ離れていってるよね。もっともっと大きなメロディーで、シンプルで一筆書きのようなアレンジで、8トラックで作るべきだと思うんだよ。8トラックしかないからアレンジは自ずとシンプルになる。音数が少ないから、イントロ、歌、間奏と全部口ずさめるんだな。これ実は強烈に大事なこと。プロツールスが出来て70トラックとか100トラックとか普通になっちまったけど、そんなにいらないって。歌の比重が下がっちまう。必要に迫られてシンプルにする工夫がひとつひとつの音を面白くする。

そして、音数が少ないから歌や歌詞が自然と研ぎ澄まされてゆく。少ないトラックで作られた昔の歌謡曲の歌の強さ。昔の歌の持つ強烈な吸引力はこんなところにも根差してる。
 町あかりの歌には、そういった昔の歌の吸引力と同じものがある。町あかりを初めて聴いた時に思ったのは、ノベルティー・ソングの作り手としての才能がずば抜けているという事だった。多分に漏れず「もぐらたたきのような人」を最初に聴いたので、その時はそれ以上それ以下の思いも無かった。だが、それから他の曲を聴いて仰天した。お悩み相談室と銘打ちながら何一つ悩みに答えない「お悩み相談室」、三億円も宝くじが当たってどうしようと悩む「宝くじが当たった」、のっぴきならない事情があるから約束の時間に行け

ないと言いながらその事情とは<化粧するのが面倒>だと歌う「のっぴきならない事情」など、清志郎に匹敵するユーモアを持つ歌詞の凄さ。「お悩み相談室」など、最後には<相談とか

無駄だから電話を切って窓の外でも見たら>とすら歌われる。そんな歌詞が、予想の斜め上からやってくるメロディーに乗って歌われるのだ。しかもそのメロディーは予想の斜め上とはい

え、決して奇を衒っているわけではない。余りにも大らかで滑らか。脳みそのあちこちに散らばっている歌謡曲、音楽の記憶をチクチク突いてきながら、そのどれにも似ていない。そしてそして、さらに重要な事は、その歌声は強烈に上手いという事。私が今まで聴いた歌謡曲の歌い手の中で五指に入る。この十年で出会った歌い手ではナンバーワンだ。言い過ぎと思うだろう。でも自分でそう思うんだからしょうがない。上手すぎて思わず笑ってしまう。電車の中で聴いていてプッと吹いてしまった事が実際にあった。別に歌詞が面白かったわけでもなんでもないのに純粋に歌を聴いてそのうまさに笑ったのだ。なんでこんな風に歌えるの? ふざけてんの? とすら思う。ホント、なんで24才の小娘が昭和の歌唱法を身に

着けているのか。世が世ならコマソンの女王になるよ。まったく、なんなんだ。
 さて、何かヒット商品を作ろうとして、マーケティング関係の人やら横文字職業の方がやれ差別化だとかオリジナリティとか、今までに無かったものとか、使い古された言葉を言ってくれる。そして出てきたものは、いろいろな要素が絡まり過ぎて、欲望に根差していなかったりする。簡単に言えば、差別化の為の差別化であり、ただ「奇を衒うだけ」に陥ったりする。こういうのは最終的に全裸フルチンに行き着くだけだからね。奇を衒わず、本人の純粋な表現欲求から生まれた天然素材が全ての理屈を簡単に飛び越えてくれる。そんな瞬間は、とっても嬉しい。そして今、わたしはとっても嬉しい。
(五條弾=会社員)




私家版「宇野誠一郎の世界」濱田高志・編

「月刊てりとりぃ」購入申し込み受付のお知らせ

A5変型/上製・函入/448頁 12月20日発行/定価:5,400円(本体価格:5,000+税)送料:500円(梱包手数料含)
発行者:里見京子/発行所:月刊てりとりぃ編集部

[執筆者]井上ひさし、黒柳徹子、横山道乃、中山千夏、堀絢子、恒松龍兵、井上ユリ、井上麻矢、武井博、橋本一郎、栗山民也、篁ゆき、井上都、高林真一、泉麻人、伊藤悟、田中雄二、加藤義彦、安田謙一、足立守正、高岡洋詞、千秋直人、江草啓太、田ノ岡三郎、向島ゆり子、橋本歩、熊谷太輔、鈴木啓之、濱田高志、里見京子

[新規取材&対談再録]田代敦巳、木村光一、宮本貞子、熊倉一雄、おおすみ正秋、柏原満、鈴木徹、山田昌子、金原俊子

[ご予約方法]ご購入を希望される方は、「てりとりぃ」編集部 territory.tvage@gmail.com まで、件名に「宇野誠一郎の世界購入希望」と表記の上メールにてお知らせ下さい。到着後3日以内にお支払い方法を記載したメールを送ります。*私家版につき、本書の書店販売は行ないません。

てりとりぃ×宇野亜喜良
コラボレーショングッズ 第4弾


「てりとりぃ」オリジナルキューブ BOX入りマグカップ+ブックカバーに続き、2014年ふたつ目のオリジナルグッズを作成しました。若干数ではありますが、ご希望の方にお分けします。数に限りがありますのでご注文はお早めに!

「てりとりぃ」オリジナルノート[Red]&[Black](セット販売のみ) ■自然にやさしい再生紙を使用したペンホルダーつきノートに宇野亞喜良書き下ろしイラストレーションをプリント ■サイズ:130×180×14(mm) ■セット販売価格 1,800円(送料別)※ペンは付属しません。

ご購入を希望される方は、「てりとりぃ」編集部 territory.tvage@gmail.com まで「オリジナルグッズ購入希望」と件名に表記の上メールにてお知らせ下さい。到着後3日以内に折り返し返信メールを送ります。なお限定品につき品切の場合はご購入出来ない場合があります。*別途送料は発送方法によって異なります。詳しくはお問い合わせ下さい。