2015年9月4日(金)

 
ヒトコト劇場 #68
[桜井順×古川タク]








 
買い物日記[9]


 最近は中古レコード店でみかける日本のレコードの値段が上がってきている。見たことのない誰も知らないようなレコードはクズ箱、いわゆる値段のつけられないようなレコードがある箱の中に安価で売っているようなイメージがあったけど、インターネットが普及してからは検索してどこにもひっかからないようなレコードは、ある程度の値段がついているような気がする。

もともと聴いたことのないレコードをたくさん買って、帰り道にジャケットを見ながら中身を想像するのが好きなぼくは、そう簡単に大量のレコードを買うことが出来なくなっていた。
 とくに好きな昭和30年代のレコードなんてなかなかみつからない。そうなると今はあまり人気のないジャンルから好きなジャケットのレコードを買うしかない。ハワイアン、ディキシーラ

ンドジャズ、ムード音楽。ここらへんはなぜか売れ残っていて、安く売られていることが多い。見たことのないレコードばかり、しかも安く手に入るのでつい買ってしまう。古臭い音楽、というイメージはあるけど、その時代まだ生まれていない、古臭さを知らないぼくには新鮮な耳で聴ける。こういうレコードは誰もが知っている音楽をカヴァーしていることが多い。知っている曲がいろいろなアレンジで聴けるのが楽しくてしょうがない。
 ディキシーランドジャズは薗田憲一とデキシー・キングがあればつい手にとっている。「デキシー民謡」「デキシーによるキング・ヒット・メロディー集」「ロシア民謡をデキシーで」なんでもデキシーにしてしまう。
 最近買ったデキシーラン

ドジャズで面白かったのは森亨とシックス・ポインツ・プラス・ワンの7インチ「青い目の人形」だった。兎と亀、鉄道唱歌、かかし、誰もが知っている童謡をデキシーランドジャズでカヴァーしている。それとラジオ関西RCホールで録音されたオムニバスアルバム「ディキシーランド・ジャズ・リバイバル」にはボサノヴァで有名な曲、デサフィナードをデキシーランドジャズでカヴァーしていた。ブラックスミス・アンド・

ヒズ・ボーイズというグループだった。
 ムード音楽でも、今集めているのは一人の歌手の曲を他のグループがインストゥルメンタルでカヴァーしているレコード。ジャケットにはその歌手の写真が使われているが、その歌手が歌っているわけではない。北村英治とクインテット「クラリネットによる守屋浩とあなたの歌」、松本文男とミュージック・メーカーズ「裕次郎主題歌集」、中島安則とラテン・リズム・キング「アキラをラテンで」楽器と歌手の写真が使われているレコードジャケットはとにかくかっこいいのだ。
 聴いたことのない音楽を買って持って帰るのは、なんでこんなにワクワクするのだろう、と、いまだに思う。
(馬場正道=渉猟家)



連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その19
ピアノ・ムーズ・シリーズの10インチLP

 レコードに限ったことではないけど、幾つかに連なり、しっかりしたコンセプトを持っているシリーズものは、その中のひとつが気に入ると、そのすべてをコレクションしたくなるものである。
 今回は、ジャズのレコード・コレクターにはあまり注目されていないが、ぼくがひとり悦に入って集めているシリーズをひとつ紹介したい。
 新しいフォーマットの10インチLPを普及させたいコロンビア・レーベルが、ラインナップを早急に充実させるために、50年に企画した18枚の『ピアノ・ムーズ』シリーズ。これらは30~40年代に地道に活躍していたピアニストたちがトリオで(ときどきトリオ+αで)スタンダードを演奏するというもの。ありがちなコンセプトにも思えるが、

18人ものピアニストが揃いも揃って同じテーマでアルバムを作ることはありそうで、なかなかない。素早くリリースするために、テープ編集をしなくてもいいように、ライヴのように演奏者に曲を立て続けに演奏させて一息で録音しているため、レコード盤面に、曲間のスペースがないというのも面白い。

 さて、このシリーズにどんなピアニストが並んでいるかというと、名前を聞いただけで、そのピアノっぷりが脳裏にビクンと浮かんでくるのはエロール・ガーナーくらい。ほかには、テディー・ウィルソン、アール・ハインズのように名前は通っているけど影になってほかのプレイヤーを支えてきた人や、ジョー・ブッ

シュキン、スタン・フリーマンのように歌の伴奏を得意にしていた人もいる。
 はじめて聞いた名前なので調べてみたらジュディ・ガーランドやメル・トーメの伴奏をしていたらしいホセ・メリスというのもまじり、クラシックをジャズ風に演奏したイーディー・グリフィスとハワード・ゴッドウィンに至ってはまったく詳細不明。かなり地味なカタログである。
 このシリーズの目玉は紅一点のダーダネルかもしれない。彼女は弾き語りでサラっと淡白な歌を聴かせる40年代のヴィクター録音がなかなかオツなのだけど、その頃の録音はLPやCDでリリースされていない。だから彼女がこのシリーズに含まれていたのは、とてもうれしい。しかし、この『ピアノ・ムーズ』では、彼女はピアノに専念して、

歌っていないので、ちょっとした目玉程度に留まっている。歌っていれば〈大目玉〉だったのだけど……。
 耳馴染みのないピアニストもいるけれど、まずまずのラインアップである。スピーカーの前で正座して聴くよりも、部屋になにか流しておく音が欲しい、というときに似合わしい、軽いジャズである。でもどのア

ルバムも演奏の良さがなんとなく揃っているし、ジャケット・デザインのパイオニアであるアレックス・スタインワイス(丸い飾り文字が素晴らしい!)による色違いのデザインも揃っている。これら全部を揃えて床にベラっと並べて、あなたも悦に入りませんか。
(古田直=中古レコード「ダックスープ」店主)
●写真上 エロール・ガーナー『Piano Moods』シリーズ第一弾。流麗な右手はもちろん、独特のリズムを刻む左手にも注目!
●写真下 『Piano Moods』シリーズからダーダネル、サイ・ウォルターなど9枚。ジャケットの丸みを帯びたレタリングは〈スタインワイス・スクロール〉と呼ばれ、多くのデザイナーが模倣した。