てりとりぃ放送局アーカイヴ(2015年10月30日〜2015年11月16日分)

 実は今年の夏に来日したトニー・ヴィスコンティ先生にインタビューする予定だったのですが、数日前にドタキャンされれしまいまして(笑)。理由は「ステージ上以外で仕事したくない」とかなんとか。おいオッサンあんた日頃ステージなんて立ってないじゃんか本業プロデューサーじゃんか、と思いましたけど、そこは天下の大物ヴィスコンティ、こちらはオメオメと引き下がるしかなかったんですが。私恨んでます(笑)。そんなワケで今回はトニー・ヴィスコンティ特集です。(2015年10月30日更新分/選・文=大久)


Tony Visconti / Clorissa / Skinny Rose (1970)

 68年に録音プロデューサーとして有名になり、ジョージー・フェイムのプロデュースをするため渡英。その直後からビートルズ関連の録音を手伝ったりしてたら、Tレックスのお仕事で瞬く間に有名人になったヴィスコンティ先生。こちらはヴィスコンティがアーティストとして活動してみた、という時期のソロ・シングル曲。ええ、もちろん売れませんでしたけど。バックはミック・ロンソン以下、後のボウイのバックバンド陣。
Ronno / 4th Hour of My Sleep (1971)

 で、こちらはヴィスコンティがそのボウイのバックバンドに参加していた時期(70〜71年)に、そのバックバンドだけで録音・発売したシングル。歌ってるのはミック・ロンソンの同郷の旧友ベニー・マーシャルで、バンドの名義も「ロノ」と変わっています。この後、プロデュース業が忙しくなり、ヴォスコンティはベースを弾かなくなります。もしかしたら、同年結婚したメアリー・ホプキンの相手するのに忙しくなったのかも知れませんけど。

Hobby Horse / Summertime Summertime (1972)

 72年、なんの関係か知りませんが(というか間違いなく奥方を再度売り出すためかと思われます)ヴィスコンティは奥さんのメアリー・ホプキンとホビーホースというユニットを組み、このシングルをリリースしています。ちょっとノベルティー風味の強いフォーク・ポップですが、この曲はカヴァーで、オリジナルは男女2人ずつの4人組コーラス・グループ、ジェイミーズが1958年に発表した曲です。
Tony Visconti / I Remember Brooklyn (1972)

 ヴィスコンティは前述通りアメリカ生まれ、ニューヨークのブルックリン出身ですから、そろそろ懐かしくなったのでしょうか。こんな不思議なシングルを72年に制作しています。すっかり懐メロモードに入ったヴィスコンティ先生でしたが、こちらももちろん売れず。またしてもプロデューサー業に邁進する事になります。
Tony Visconti / Mope-Itty Mope Stomp (1977)

 Tレックスのほぼ全作品やボウイの大半の作品のプロデュース、ポール・マッカートニー作品の弦アレンジ、他多忙なプロデューサーでしたが77年に急遽ヴィスコンティは自身名義のソロ・アルバム『VISCONTI'S INVENTORY』を発表しています。で、リード・シングルとなったのがこちら。やっぱりこういうのが大好きなんでしょうね。こちらは1959年にボストーンズというコーラスグループが発表したR&B曲のカヴァーです。
Jessica Lee Morgan / Here it All Comes Again (2008)

 最後はオマケ。ヴィスコンティはメアリー・ホプキンとの間に2人の娘をもうけてますが、その1人ジェシカ・リー・モーガンさんは歌手活動を行なっていました。80年代頃からヘイゼル・オーコナーの作品(プロデュースは親父さんでしたが)に参加してたりしたようですが、こちらは08年、ラジオ番組に出演しライヴ演奏した模様の動画。彼女は近年、親父さんの趣味バンドに「HOLY HOLY」にコーラスとして参加、先日来日も果たしています。


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 2回続けて、CM特集をやりたいと思います。今回は日本TVCMの王道中の王道「化粧品のCM」ばかりを集めてみました。既に資生堂、カネボウ、ノエビア等の有名な化粧品CM音楽に関してはコンピレーションCDも発売され一般に認知も高いと思います。で、今回はカネボウ(実は既に化粧品会社としては花王に買収され、当時のカネボウは既になくなっています)が1980年代にブランド展開した「レディ80」というシリーズCMを集めてみました。(文中敬称略/2015年11月6日・13日更新分/選・文=大久)




カネボウ LADY'80 募集CM(1979)

 「題名のない音楽会」以外で黛敏郎センセのお姿を見る事は結構珍しいかもしれません。センセは実はNNNスポーツニュースのテーマ(ジャイアント馬場の入場曲として有名なアレ)の作曲家でもありますが(笑)、カネボウが「80年代の新しい女性像」をテーマにした新ブランド「レディ80」の案内人としてCMに出演しています。いやあ、落ち着きのある重厚な語り口ですね。さすがセンセにも想像できなかったのでしょうね。まさか80年代があんな浮かれポンチな時代になるとは(笑)。
カネボウ レディ80 口紅(1980)

 そして1980年春。新しいブランド「LADY 80」のシリーズCMがスタートします。ここでやはり注目なのは「新しい時代:80年代」のイメージガールとして選ばれたモデル松原千明のほうでしょう。ジメジメとした70年代の日本女性像を破壊するのに十分な、溌剌とした美しさ、ですよね。曲は渡辺真知子「唇よ熱く君を語れ」。超名曲。
カネボウ レディ80 パウダーカラー(1980)

 「レディ80」は夏キャンペーンにモデルの荻原佐代子(同年女優としてデビュー、86年に結婚引退)を起用しましたが、秋のキャンペーンではグラビア・アイドル壇ちひろを起用しています(同年映画「なんとなくクリスタル」にも出演した彼女ですが、女優活動はそれほどでもなかった模様)。曲は郷ひろみ「HOW MANYいい顔」。

カネボウ レディ80 ミニ口紅(1981)

 81年春。ミニ口紅のCMソングなので「ミニミニ・見に来てね」という歌詞。とっても分かりやすい構図です(笑)。オリエンタルなムード=「ニューウェイヴ」だった時代ですから、この映像もとても分かりやすいですね。曲は矢野顕子「春咲小紅」で、作詞は糸井重里。出演してる女性はこれがモデル・デビューだったという林元子。現在アドバイザー/カウンセラーとして活動されてるようです。
カネボウ レディ80 秋の新作(1981)

 81年秋のカネボウ新製品。ちょっと口元の表情が独特なこのモデルさんは、10年間にわたってカネボウ製品でモデルを務めたという佐藤美知子。現在彼女はオーガニックなコスメを広めるコンサルタントだそうです。そういえば「キッスは目にして」もカネボウのCMソングでしたね。80年代のアイドルポップスは50Sロカビリーのテイストをよく引用していましたが、それを象徴するような曲です。ちなみにこちらのCMは「赤」をプッシュしてますが、「肌色」バージョンもあります。
1979 カネボウ オリビア来日予告(1979)

 おまけ動画。LADY80キャンペーンが始まる直前、カネボウは「ロミオとジュリエット」で一躍大人気となった女優オリビア・ハッセーをキャンギャルに起用しています。そのTVCMで歌を歌ったのが布施明、曲はもちろん「君は薔薇より美しい」でした。このCMでの共演がきっかけとなり二人が結婚まで行き着いたのは有名な話ですね。そのオリビアの来日キャンペーンを宣伝するために製作されたCMがこちらでした。

カネボウ レディ80 秋の新作(1982)

 82年は春に小池玉緒(曲はハウンドドッグ「浮気なパレットキャット」)、夏に夏小町(曲は山下久美子「赤道小町ドキッ!」)を起用しました。が、秋に黒船が襲来。なんとブルック・シールズが登場です。そりゃあもう平伏すしかありませんよね(笑)。曲は一風堂「すみれSEPTEMBER LOVE」。同曲がメガ・ヒットしたにも関わらず、そりゃあ土屋氏はJAPANのギタリストの仕事を優先しますよね。今ならそれが当方にも良く分かります(笑)。

カネボウ レディ80 サンデュー&Tゾーンエッセンス(1983)

 矢野顕子、一風堂、と来たのですからもちろんここでYMOも登場と相成ります。大ヒット曲「君に胸キュン」は83年夏のカネボウLADY80のCMソングでした。モデルはオスカー所属(当時)の相田寿美緒。同CMにて「手ブラ」という言葉を生み出した人と言われていますが、彼女はその後プロ野球選手・荒木大輔(ヤクルト〜西武)と結婚し引退しています。
カネボウ レディ80 パウダーチェンジ(1983)

 83年夏はYMO、でその年の秋はなぜか横浜銀蝿でした(笑)。いや、人気を考えれば納得ではありますが、イメージ的にブランド側もバンド側もいろいろ模索したんでしょうね。ここでモデルで登場したのはご存知伝説の女優・夏目雅子(当時25歳)。翌年結婚し、その次の年には急性骨髄性白血病で急逝していますが、彼女はカネボウのCMとしては最も有名なもののひとつである77年の「クッキーフェイス」に登場したことで一躍人気を得た女性でした。

カネボウ レディ80 サンセラミィ(1985)

 実は85年から「レディ80」ブランドは枝分かれすることになりました。ファンデーション/ベースメイクの「サンセラミィ」はこの時レディ80シリーズから独立しています。そのCMに登場するのはショートも最高に似合う小麦色の美女・麻生祐未。既に当時「オールナイトフジ」の司会等もこなしており、注目度は満点でした。曲はもちろん吉川晃司「にくまれそうなNEW FACE」。
カネボウ レディ80 BIOカラーネットワーク(1986)

 86年春。実はこの時ライバル企業・資生堂の春のキャンベーンは中山美穂「色・ホワイトブレンド」でした。で、カネボウは岡田有希子「くちびるNET WORK」で対抗した形になります。どちらが勝者かは誰にも分かりません。既にご承知のように、この歌手はこのキャンペーンの真っ只中に帰らぬ人となったからです。登場モデルは前年第1回東宝シンデレラ・グランプリに選ばれた沢口靖子(当時20才)。
資生堂口紅「108色」(1979)

 歳後のオマケ。こちらはカネボウではなく資生堂のCMです。既に有名なエピソードですが、1978年の映画『野生の証明』オーディションにて発掘された少女・薬師丸ひろ子。当時13歳でした。スクリーンで女優デビューしたその翌年、彼女は資生堂のCM(というより短編映画と呼べるものですね)に出演しています。3分の尺があるこちらのCMは日本のTVでは1度だけオンエア(資生堂の1社提供番組『ウエスト­・サイド物語』にて挿入放送)されました。監督は実相寺昭雄で、同年カンヌ国際広告祭でグランプリを受賞しています。



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