2014年5月9日(金)

連載コラム【気まぐれ園芸の愉しみ】
「奇跡の変貌」を告げる銀の産毛

 4月から5月にかけて、植物はカメレオンも真っ青の変貌ぶりを見せる。
 山の木々は、小さな芽を吹き出し、徐々に若葉を開いて、やがていっぱいの新緑で枝を隠す。庭では、土の中から宿根草の芽が現れ、葉を開かせながら、するするっと茎を伸ばしていく。その間、山や庭の色合いはくるくると複雑に変わって

いく。この光景には、毎年のことながら驚いてしまう。
 以前、父が春から夏にかけて長期入院をしたことがあった。病院は山あいにあり、父の病室からも山がよく見えた。仕事に趣味に忙しい父が、病室でただ窓の外を眺めて暮らすなんて、さぞかし苦痛だろうと思ったが、本人はそうでもなさそうだった。

 何でも、窓から見える山が毎日色を変えていくのが、面白いのだという。様々な種類の木が、黒い枝から芽吹きの銀色、薄黄色、黄緑、緑と色を変えていく。それも単なる「黄緑」ではなく、木の種類によって微妙に色調が異なる。
 これほど自然の変化をじっくり眺めたことはなく、どの瞬間も奇跡のような美しさだったという。
 そういえば人も、オギャーと生まれて、やがて立ち上がり、言葉を話すようになるさまは、本当に奇跡的。植物なら、芽吹きから新緑までの季節に重なるかもしれない。
 生まれたばかりの赤ん坊には濃い産毛が生えているが、植物の若芽にも細かい綿毛がついている。遠くから眺めると、銀色に光って神秘的。触ると、ほわほわと柔らかいのも、赤ん坊と

同じだ。
 私が育てている植物の中にも毛深い種類がある。中でも突出しているのが、アルケミラモリス、オキナグサ、ラムズイヤーだ。
 アルケミラモリスは、短く細かい綿毛に包まれた葉が印象的。白緑色の若葉にしずくが乗った様子など、うっとりといつまでも眺めてしまう。

 後者二つに関しては、名前そのものが自身の毛深さを物語っている。
 オキナグサは、花が終わったあとの姿が、白髪頭の老人に例えられたことから名付けられたそうだが、花だけでなく、葉や茎もモサモサである。その様子は、まるで霜が降りたようで、「今朝はそんなに寒いのか…」としょっちゅう騙され

る。
 そして、ラムズイヤー。「羊の耳」ってこんなにモコモコ?……というくらい、みっしりと綿毛に覆われて耳たぶのように分厚い。そして、葉の緑色が見えないくらいの白さ。この植物を見た客は必ずと言っていいほど葉をつかみ、そして、しばらく離さない。中には、葉を触りながら白目を剥いて放心状態になる人も……。植物に興味のない人でも、ラムズイヤーの名だけは忘れずに帰る。
 これらの植物が銀色に輝き始めたら、植物の「春の七変化」の合図。奇跡の変貌を見逃さないように目を凝らすのだ。
(髙瀬文子=編集者)
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【写真上】銀色の花芽を出すジューンベリーの木
【写真下】アルケミラモリス



居酒屋散歩〈湯島・岩手屋〉


 サラリーマンをやっていると居酒屋が心のリセットの場になる。嫌なことも良いことも(あまり多くはないが)あり、その度に居酒屋で酒を飲み、カウンターに心の憂さを置いて来たり、嬉しい気持ちを増幅したりして、翌日もまたこれまでと同じように出社できるようにしてくれる。居酒屋はサラリーマンを長くやるた

めの必須の場所だ。ただ、特別な日ではなく何もないフツーの日に行って心地良い店が、いい居酒屋の条件だろう。実は、そういう日の方が多いのだから。
 そんな条件にぴったりの店が、「岩手屋」だ。湯島天神下の交差点から春日通りを御徒町方面に歩き、路地を右にまがればすぐそこにある。「奥様公認酒場」

と書かれた提灯が目印。暖簾をくぐると、中は白壁に年季の入ったカウンターがあり、木製の小さなテーブル4つほどの昭和の雰囲気たっぷりの店。ただ、それをわざと演出したのではなく、時代に磨がかれてそうなってしまったのだろう。昭和31年創業というから、既に半世紀以上たっている。
 私が最初に行ったのは20

代半ば過ぎのころで、もう35年ほど前になる。当時は動物の図鑑をやっていて、上野動物園の飼育課長をしていた小森厚さんに連れられて暖簾をくぐった。しかも時間はまだ明るい4時すぎ。すでにカウンターには数人の客がいて静かにお銚子を傾けていた。奥様公認酒場とうたっている由来は、4時から開くが、看板は10時と早いせいだろう。若かったせいか、最初はこのレトロな感じの雰囲気の良さがわからなかったが、年と共にこの店で飲むことが楽しみになってきた。勤務先が神保町なので、毎日来るのは不可能だが、最近では仕事で湯島、上野界隈に来ると必ず立ち寄ってしまう。
 「岩手屋」というだけあって東北地方の酒とつまみがい多い。「酔仙」がメインだが各種ある東北の酒で飲むつまみの数々が、心地

良い酔いを醸し出してくれる。小岩井チーズ、南部せんべい(バター添え)、とんぶりめかぶ、ほや、松藻、ジュンサイ、みちのく納豆など、酒が進んでしまうものばかり。しかも、酒を注文するたびに小皿にゆで豆、おから、蕗味噌、つくだ煮と、その度に違うものがついてくるのが憎い。季節によっては氷頭膾、鰰(はたはた)飯鮓などもある。ほやとこのわたで作る「ばくらい」という珍味もたまには味わいたい。
 店は、最初は兄弟2人でやっていたが1人が亡くなってしまい、現在は息子さんと2人でカウンターにでている。そのカウンターは1人の客が主で、1〜2時間ほど飲んで気持ちよくなった頃ほとんどが帰ってゆく、長っ尻をしてクダをまく客はほとんどいない。また、品書きのそばに古いカ

メラを並べたガラスケースがあり、中古写真機のうんちくを主人に語り酒の肴にする客もいる。そして古い柱時計がボーンと10時を告げるころには看板。酔ったこちらも帰らなくてはならない。でも、これがあるから二日酔いにならずに明日また出社できるのだと、翌日の朝に感謝するのだ。
 この店には土産にぴったりの物がある。なんと柿の羊羹。甘さを抑えた上品な味の逸品。岩手県産の羊羹で、あの3・11の後は買えなかった。しかし去年からまた入荷があり、先日行った時も購入してきたばかり。
 会社帰り以外にも、散歩のついでに、上野動物園や美術館、湯島天神やアメ横などを回った後に立ち寄るといいだろう。何せ、4時からやっているのだから。
(川村寛=小学館クリエイティブ)



Lamp ~紡がれる質実な音楽と、その風景


 バンド結成から14年、現在進行形のポップスをラディカルに響かせてきたLampが、今、にわかに注目を集めている。
 波間をたゆたうような美しいメロディーと洒脱なコード進行、過ぎるほど奔放に変化するリズムと複雑なアレンジ、日本語の美しさを湛えた詩世界と、天上的なハーモニー・ヴォーカル

──。その、技巧を凝らした作風や音作りの妙に、松任谷正隆、冨田恵一、キリンジら稀代のポップス・クリエイターから異例の賛辞を贈られながらも、これまで耳の早いポップス好事家の評価のみに甘んじてきた彼らだが、その苦闘の歴史にもようやく光が射した格好だ。
 その端緒となったのが、

先頃リリースされた通算7枚目のオリジナル・アルバムにしてメジャー・デビュー作となった『ゆめ』のスマッシュ・ヒットだ。シティ・ポップ、AOR、ブラジリアン、ニューソウル、ソフト・ロック、SSW、プログレなど、先人たちの音楽的意匠を万華鏡のごとく織り込んだ従来までの作風を継承しつつ、本作では、より耽美でアーティスティックな楽曲を、親しみやすいポピュラー・ミュージックとして結実させることに成功した。とりわけ、アルバムの幕開けを告げる「シンフォニー」、掉尾を飾る「さち子」の奇跡的な美しさと情感は筆舌に尽くしがたく、複雑なメロディー、アレンジメントながら、どこか懐かしいスタンダード・ソングを聴くような馴染み深さが充満している。
 ギター&作編曲の染谷大

陽、ヴォーカル&作編曲の永井祐介、ヴォーカル&リリックの榊原香保里の3人からなるLamp。奏でられるその音色感から、70年代以降のAOR、MPBに特に強い影響を受けたと思しき彼らだが、興味深いのはその根幹にビートルズやビーチ・ボーイズなど、ちょうど彼らの親世代にあたる「団塊」の音楽的エレメ

ントと精神性がリアルに息づいていることだ。ポップ・ミュージックが、表現として今よりもずっと高い熱量を持っていた時代の匂い。誇張でなく、彼らの作り出す音楽には確かにそんな感触が実在している──。
 この5月24日(土)には代官山ユニットにて待望のレコ発ライヴ、同日にはアルバム『ゆめ』と前作『東

京ユウトピア通信』のアナログ盤が2枚同時リリースされる。未聴の方はぜひこの機会に、レコード、CDそれぞれの音盤でその濃密な「音楽」を体験して戴きたい。
(関根敏也=リヴル・アンシャンテ)
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写真上●2014年2月発売の最新作『ゆめ』。ジャケット・イラストレーションは林静一。 写真下●2011年発表の6作目『東京ユウトピア通信』。イラストは鈴木翁二が担当。
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5月24日(土)には代官山UNITにて2年ぶりとなるLampのライヴが決定。同ライヴで前述2タイトルのアナログ盤も先行発売。「これ以降、ライブをやるかどうかは未定ですので、この機会に是非お越し下さい」(染谷)。