2014年10月3日(金)

『王と鳥』とポール・グリモーと
ポール・グリモー監督作品『王と鳥』がブルーレイ化!!

 『王と鳥』が国内初ブルーレイ化されるという。このアニメーション映画こそ、メディアが変わろうとも、時代を超えて、ずっとずっと後の世代にも見続けて貰わなければならない。
 ポール・グリモーといえば、ボクらの世代にとっては、それはもう、なんといっても少年時代に観た改訂

前の『やぶにらみの暴君』が強烈に残っている。それから後は、アニドウの上映会などで観た、ブツブツに切れた状態の、しかもアメリカ版だ。ボクは常々、映画とか本って、時代の空気を吸って生まれてくるものだと思っている。特に映画、漫画、絵本などヴィジュアルなものはその時代の空気

ごとフィルムに出版物にパックされている。だから、いくら愛好家や研究家が後の世にコレクションを披露して古今東西の名作を俎上にあげて比較検討したとしも、そこにはリアルタイムではない、何か空気感が感じられない虚しさがある。
 『やぶにらみの暴君』は、いち早く観て来た兄と姉の

言葉に刺激されて、タバコの煙でむんむんする田舎の映画館で初めて見て驚いた、その空気ごと自分の中にあるので、それと79年にグリモーが幾多の試練や私憤を超えて、遂に完成させたディレクターズ・カット版ともいうべき『王と鳥』とを比べることさえ無意味なのかもしれない。
 以前、同じような感想を、和田誠さんが描いた絵本『ぬすまれた月』にも感じて、何かに書いたことを思い出した。和田さんのこの絵本も、後年になってアクリル画として新たに描き起こされたのだが、ボクがまだプロになる前のイラスト小僧として、本屋の店頭で震えながら手にして、なけなしの金をはたいて買って四畳半の安アパートの一室で繰り返し見た、その空気感ごとパックされた改訂前と、新たに出た改訂後の本

とでは、ボクにとっては、全く別作品だ。
 もう何年も前で記憶が危ういのだが、『王と鳥』のプレミア上映を確かアヌシー映画祭で観ていると思う。「ロワ・エ・オイソウ」というフランス語のアナウンスの響きが耳に残っているからだ。受賞はしなかったけど、ボクがインコンペした作品(なんだったかそれも覚えていない)の賞状が確かグリモーの『王と鳥』のスケッチが入ったものだった。
 グリモーは85年に、第一回の「広島国際アニメーション映画祭」に国際名誉委員長として来日された。国内で初めてその場で『王と鳥』が上映されたわけだ。ボクらはこの新しい『王と鳥』を作るにあたり、グリモーから、かの天才アニメーター、月岡貞男に「スタッフとして参加して欲しい」

というオファーがあったことを知っていた。余談だが、かのキューブリックが『2001年宇宙の旅』に手塚(治虫)さんを誘った話は有名だが、同じ60年代のビートルズ『イエロー・サブマリン』のスタッフとして、監督のジョージ・ダニングが久里さんを誘った話はあまり知られていない。手塚、久里、月岡、お三方とも当時の超多忙売れっ子たちだったから、いずれの話も実現をみなかったが、面白い話だ。
 そういえば『イエロー・サブマリン』の中に、明らかにこれは久里さんの『部屋』とか『love』だなと思えるカットがある。テリー・ギリアムの『モンティ・パイソン』のコラージュの中にも久里さんがあるし。
 さて、広島に来たグリモーに話を戻すと、三井物産

だったか日本の商社マンがエージェント的についていて、事前に日本の当時のアニメーション事情をレクチャーされていたとみえ、ボクなんかにも向うから握手を求めてこられて、すっかり恐縮してしまった。もっといろいろ話を聴きたかったが、残念ながら、いつも並んで写真を撮ることが得意な某研究家が終始ベッタリくっついていて機会を逸してしまった。残念! 月岡さんとグリモーは、多分71年のアヌシーで逢っているはずだから、広島?(あるいは東京?)で再会したのかな。
 大柄、白髪のグリモーさん、映画祭期間中は、白いスーツ姿で終始にこにこ顔だったが、彼がオープニングのスピーチで「愛と平和」を掲げる広島映画祭に対して、「アニメーションは必ず役に立つことが出来る」

と力強く話した時、眼鏡の奥からチラリと見せた鋭い眼光には、さすがポール・グリモーだと思った。
 それから数年、ボクがクレルモンフェランの映画祭の帰りたまたま立ち寄ったパリ、一人だし何か面白い展覧会でもと物色していたら、まさに今「パレ・ド・トーキョー」で、ポール・グリモーの大回顧展をやっているではないか! すぐさま駆けつけて、改めて彼の素晴らしい足跡を辿る事が出来た。

 動画の展示の方法も素晴らしく、のちにボクがギャラリーで動画を展示する際のヒントもいただいた。残念ながら、その日、彼は会場には居なかったけど、カタログを買って、なんてボクはラッキーなんだ! と、この偶然を独りで、カフェで乾杯しながらカタログのページをめくった。
 そして、それから3年後、新聞で彼の訃報を知ったのだ。
(古川タク=アニメーション作家)
『王と鳥』はNBCユニバーサル・エンターテイメントジャパンより10月8日発売。今回初収録の特典映像あり!



特集「Le monde enchanté de Jacques Demy」[5]
「ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑」展鑑賞記

 フィルムセンターでの「ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑」展を観てきました。小規模ながらもドゥミの生涯と作品を丁寧にたどった展示で、「とうとうこういう日が来たのだなあ」と大きな感慨を抱きました。そして幸せな気持ちで会場内を行ったり来たりするうち、ありえたかもしれない別の世界をあれこれ夢想してしまいました。
 最初に思ったのは『ローラ』がリアルタイムで日本

に紹介されていたらどうなっていただろう、ということです。『シェルブールの雨傘』のコーナーには当時の雑誌が何冊も展示されていましたが、たとえばここには植草甚一による『ローラ』評が置かれていたもしれない、というような。実際に日本で最初に公開されたのは、オムニバス映画『新・七つの大罪』のなかの「淫乱の罪」ですが、そのパンフレットのなかで植草さんは『ローラ』ついて

も僅かですが言及しています。マックス・オフュルスが大好きだった植草さんは、オフュルスに捧げられた『ローラ』についてどのような文章を書かれたことでしょう。「読んでみたかったなあ」と妄想はふくらんでいきます。
 去年のフランス映画祭のトークショーでは、秦早穂子さんが「さんざん悩んで『ローラ』ではなく『女は女である』を買い付けた」と仰ったそうです。もし『ローラ』を選んでいたら、『シェルブールの雨傘』も『ロシュフォールの恋人たち』もより深く理解され、『ローラ』の後日譚である『モデル・ショップ』も日本で公開されたことでしょう。
 あるいは、もしアメリカで『ロバと王女』を撮っていたらどうなっていたのだろう、ということも考えず

にはいられませんでした。67年、コロンビアと契約したドゥミはロサンゼルスでの生活を始めます。そのときのことを、後にドゥミはおよそこんなふうに語っています。
 「アメリカ人がミュージカル映画を見たがっていることはわかっていたけど、アメリカに慣れる意味でもまずは小品を作ることから始めてみた。でもそれはまったくの勘違いで、一度失敗したらもうお仕舞いでした」。
 今回の展示では、その小品『モデル・ショップ』のコーナーに小さな受像機が置かれ、アニエス・ヴァルダの娘・ロザリーによるハリソン・フォードのインタビューが上映されています。そして、ぼくにとってはこれこそが今回の展示のハイライトでした。
 『モデル・ショップ』の

主役に抜擢された頃の、ドゥミとの日々を語るハリソン・フォード。一緒にロケハンに出かけたり、家族ぐるみで休日を過ごしたこと。しばし挿入される当時のフィルムにおけるまだ何者でもなかったフォードのナイーブな表情は、『ローラ』でのカサール青年に連なるものです。実際にはコロンビアの反対でフォードは主役を降ろされるのですが、「ドゥミが信頼し必要としてくれたということが、あ

の頃の自分には本当に支えになった。感謝している」という言葉には、感銘を受けました。
 ハリウッドで制作された『ロバと王女』は、ぼくたちの大好きな『ロバと王女』にくらべ、不満の残る作品になったかもしれません。でも興行的には成功し、その後順調に作品を撮る礎となったかもしれません。渡米第2作としてハリソン・フォード主演の『モデル・ショップ』がつくられ、フ

ォードが「ジョージ・マシュー」役で他のドゥミ作品にも出演し、ハン・ソロは別の俳優が演じることになる世界。
 もちろん実際にはドゥミとハリウッドの作法は相容れなかったわけで、フォードも「ドゥミは早く撤退してよかった」と語っています。にもかかわらずこんなことを考えてしまうのは、もっともっとドゥミの映画を観たかったからです。ドゥミは山田宏一のインタビューに答えて「わたしは、生涯に30本ぐらいの映画をつくって、その登場人物たちがすべてお互いに人生のどこかで出会う、そういうドラマをつくりあげたいのです」と語っていますが、実際につくられた長編は12本。やはりあまりにも少なすぎます。
 とはいえ、ぼくがドゥミをこんなに好きになったの

は、90年に彼が亡くなり、92年に『ローラ』が日本初公開されるこの世界においてこそ、ということもわかっています。思えば『ロシュフォールの恋人たち』と『ジャック・ドゥミの少年期』も立て続けに上映されたあの年が、日本におけるドゥミ再評価の始まりだったわけで、それから22年が経ち、このような展示が行われるまでを体験できたのは幸せなことでした。
 あの頃、ドゥミに関する日本語の文献は少なくて、山田宏一と梅本洋一の本が頼りでした。なので、たとえ僅かでもでもドゥミについて書かれたものを見つけたときはうれしかったものです。たとえば、辻邦生がドゥミを愛する青年とナントを旅する『パリの時』もそんな一冊ですが、後年、『ローラ』のパンフレットを買ってくださったお客さ

まが、まさにその「青年」だとわかったときは本当に驚きました。なんだか緊張してしまい、深い話こそできませんでしたが、古本屋冥利に尽きました。
(宮地健太郎=古書ほうろう)




企画展『ジャック・ドゥミ映画/音楽の魅惑』

会場:東京国立近代美術館フィルムセンター展示室(企画展)
会期:2014年8月28日(木)〜12月14日(日)
詳細⇒http://www.momat.go.jp/FC/demy/index.html

特集上映『ジャック・ドゥミ、映画の夢』
会場:アンスティチュ・フランセ東京
会期:2014年9月13日(土)〜9月26日(金)
詳細⇒http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1409130926/