2015年3月13日(金)

 
越部信義さんを偲ぶ会に参加して


 2月25日、東京市ヶ谷にて、昨年11月に亡くなられた作曲家・越部信義さんを偲ぶ会が営まれた。世話人はてりとりぃの同人でもある桜井順さんと伊藤アキラさん、濱田高志さんの三人。そんなご縁で、故人とは残念ながら面識の無かった自分もお声がけいただき、記録係として末席を汚すこととなった。
 御本人にお目にかかる機

会はついぞ叶わなかったものの、越部作品には幼い頃から馴染んできた。最も有名な「おもちゃのチャチャチャ」をはじめとする数々の童謡に、『パーマン』や『みなしごハッチ』『けろっこデメタン』などのアニメ作品はいずれもレコードを買ってもらい、繰り返し聴いた。藤子不二雄ファンの自分にとっては、最初にアニメ化された際の『ドラ

えもん』の主題歌も忘れ難い。そして、これまた国民的な作品『サザエさん』の劇伴は現在に至るまで使用されており、誰もが聴き覚えのあるメロディーがたくさんある。一昨年、濱田氏と共に長年取り組んでいた『サザエさん』の音楽をCDに纏められたことは望外の喜びであったが、それがきっかけとなり、何故かしばらく番組のタイトルバックから外されていた〝音楽・越部信義〟のクレジットが復活したことが何よりも嬉しく、大いに溜飲を下げたのだった。
 会は伊藤アキラさんの進行で始まった。桜井順さんの代表挨拶に続き、献杯の発声は元電通プロデューサーの山川浩二さん。米寿を迎えられたという氏がお元気なのは頼もしい。お食事の配膳が整ったところで、伊藤さんから列席者が紹介

される。長くならないように、伊藤さんが事前に書きだしていらした各人のプロフィールを簡潔に紹介し、本人はその場で起立して会釈するという形が配慮されていたのだが、少人数に絞って開かれた会のため、故

人とは極めて縁の深い方ばかり。皆さんどうしても一言お話になりたい様子で、各自のエピソードをお話になる方が殆どであった。作詞家の山川啓介さん、作曲家の嵐野英彦さん、NHKのプロデューサーに、コロ

ムビアレコードの担当プロデューサー、三木鶏郎門下の越部さんと仕事を共にした元三芸のスタッフ、三木鶏郎企画研究所の竹松伸子さんら、かつての仲間たちが越部さんの奥様とお嬢様を囲んで昔話に花が咲く。『踊る大捜査線』などで知られる俳優の斉藤暁さんのお顔が見えたのは意外だったが、越部さんが長きに亘って舞台音楽を担当していた自由劇場の出身であり、トランペットが趣味でもある氏は、生前に深い親交があったそうだ。
 終盤には歌のコーナーが置かれ、野口京子(旧姓和田)さん、天地総子さん、眞理ヨシコさんがそれぞれ越部ソングを披露した。個人的には聴く側の第一世代ともいえる「おもちゃのチャチャチャ」を、レコード大賞童謡賞を受賞した眞理さんの生唄で聴けたことに

感激しきり。幼い頃から耳に馴染んだレコードの歌唱と寸分違わぬ名唱であった。全員で集合写真を撮影した後、奥様による謝辞、伊藤さんによる閉会の辞で会はつつがなく終了。越部さんが世に送りだした曲と同様に、とても温かみのある優しい時間が持たれたことを報告させていただく次第である。列席者に配られたしおりには、元コロムビアの井上英二氏、元三芸の土居道明氏、そして山川啓介氏からの寄稿があり、表紙にはどなたかが仰っていた〝風呂上りの殿さま〟の様な越部さんの柔和な笑顔の写真が刷られていた。作家が世を去った後も、氏が作った音楽は人々に愛され続けてゆく。それはあらゆる制作者にとって最も幸福なことであるに違いない。
(鈴木啓之=アーカイヴァー)



連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その15
《ヴァウト》使いの笑いの達人スリム・ゲイラード

 ジャック・ケルアックの小説『路上』にも実名で登場するジャイヴ/ジャズ・ミュージシャンのスリム・ゲイラード。彼の肩書は、シンガー、ピアニスト、ギタリスト、作曲家、ヒップスター、タップ・ダンサー、ヴォードヴィリアン、ボクサーなどなどバラエティーに富んでいる。スリムは、おまけにあのマーヴィン・ゲイの義理の父でもある。(スリムの娘ジャニスがマーヴィンと一時期結婚していた。ふたりの間の娘が歌手のノーナ・ゲイである)それらの数あるスリムの肩書をひとつにまとめるのなら《楽器を使うお笑い芸人》であろう。
 スリムの十八番の芸は、ギターやピアノを弾きながら、自ら作ったバカげた言葉《VOUTーヴァウト》で歌うこと。話した言葉の最後に《OROONIーオ

ルーニー》をつければ、たちまちヴァウトに早変わり、というわけ。たとえば「たまげたオルーニー」という具合に。もちろんヴァウトで歌われている内容も、バカげた漫談のようなもので、英語がわかれば、抱腹絶倒間違いなしなのである。
 彼にはもうひとつ持ちネタがあって、まじめにピアノを演奏しているうちにふ

ざけ出し、裏返した手、肘、足で鍵盤を叩いて弾きはじめるのだ。46年に録音されたジャズ・アット・ザ・フィルハーモニックの巡業公演を収録したアルバム『オペラ・イン・ヴァウト』の中で、観客が爆笑しているところがある。レコードの音だけではわからなかったのだが、どうやら自慢のピアノ芸を披露しているよう

なのだ。その曲のタイトルはラベルに「アンダンテ・カンタービレ・イン・モード・デ・ブルース」と記載されていて、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」を思わせるが、それも彼一流のジョークなのだろう。
 このライヴでスリムは、演奏をはじめる前に、すべての曲を同じ文句で紹介している。「さて次はグルーヴィーでメロウな曲。タイトルは『ザ・グルルルルーヴ・ジューシー・スペシャルルルル』」。繰り返されるその酔っ払ったようなグタグタな口調とウソの曲名で、会場に大きな笑いが起きている。
 このライヴではないが、彼がときどきバラードをまじめに歌うので、少し困ってしまう。どこからふざけて、どこまでまじめなのか判断できない。最後まで歌

いきって、見事な歌声にこっちが感動したら、急に「オルーニー」って言い、笑いだしそうだから。
 スリムの音楽は「トゥッティー・フルッティー」、「セメント・ミキサー(パチ・パチ)」などオノマトペや擬音がたくさん登場し、食べ物に関する曲も多く親しみやすい。言葉や動作の

おかしさがわからなくても、グルーヴィーでメロウなジャイヴの音楽だけでも、とにかく楽しい。理屈も屁理屈も全部おっぺがして、すべての知力をお笑いに向けた、スリム。ゲイラードは、痛快無比のグレイト・オルーニー! なのである。
(古田直=中古レコード店「ダックスープ」店主)
●写真上 『Opera In Vout』 ベーシスト、ビム・ブラウンとのライヴ。「Andante Cantabile In Modo De Blues」ではピアノ芸を披露。 ●写真下 『Wherever He May Be』 スタンダード・バラード「捧ぐるは愛のみ」をまじめに?熱唱。ノヴェルティー傑作「Chicken Rhythm」も収録。



飛騨とペーパーナイフ


 先日、「てりとりぃ」の同人でもある『古書ほうろう』の宮地さんから、ある小冊子を薦められた。千駄木にある『古書ほうろう』は「てりとりぃ」の常設店でもあるので、配布かたがた、月一で訪問している。ここで、北九州市のフリーペーパー「雲のうえ」や木村衣有子の「のんべえ春秋」、そして谷根千のグルメ誌

「やねせんおしょくじ」など、一般の書店では流通していない〝味のある〟小冊子をいくつも教えてもらった。
 今回はフリーペーパー「飛騨」。手に取ろうと思ったのは、宮地さんの「これ、大竹さんが書いてますよ。」という一言だった。茶色い封筒の中に入った文庫本より一回り大きい小冊

子。封筒の表には「これからの飛騨について語る本」のキャッチコピーがある。〝飛騨〟の言葉から想像するものといえば、森や材木。どう考えても木工もしくはエコロジーに関する内容かと思った。しかし、目次を見ると、「あなた、まだ高山線に乗ってないの?/大竹聡」の文字。そう、これは全編、彼による高山線の紀行文なのであった。
 高山線は岐阜県高山駅から、途中、おわら節で有名な越中八尾を通って、富山駅までを結ぶ全長約90キロの路線だ。一時期、特急「ワイドビューひだ」で見る紅葉の素晴らしさがTVCMでも放映されていたのでご記憶の方も多いかもしれない。大竹はその富山~高山間を途中下車し、沿線の人達とのふれあいを軽妙な文章で綴っている。もちろん、居酒屋紹介もあるが、

一番の酒の肴は、現地の人達の話だ。八尾の文具店、角川の旅館、そして細江の呉服屋など、街と人に根付いた商いが今もなお残っている。その文章に寄り添う牧野伊三夫の挿絵や武藤奈緒美の写真も素晴らしい。
 この冊子のもう一つの魅力は〝袋とじ〟だろう。定規をペーパーナイフ代わりにしたのだが、慣れていないせいもあって、頁がかなり汚くなってしまった。しかし、一枚一枚紙を切って読む行為は、なんて贅沢なんだろう。読了したページの余韻を楽しみながら、次のページを開く。一つ一つ玉手箱を開けていく感覚といったらいいだろうか。とりあえず、バックナンバーも可能な限り集めようと思った次第だが、その前にペーパーナイフを買おうと心に決めたのである。
(星 健一=会社員)




私家版「宇野誠一郎の世界」濱田高志・編

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A5変型/上製・函入/448頁 12月20日発行/定価:5,400円(本体価格:5,000+税)送料:500円(梱包手数料含)
発行者:里見京子/発行所:月刊てりとりぃ編集部

[執筆者]井上ひさし、黒柳徹子、横山道乃、中山千夏、堀絢子、恒松龍兵、井上ユリ、井上麻矢、武井博、橋本一郎、栗山民也、篁ゆき、井上都、高林真一、泉麻人、伊藤悟、田中雄二、加藤義彦、安田謙一、足立守正、高岡洋詞、千秋直人、江草啓太、田ノ岡三郎、向島ゆり子、橋本歩、熊谷太輔、鈴木啓之、濱田高志、里見京子

[新規取材&対談再録]田代敦巳、木村光一、宮本貞子、熊倉一雄、おおすみ正秋、柏原満、鈴木徹、山田昌子、金原俊子

[ご予約方法]ご購入を希望される方は、「てりとりぃ」編集部 territory.tvage@gmail.com まで、件名に「宇野誠一郎の世界購入希望」と表記の上メールにてお知らせ下さい。到着後3日以内にお支払い方法を記載したメールを送ります。*私家版につき、本書の書店販売は行ないません。

てりとりぃ×宇野亜喜良
コラボレーショングッズ 第4弾


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