『和田 誠ソングブック』お渡し会&トークショー レポート
昔から万博のレコードを収集している自分が愛してやまない一曲がある。それは、森山良子が歌う住友童話館の歌「小さいタネから」。日本万国博覧会のテーマであった〝人類の進歩と調和〟に則り、夢と希望が溢れる前向きな人間讃歌になっている。正式なレコードは発売されず、ジャケット
も無い簡易なフォノシートだけが作られて配布されたのだが、その作曲者が誰あろう、イラストレーターの和田誠氏であった。最初にシートを入手した際には「和田さんは作曲もするんだ」などと思っていたが、これがどうして、職業作曲家も顔負けの作品の質と量で、氏の幅広い活動の一角
を成していたことを後になって知ることになる。そんなわけで、かろうじて音は聴けていたものの、いつかCDに収められないものかと願っていた一人だけに、今回編まれた『和田誠ソングブック』で初CD化が叶ったことは嬉しくて仕方がない。 企画者の濱田高志氏によれば実に5年越しで実現に至ったという。和田氏が長年保管していたテープをはじめ、各メーカーや放送局の音源を集めた初の作品集である。これまでにデューク・エイセスや岸洋子が和田さんの作品を歌ったアルバムはあったが、こうして様々な歌手による歌を集めたコンピレーションは初めてとなる。とりわけ、氏が収録することを特に拘ったという坂本九の「4人目の王さま」が際立っていて、アルバムの価値をますます
高めているとおぼしい。NHK『みんなのうた』は名歌の宝庫であるなぁとしみじみ。 普段、人前に出る機会はそれほど多くない和田氏が、今回のCD発売に際して濱田氏とのトーク・イベントを快諾されたのは濱田氏への信頼はもちろん、作品集が完成したことが純粋に嬉しく、その感謝の念の表れであろうと思われる。和田誠さんの自作曲についてのトークを生で聴けるなんて千載一遇のチャンス!というわけで5月7日の夜、会場であるタワーレコード渋谷店の6階へ足を運んだ。イベントの開始前、ジャズ・ボーカルのコーナーで買物をされている氏を目撃。もうお持ちでない音源など無いであろうに、新たなコンピ盤に手を伸ばす好奇心こそ、果てない創作意欲の源なのだと、人知れず納得
する。やがて予定時間の19時になり、いつの間にか大勢の客が集まっていたジャズ売場の一角でイベントは無事に始まった。 和田さんが作曲に手を染めたのは、銀座のライトパブリシティという広告代理
店に勤めていた折、同僚の山下勇三さんが書いたフランク永井風の詞に、それらしき曲をつけた遊びが最初だった由(ちなみにその時代のことは無類に面白いエッセイ「銀座界隈ドキドキの日々」に綴られているの
で未読の方はぜひ)。そのうちに曲作りの話がジャズピアニストで作・編曲家の八木正生氏に伝わり、曲を依頼されるようになる。その後も作曲家・和田誠のほとんどの作品のアレンジを手がけた八木氏の存在なくしては、多くの傑作は生み出されなかった筈だ。 寺山修司や坂本九らとの交流が語られた後、実際に音を聴くコーナーでは、CD制作後に見つかったという日本テレビの番組『九ちゃん!』のテーマソングや、デューク・エイセスが歌う『クイズ・ジャンボ』のテーマなどが聴けて、眼福ならぬ耳福。当然今回の盤には未収録の貴重な音源である。そして今回は大人の事情で収録出来なかったという、監督作品『快盗ルビイ』の挿入歌「たとえばフォーエバー」がかかると、和田さんのお顔はさらに綻んだ。
小泉今日子と真田広之のデュエットによる、正に掛け値なしの名曲。ご本人がいかに謙遜されようとも、こんな素敵なメロディは素人には到底書けない。絵を描き、文章を書き、映画を撮り、なおかつ作曲までしてしまう類い稀なる才人を目の前にして感動していたら、予定の30分はあっという間に過ぎてしまった。キョンキョンのキラキラした歌声を聴いて、本編が猛烈に見たくなってしまった私は、帰宅後に『快盗ルビイ』のひとり上映会を催したのでありました。そういえばこの映画のDVDは長らく廃盤で入手困難になっている。某通販サイトでは新品が数万円になっている始末。ビクター様、どうか再発を。名画はいつでも見られる環境になくてはなりません。 (鈴木啓之=アーカイヴァー)
追悼:江藤勲 第2回
ポール・マッカートニー、ジェームス・ジェマーソン、チャック・レイニー、ジャコ・パストリアス、ブッツィー・コリンズ、マーカス・ミラー、スティング、ヴィクター・ウッテン、ビリー・シーン、フリー。近年のJーPOPを聴くと、誰かしらの影響を感じさせるトーンのベースがほとんどだ。ところが昭和40年代の歌謡曲といえば、欧米のベーシストの影響を感じさせない日本独自のベース・サウンドを聴くことができた。
欧米のベース・サウンドは他の楽器になじむようなトーンでプレイされていることが多い。楽器に詳しくない人に、どれがベースがということを説明する際には、ベースという楽器そのものを気づいてくれず、説明するにも苦労することもある。その反面、同時代の日本の歌謡曲やニュー・ミュージックでは、パタパタとしたパーカッシヴで、輪郭のはっきりしたトーンの立体的なサウンドで録音されている。アタックが強い
反面、弾力性も感じられ、歯切れの良さが目立った独特のサウンドを持っている。 このサウンドは江藤勲から始まったものだ。彼の独特のサウンドはまずはジャッキー吉川とブルーコメッツから始まった。彼がブルコメに在籍していたのは63年から65年までだが、『パンチ・ヒット・ベスト10』(65年)や『ベンチャーズ・スタイル・エレキ・ギター・ベスト14』(65年)など、当時の音源を聴くとすでに江藤独特のトーンを聴くことができる。江藤の独特のトーンは、アンプのトレブルとベースを上げて、しなりが強く薄いピックで、でフロント・ピック・アップ上部を叩きつけるようにピッキングして出している。江藤の場合は金属製のピックを使用していたようだ。ジェームス・ジェマーソンやドナルド・ダック・ダン
など、海外のスタジオ・ベーシストの多くは指弾きで、全体のサウンドになじむような丸みをおびたトーンで演奏されているのに対し正反対のトーンだ(ただしジョー・オズボーンのようにピックを使用するベーシストも少ないながらもいた)。 65年にブルコメのベースが江藤から高橋健二に交代した。正確には高橋は再加入で、江藤の前任ベーシストが高橋だった。この独特のサウンドは高橋に受け継がれ、やがてグループ・サウンズの多くのバンドでも聴くことができるようになり、68年から69年にかけてグループ・サウンズ・ブームに日本が沸く中、江藤から始まった日本独特のベース・サウンドが日本中を席巻するようになる。(以下「第3回」へつづく) (ガモウユウイチ=音楽ライター/ベーシスト)写真撮影:酒井秀一
自主制作マンガ界の民芸調キラーマシン
「B級」という言葉は悪口の一種だったはずだが、「2流」とは違う。好事家が好んで口にした「B級ホラー」や「B級GS」という言葉には親しみしかない。「B級グルメ」の登場に及んで、完全に肯定の言葉になった。もはや、質の良いB級こそが真のA級なのではないか、とすら思う。仮に、貴方にご馳走しましょうか、「A級グルメ」料理。何だか、見てくれは良いけど味気のない料理が出て来
そうだと思わない? 何やら幻の銘酒を紹介する感じになるけれど、富山県に「灯(ともしび)」というマンガサークルがある。マンガを描くのが好きで、入門書で推奨される商業ルールにハマらない、独自の文法に自信を持つ個人が運営していると思われる。濁色系の色画用紙でコピーを綴じた手製本を出版しているが、著者名は表に出していない。一見は粗いが、丁寧な筆致。見たことのない
コマ割りの可読性の悪さが、独自のリズムで読者を引き込む。代表作であろう、『コンバット貴族 KILLER THE GUN FIGHT』(2011)は、「もし共産主義者が源氏物語を読んだら」という一文に始まり、光源氏の快楽主義に嫉妬する革命軍が、貴族社会に殴り込みをかける奇想を軸にした、「マッドマックス」経由で原哲夫影響下のバトルマンガ。その後、『コンバット貴族2飢えと渇き』(2013)、『コンバット貴族3 ザ・マッドキラー地獄の処刑軍団』(2014)と続くのだが、80年代のVHSビデオのパッケージに相応しい感性が素晴らしい。政治・思想に関する即物的な揶揄は戴けないのだけれど、ノリと愛嬌がそれを緩和。「灯」作品は、紙とペンによる孤独で奇妙なサバイバ
ルゲームだ。それを見物することができた偶然を幸運に思う。知る限り最新作は『ザ・キラーショベル』(2015)。古いクライムコミックを思わせる横書き文字(なのに左綴じ!)。我子と共に工事現場で惨殺された男が、復讐のため人間とパワーショベルが合体したキラーショベルとして甦る展開、ムズムズするね。まだ見ぬ執筆中のタイトルは、『ロシア大地下要塞 ゾムビ』だって。現在進行形のマンガなのに、何だこの発掘感。これをB級というのは簡単だが、B級としか賛辞が浮かばない。 (足立守正=マンガ愛好家)
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