寺山修司が人形映画のために書いたシナリオ「くるみ割り人形」(原作は『寺山修司メルヘン全集』に所収)を、天井桟敷の戯曲『身毒丸』などの脚本でも知られる岸田理生が戯曲化した「浅草版・くるみ割人形」。いまだかつて上演された事のない「幻の傑作」と呼ばれるこの脚本が、プロジェクト・ニクスによって現代に蘇る事となった。構成・美術監督を宇野亜喜良が担当し、32人の女優・
アーティストによって摩訶不思議なファンタジーが繰り広げられるこの舞台は、実験演劇ユニット、プロジェクト・ニクスの第8回公演として行われる。 あのティム・バートンも熱烈なファンだという不思議系ゴスロリ歌謡ユニット「黒色すみれ」の2人も参加するこの舞台は、一月十九日から三〇日まで東京・吉祥寺シアターにて上演される。 (戸里輝夫=ライター)
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ビートたけしとジャズ。音楽好き著名人の選曲CDを味わう
音楽を愛する有名人は多い。さらに、彼らがお気に入りのアーティストの楽曲を選んだ企画CDも、これまでに数多く発売されたが、二○一一年は特に当たり年だった。 まずビートたけし選曲の『たけしとジャズ』には、ジャズの楽しみ方を教えられた。芸人になる前はジャズ喫茶で働いたたけしは、ジョン・コルトレーンほか、有名な米国の演奏家や歌手の曲を選曲。目新しいのは
全曲のうち五曲について、二組のアーティストによる、同じ曲の聴き比べができることで、演奏者がちがうと曲の印象が大きく変わるのが実に新鮮である。 大瀧詠一選曲の『ロックへの道』も好盤で、一九五○年代の米国で開花したロックンロールの成り立ちを、当時のヒット曲で振り返った。ポピュラー音楽史に詳しい大瀧だけに選曲が絶妙で、黒人のブルースと白人のカントリーの交配からロ
ックンロールが生まれたことが、音で体感できた。本作のようにミュージシャンが選曲したCDは、その人の創作の原点がかいま見えるのが興味深く、つい買って聴いてしまう。山下達郎選曲のビーチ・ボーイズ、坂本龍一選曲のグレン・グールドなど。 音楽家以外の有名人が選曲したCDでは、小泉純一郎が首相在任中に発売した、エルヴィス・プレスリーのバラード集が、十万枚という異例の大ヒット。また音楽のジャンル別に見ると、村上春樹、和田誠、片岡義男がジャズ、小倉智昭、平野啓一郎、石田衣良がクラシック、佐野史郎、宮藤官九郎、山口智充が一九七○年代の和製ロック、五木寛之、みうらじゅん、伊集院光が昭和歌謡と、それぞれが、凝った選曲のCDを世に送ってきた。
てりとりぃアーカイヴ(初出:月刊てりとりぃ#14 平成23年4月23日号)
生まれる言葉〜流行語「イカス」
「イカス」という流行語をご存知だろうか。一九五〇年代〜六〇年代の古い流行語だ。「格好いい」「シャレてる」「特別だ」というような意味だが、こういう感覚語は注釈のしようがない。イカスはイカスなのだ。 イカスは何といっても石原裕次郎が使って一世を風靡した。彼が「イカスぜ」と言えばまさにイカシたのだ。彼の映画を観た若者たちは裕次郎風に肩をゆすって歩いてみせ、煙草を吹かして、ニヒルに「イカスぜ」と言ってみせたものだ。 イカスと言えば当時イカスという言葉がピッタリの体験をしているのでそれをお話しようと思う。 その頃私は二十代中ごろのぺいぺいの作詞家だったが、稿料が少し入ったので生意気にも銀座のカネボウにワイシャツを作りにいっ
た。今と違って既製品のサイズが少なかったこともあったが、ちょっと贅沢してやれと高級店に行ったのだ。 あれこれと生地を見て型を決めて三枚だけ注文した。ダブルカフスのカフスが倍も長いシャツ。フランク永井さんが着ていたのを真似したのだが、もとはドラマーが上着の袖がひっかからないように着ているのだと後で知った。あとは縞と白のボタンダウンと、これだけ注文するのに時間がかかってしまった。 その時同じようにワイシャツを注文に来た人が安藤昇さんだった。知っている方も多いと思うが、元は本物の侠客。それも安藤組の親分で、後に美貌とその経歴を買われて映画俳優になった。やくざ映画でやはり本物の迫力があったらしい。一緒に映画に出たという人に聞いたら、柄は大きくな
いが、すごい迫力で壁にぶっとばされたと言っていた。 その安藤さんがワイシャツを注文していた。黒のスーツに白いワイシャツ、黒のネクタイ姿。ニヒルな苦み走った美貌で、中肉中背だが全身から殺気というか妖気というか、そういうものがただよっていた。安藤さんは白い生地を無造作に選んで、「これで2ダースつくってくれ」と言った。あっと私は度肝をぬかれてしまった。とうてい足もとにも及ばない元やくざで現映画スターの迫力。何という素っ気のない豪胆さ。何というさらりとした洒落者。こういうのをイカスというのかとぺいぺい作詞家は恐れ入った。 ︵山上路夫=作詞家︶ *現在CD『山上路夫作品集(仮)』の企画が進行中。乞うご期待。
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