2013年2月1日(金)

強じんな音楽のイブクロ〜『夢であいましょう 今月のうた大全』を聴いて

 ことしに入って、洋楽の現在を意識させられる出来事があった。1つは、昨年度の日本のCD売り上げの総額が14年ぶりに増えたも

のの、数字を押し上げたのは松任谷由実、山下達郎ら国内のベテラン歌手が出したベスト盤だったこと。そしてもう1つが、佐野元春

司会のラジオ番組で「なぜ、洋楽が若者に聴かれないのか」というテーマについて、識者を交えて4週にわたって討論されたことだ。
 果して、本当に日本で洋楽離れが進んでいるのか。そう思っていたところに『夢であいましょう 今月のうた大全』が発売された。この2枚組CDは、1961年から5年間放送されたNHKの音楽バラエティー『夢であいましょう』の「今月のうた」コーナーから誕生したオリジナル曲を集めたもの。そのなかで最も有名な曲が、世界70ケ国で発売されてきた「上を向いて歩こう」である。
 興味深いのは、収録曲の多くにタンゴ、ボレロ、ワルツ、シャンソンと、洋楽の香りがするアレンジが施されていることだ。わが国のポピュラー音楽は、いつの時代も、欧米の音楽から

受けた影響を取り入れてきた。それは「今月のうた」も同じで、太平洋戦争に敗れて16年しか経っていない当時の状況を考えると、番組スタッフには、戦勝国であるアメリカの文化への強い憧れと同時に、負い目にも似た、屈折した感情があったにちがいない。
 『夢で〜』が始まったのは、わが国でテレビ放送が開始されて8年目。番組作りの基本を、テレビ先進国のアメリカから学んでいる段階で、番組の題名も同国のスタンダード曲から拝借

したものだ。だが『夢で〜』の制作者は、単なるモノマネはせずに、そこへ新味を加えた。出演経験のない女性の服飾デザイナーを司会者にむかえ、番組発の流行歌をつくるべく「今月のうた」を設けたのである。
 作詞担当の永六輔は放送作家が本業で、「今月のうた」用に書いた歌詞では、日常会話で使うことばを多用したのが新鮮だった。一方、作編曲の中村八大は、芸術家肌のプロの音楽家だった。番組が始まって半年後に「上を向いて歩こう」

夢であいましょう 今月のうた 大全


●「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「遠くへ行きたい」など大ヒット曲と多くの人気歌手を輩出した国民的番組「夢であいましょう」の看板コーナー「今月のうた」のコンピレーションが遂に登場。2枚組CDに加え、貴重な歌唱映像を収録したDVD付き。●ジャケット・イラストレーション:和田誠
TOCT-29064/5/定価:¥4,200(税込)/2013年1月30日発売/発売元:EMIミュージック・ジャパン

が大ヒット。番組は勢いづき、中村は「今月のうた」を舞台に、より大胆な洋楽と邦楽の交配に挑戦。その実験精神はCDにも収められた丸山明宏、現・美輪明宏が歌う「誰も」で頂点をきわめた。変拍子の音頭にスキャットをからめたこの曲が当時レコード発売されなかったのは、その個性的すぎる音楽性が原因だろう。
 わが国の流行歌は、程度の差こそあれ洋楽を意識して作られてきた。しかも安易なコピーに終わらず、細かくかみ砕き、飲みこんだ

上で独自の味を出した。つまり往年の歌謡曲は強じんな胃袋を持っており、その筆頭が中村八大だったのだ。
 洋楽から刺激を受け、それを触媒として数々の名曲を産んできた日本のポピュラー音楽。もし今の若者に洋楽離れが進んでいるとすれば、JーPOPにおける音楽の化学反応がこの先、尻すぼみになりはしないか。前述したCDが示唆するものは多く、邦楽と洋楽の異種交配を考える上でも、最良のお手本となるだろう。
(加藤義彦=売文家)



夜の吟遊詩人 ホリー・コール@ブルーノート東京

 ホリー・コール。92年セカンド・アルバム『コーリング・ユー』の大ヒットで、一躍女性ジャズ・ボーカル・ブームの先鞭を切ったアーティストである。もはや、映画『バグダッド・カフェ』のオリジナル曲よりも、彼女のヴァージョンの方が耳に馴染んでいるのではあるまいか。当時、日本ゴールドディスク大賞も取っており、ジャズとしては異例の大ヒットの記憶がある。しかし、あまりにも「コーリング・ユー」が独り歩きし

たせいか、イメージが限定されてしまった感があるのも否めない。実は、彼女の魅力はそれだけに留まらないという事を再認識したのが、今回のライヴだった。
 昨年の7月に新作『夜』が発売された。タイトル通り、全編、夜のイメージに彩られた楽曲が収録されている。トム・ウェイツ、ダニー・オキーフ、ジャック・ブレル…。今回、ライヴ鑑賞にあたり、改めて初期のアルバムを取り出して気付いた事がある。彼女のア

ルバム・ジャケットは全て黒を基調にしている。本人も夜が好きだとコメントしている通りに、彼女のキー・コンセプトは当初から一貫して〝夜〟なのだ。
 そんな事を考えながら、1月25日ブルーノート東京へと足を運んだ。オープニングは、新作に収録されているトム・ウェイツ作の「ウォーク・アウェイ」。バス・クラリネット1本で全員がコーラスしながら、まるでセカンド・ラインのような入場でライヴが始まった。2曲目は007の「ユー・オンリー・リヴ・トゥワイス」。CDではラップスティールだった間奏がフルートに変わり、妙に艶めかしいアレンジ。3曲目はまたもトムの「ダウン・ダウン・ダウン」。そしてラスト「テイク・ミー・ホーム」も彼の作品だった。この日は結局、トム・ウェ

イツの作品を4曲も歌っている。そのためか、彼の作品の印象が強く残った。
 そもそも、ホリー・コールのトム・ウェイツ好きは有名で、95年には、全曲彼の楽曲をカヴァーしたアルバム『テンプテーション』をリリースしている。〝酔いどれ吟遊詩人〟でお馴染みのトム・ウェイツだが、強烈なダミ声ばかりがクローズアップされ、実はメロディの美しい曲が数多くある事に気付かない人が多い。「ザ・ブライアー・アンド

・ザ・ローズ」「テイク・ミー・ホーム」などの美しい旋律は、己の澱み切った魂を浄化してくれる。ホリー・コールはそうした楽曲のメロディの素晴らしさを改めて伝えてくれる。そして、彼女のハスキー・ヴォイスは楽曲の魅力を伝えるのにぴったりだ。
 ホリー・コール・トリオとして、デビューしてからすでに20年。今回のライヴも盟友アーロン・デイヴィスがサポートし、息の合った演奏を繰り広げてくれた。これからも、夜の吟遊詩人として、そうした楽曲を演奏し続けて欲しいと思う。
(星 健一=会社員)
Photo:Yuka Yamajio 写真提供:ブルーノート東京



拾い物のシングル盤

 その頃、まだ新米のディレクターだった私は、深夜、ひとりでテープ編集をしていた。作業に煮詰まり、一息入れようと編集室を出たとき、制作部のゴミ箱に大量のシングル盤が投げ捨てられているのを見つけた。ラジオ番組の制作担当者には、レコード会社や音楽事務所からサンプル盤が送られてくる。本来、サンプル盤は楽曲プロモーションのために貸与されているものなので、不要になった場合は、返却するのが筋である。しかし、当時は、そのまま廃棄してしまうディレクターも少なからずいた。またかと思ったそのとき、ゴミ箱から覗くシングル盤のジャケットに、私の目は釘付けになった。黄色いセーターにサングラス、ガット・ギターを手にした黒人男性のその姿。デビュー・アルバムのジャケット写真をそ

のまま使った、クラレンス・カーターのシングル「恋に弱い男」(69年3月発売)だった(蛇足ながら、去年、英エイスから発売されたフェイム・スタジオの編集盤ブックレットに別ショットの写真(ただし裏焼き)が掲載されていて、撮影場所がスタジオ近くのダムだったと知りました)。

 捨てられていたシングル盤は、百枚以上あった。多くはクラレンス・カーターと同じく、60年代末に日本グラモフォンから発売されたアトランティック系のソウルで、オーティス・レディング(「ドック・オブ・ベイ」を除く全シングル)、ウィルソン・ピケット、パーシー・スレッジなど。ウ

ィリアム・ベル「栄光は消えて」など、日本グラモフォン独特の可愛いイラストのジャケットのシングルも含まれていた。同じくジャケットにイラストを使った、オーティス・ラッシュ「ギャンブラーズ・ブルース」もあった。収録アルバムは賛否両論ありながら、この曲だけは、誰もが認める一世一代の傑作ブルース。モノラルのシングル盤で聴くと、正に鬼気迫る熱唱、熱演だ。
 ほかには、日本コロムビアのシングル盤も。インプレッションズ、アイズレー・ブラザーズなど、こちらもソウル系が中心だったが、最大の発見は、ジュディ・ホワイト「サティスファクション・ギャランティード」(69年4月発売)。エディ・ヒントンとマーリン・グリーンが共作、クィンヴィー・スタジオで録音されたこ

の曲は、作者ヒントン自身が弾くギターも強烈な、傑作サザン・ソウル。レーベルはブッダ、父親がジョッシュ・ホワイトと聞くと、何となく期待薄な感じもするが、タイトルに偽りなし「満足間違いなし」の1曲だ。バリー・ゴールドバーグ作のB面「アイル・クライ」も、じわじわと情感を盛り上げるバラードで、こちらも素晴らしい。
 後日、捨て主は、数年前に異動した先輩ディレクターだったと知った。ロッカーの私物整理で、制作部在籍時にため込んだ資料や書類と一緒に廃棄したらしい。私が拾得した旨、ご本人にもお伝えしたが、ゴミの中にシングル盤が含まれていたこと自体、覚えておられなかった。もう、今から30年前の話だ。
(吉住公男=ラジオ番組制作)