2013年3月15日(金)

2人の役者が演技で競う〜ドラマ『ラスト・ディナー』放送中

 この宇宙には、会いたくても会うことのかなわない、たくさんの二人がいます。そんな二人が、一度だけ再会を許されるレストラン。これはそんな不思議なレストランの、一夜の物語です。
     ※  
 毎回この語りから始まる、放送中の連続ドラマ『ラスト・ディナー』が面白い。
 この作品は一話完結の三十分番組で、登場人物は毎回たったの二人だけ。しかも回想シーンがなく、レス

トランを訪れた両者の会話だけで、物語が進んでいく。
 登場する二人の関係は元恋人同士、死んだ父とその娘、女流漫画家とその女友だちなどさまざま。それぞれの人物は、相手から聞きたいことや、逆に伝えたいことを胸に秘めている。そして二人は、食事をとりつつ会話を重ねたすえに、ずっと心の底でくすぶっていた相手への未練、疑問、後悔が消えて、新たな一歩を踏みだす勇気を手に入れる。

 死んだ人にも、一度だけ再会できるレストラン。
 現実にはありえない話だが、この設定こそが、登場人物に「救い」をもたらし、引いては、私たちも晴々とした気分にさせてくれるのだ。
 この作品をより魅力的にしているのが、その演出である。登場人物のやりとりを毎回、冒頭から結末まで中断せずに撮ることで、生の舞台を見るような緊張感を生んでいるのだ。また演じる役者も、セリフが多いうえに、三十分にわたって芝居を続けなくてはならず、おのずと演技も熱を帯びてくる。このドラマは、役者にとって、小細工がきかない真剣勝負の場なのである。
 さらに毎回、ラストに思わぬ展開が訪れる。物語が終わりにさしかかると、レストランの片すみで、歌手の平原綾香がピアノの演奏

にのせて、歌い始めるのだ。
 歌う曲は毎回、異なり、その回のエピソードにふさわしい曲が選ばれている。劇中にBGMを流して盛りあげるのがテレビドラマの常道だが、実際に歌手が画面にあらわれて歌う趣向は、きわめて珍しい。しかも、この仕掛けが空回りに終わらず、過去に決別して前を向いて歩くことを決意した、登場人物の気持ちを浮きぼりにし、さわやかな余韻を私たちに与えてくれるのだ。
 出演者は、売れっ子若手俳優の高良健吾をはじめ、田中麗奈、かたせ梨乃、長塚京三ほか各世代の実力派が顔をそろえた。また最終回に登場する橋爪功は、人間ではないあるモノにふんして、見事な芝居を見せる。
 企画と演出はNHKの片岡敬司。とかくお堅いイメージがあるNHKにあって、つねに新鮮な視点でテレビ

BSプレミアム 土曜 午後11時15分~11時45分
『ラスト・ディナー』



NHKーBSプレミアムにて、毎週土曜よる11時15分から放送中(全8回で、最終回は4月27日に放送予定)。おもな出演者は高良健吾、檀れい、星野真里、橋爪功、ともさかりえ、かたせ梨乃、そしてシンガーの平原綾香(写真)。
脚本はいずれもオリジナルで、ベテランの鎌田敏夫、岩松了、演劇界の新鋭である前田司郎、岩井秀人らが執筆。毎回、深みのある会話劇で、多くの視聴者を魅了している。番組ホームページは http://www.nhk.or.jp/bs/lastdinner/

ドラマを作りつづけてきた。デビュー作『ネットワークベイビー』では、いち早くCGを使って電脳世界を映像化。また大河ドラマの
『元禄繚乱』では、有名な松の廊下事件を、あえて情感を殺して、ドキュメンタリー風に淡々と撮った。
 年齢を重ねるほど、出会う人の数は多くなる。だが

その一方で、ずっと一緒にいたいのに別れざるをえない相手の数も、容赦なく増えていく。そして、もっともつらい別離が、愛する人の死にちがいない。『ラスト・ディナー』。ほろ苦い別れをたくさん経験した人ほど心にしみる、大人向けドラマの意欲作である。
(加藤義彦=文筆家)



ジョニー・トーによる、ジャック・ドゥミへのオマージュ『文雀』

 ジョニー・トー監督の新作『奪命金』が公開されたので、さっそく新宿シネマカリテで観てきました。世界的な金融危機に直面した香港を舞台に、ひたすら金、金、金をテーマにした映画。そんなものが面白いのかと思われるかもしれませんが、これが滅法面白いんですよ。さすがジョニー・トー。
 なんて書くと昔からのフ

ァンみたいですが、全然そうではなく、こんなにトートー言うようになったのは、じつはつい半年ぐらい前のことです。中古のDVDをお客さまからまとめて買い取ったことで、一気に火が付きました。
 香港の暗黒街の抗争。警察と犯罪者との暗闘。乱れ飛ぶ銃弾や流れる血とともに描かれる敵同士の友情や

仲間内の結束。そうした作品を、昂ぶる気持ちを抑えきれず次々と観ていった時間の楽しかったこと!
 今回紹介する『スリ(文雀)』は、その後つい最近出会った一本ですが、そんなトー監督のエッセンスを残しながらも心温るコメディに仕上げられた、大傑作です。
 開巻、自室で上着のボタンを繕うサイモン・ヤムと、糸の動きに合わせ滑りこんでくる音楽、そしてクレジットタイトルの美しい字体の組み合わせに、たちまち心奪われます。ジャズをベースにしたその音楽は、二胡や琴といった東洋風の楽器にストリングスやピアノが寄り添う独特のもの。フランス人の作曲家コンビによるこの魅惑的な楽曲に導かれ繰り広げられるのは、四人組のスリ集団と、謎の美女、そして彼女を追う組

織による一幕ですが、見逃せないのはその背景となる香港の街並みとそこに暮らす人々。インタビューで監督は「変わりゆく香港をフィルムに残しておきたい」「本当はミュージカルにしたかった」という趣旨の発言をしてますが、そんな思いが見事に融け合う中、物語は進んでいきます。
 そしてクライマックス。くすんだ夜の街、雨の横断歩道に開く傘の花。スローモーションで繰り広げられるスリとスリの誇りを賭けた戦い。この場面を最初に観たときの驚きは、ちょっと言葉にできません。画面から溢れ出る『シェルブールの雨傘』への深い愛情と、それを自分の流儀で表現してしまうトー監督に、心底惚れ込みました。ジャック・ドゥミ・ファンの同好のみなさんにも、ぜひご覧いただきたいです。

 そんなわけで、先月は店でも『文雀』のサウンドトラックをかけまくりました。お客さまの反応も上々で、そのたびに嬉々として紹介したものですが、なかには「シルクロードやインドへの旅を思い出すわ」なんて仰るご婦人もいたり。国内盤DVDのジャケットからはこの映画の魅力が伝わってきませんが、CDの方はデザインも完璧。聴いてから観るもよし、観てから聴くもよし。ぜひお試しください(CDの入手はやや難しいですが、ダウンロードでよければiTunesにもあります)。
(宮地健太郎=古書ほうろう店主)



ブラジル流グラフィティアート(2) プレスト

 プレストことマルシオ・ペーニャは世界を股にかけて活躍するサンパウロ出身のグラフィティ・アーティストだ。かつては違法のグラフィティ・アートを描いていたが、独特なスタイルが評価され、アーティストとして認められていった。今では路上のグラフィティだけでなく、自身が生んだキャラクターの造形制作を 行なったり、ナイキのスニーカーとのコラボをはじめ、イラストを描く仕事も

行っている。
 プレストもまた、先週紹介したチチフリークと共に、2012年秋に駐日ブラジル大使館の外壁をグラフィティで彩るプロジェクトに参加した。プレストの作風では、繊細なタッチで描かれるユーモラスなキャラクターが特徴だ。
﹁サンパウロのグラフィティ・アーティストはみな個性が異なるから、コラボ制作は面白いよ。ひとりで描く時とは違うアイデアが生

まれるしね」
 それにしてもプレストといいチチといい、いわゆる路上グラフィティと聞いて日本人が想像するタッチ、アメリカ合衆国のヒップホップ界で描かれているグラフィティなどとは、大きく異なる個性を持っている。なにゆえブラジルでは、これほど個性溢れるスタイルが生まれたのだろう。
﹁もちろんブラジルでも、80年代以降は合衆国のヒップホップ文化の影響を受けている。僕自身も、あの文字のグラフィティを見て情熱を掻き立てられてグラフィティを始めたんだよ。でも当時はインターネットも普及していなかったし、情報がほとんど入ってこなかったんだ。僕らは、“グラフィティはどうやらこういうものらしいよ”と、少ない情報から想像を膨らませて描いていたんだ」

 使用する道具も手元にあるものを使い、手探りで始まったサンパウロのグラフィティは、やがて独自のスタイルを築き上げていった。
﹁大事なのは、スタイルではなく、書きたいという気持ちだからね。サンパウロは灰色で暴力的な街だ、と言われることがある。だったら、僕はサンパウロを変えていきたい。グラフィティを通して、灰色の街を色鮮やかにしたいんだ。絵や絵を描くことを通じて、街が抱える問題や、普段接点のない人同士のことを考え

ることもできるし、コミュニケーションもできると思っている」
 ブラジルにおけるグラフィティ・アートの源流は、軍事政権下に街の壁に書かれたプロテストのメッセージだとも言われている。
﹁プロテストの精神は受け継いでいると思う。街に暴力があるからといって家に鍵をかけて閉じこもってい

れば自分は安全だ、という生き方がベストだとは僕は思わない。ストリートに出てグラフィティを通して、人と人とを繋ぐコミュニケーションの場を生み出したいんだ。グラフィティは路上にあるからこそ分け隔てなく全ての人に向けて、人の意識に訴える力を持っていると信じているからね」
(麻生雅人=文筆業)

左がプレスト、右がチチフリーク




佐々木悟郎スケッチ作品集『My Little Brown Book』

著者:佐々木悟郎
発行:ハモニカブックス/定価:本体1200円+税/3月18日発売

ノスタルジックなアメリカの風景やモチーフを水彩絵具で描き、すでにイラストレーターとして30年以上のキャリアを持つ佐々木悟郎。アートセンター•カレッジ•オブ•デザイン在学中から描き続けているスケッチブックは現在30冊以上に及ぶ。スケッチ、メモ、気になったモチーフ、コラージュなど、日々の暮らしの断片が綴られている。その一部をまとめた作品集『My Little Brown Book』を刊行。合わせて展覧会を開催。等身大の佐々木悟郎の世界が伝わる。

出版記念展『My Little Brown Book』
日時:3月18日(月)〜30日(土) 11:00〜19:00(土〜17:00)日休
会場:Pinpoint Gallery 港区南青山5-10-1二葉ビルB1F
tel : 03-3409-8268 / HP http://www.pinpointgallery.com/

ハモニカブックスHP http://www.hamonicabooks.com