竹林で涼を取る
東京都心の職場の近く、ビルの谷間に寺がある。お堂も寺務所もガラス張りの建物の、現代的な寺なのだが、山門だけは立派な木造で、門に至る参道の両脇には竹が植えられている。 私は通勤の際、必ずこの参道を歩いて、竹のさわやかな緑に包まれるのを楽しみにしている。特に猛暑続きのこの夏は、竹の冷涼な雰囲気のお陰でいくらか汗がひくので、ありがたい存在だ。 そんなある日、いつもの
ように参道を歩いていると、突然、湿気を含んだ強い風が吹いて、竹の葉が「ざわざわ」と音をたてた。その瞬間、ふいに子どもの頃の記憶がよみがえってきた。 小学生のころ、幽霊や妖怪などの怖いものに夢中になった時期があった。同じく妖怪好きの友人と二人で、学校の図書室に行っては、水木しげるの『妖怪大事典』や『妖怪百物語』などを読みふけったものである。 ある夏の日、二人で妖怪本を眺めていると、竹藪の
中にぽつんとたたずむ「砂かけばばあ」の絵が目にとまった。描かれた竹藪の様子は、学校近くの森にある小さな祠の景色によく似ていた。私たちは思った。「あの祠のそばに砂かけばばあがいるかもしれない」。 その日の帰り道、私たちはさっそく祠に向かった。そこは竹が鬱蒼と生い茂ってほの暗く、奥にひっそりとある紅色の鳥居を引き立てていた。 ふだん祠のそばには近寄らなかったのだが、二人で手をつないで奥まで足を踏み入れると…… 突然一陣の風が巻き起こり、まわりの竹がいっせいにしなりながら「ざわわわわ」と、まるであざ笑うような音をたてた。 そしてその時、確かに頭の上に砂が降ってきたのである。 私たちは怖くなって走っ
て逃げた。明るい原っぱまで来ると、照りつける日射しが私たちの凍えた心をようやく溶かした。 「確かにいたね、砂かけばばあ」 「姿は見せなかったけどね」 怖いのになぜかウキウキした気分だったことを今でもよく憶えている。 竹には、幾何学的な線で構成される冷たい抽象性と、「雨後の筍」という言葉にもあらわされるような、みなぎる生命力が共存してい
るように思う。 一見無機的な竹が、ひとたび風が吹くと、意思があるかのようにゆらゆらと揺れる。竹が持つミステリアスな雰囲気は、異形の者が現れるのにぴったりな条件なのかもしれない。そういえば、『竹取物語』もまた然りだ。 身も心もひんやりとしたいなら、竹林に涼を求めることをお勧めしたい。 (髙瀬文子=編集者)写真:竹林がつくりだす、都会のオアシス。
『アジアのレコードデザイン集』のこと。
7月12日、DU BOOKSから『アジアのレコードデザイン集』という本がでました。常盤響さんとぼく、馬場正道の共著。デザインは大原大次郎ん。中国、マレーシア、フィリピン、インドネシア、タイ。はじめて見る人も多いだろうアジアのレコードジャケットばかりが載った本。この本のデザイン、大原さんのデザインも素晴らしい。ザラ紙に印刷された泥臭いジャケット。本はインターネッ
トとは違い、手触りがある。めくる楽しみがある。匂いも少しある。はじめて入るレコード屋の衝撃がそのまま本になったような気がしてうれしかった。 本作りに取りかかったのは去年の今頃だった。まずは渋谷のレコード屋、SONOTAでの打ち合わせ。しばらくするとぼくの家に段ボールの箱がいくつも届いた。それが常盤さんのアジアのレコードジャケットだった。それをスタジオへ
運んで数日後、常盤さん、大原さんが鷹の台に集まった。常盤さんとぼくのレコード、合わせたら2000枚以上はあったかもしれない。その大量のレコードから大原さんが気になったものをカメラに撮っていく。どうなっていくのか、わくわくした。あの日はそのあと常盤さん、DU BOOKSの稲葉さんと鷹の台のとんかつ屋、ジュノンで夕食を食べた。とんかつとしょうが焼き。学生飯だけど、もし鷹の台に来ることがあればぜひ食べていただきたい。安くて多く、うまい。 それから簡単なデザインが届き、そこに載っているレコードを送る。スキャンして、アーティスト名を書く。ただ、タイ語、韓国語は読むことも出来なければ書くことも出来ない。この言葉の表記は非常に大変だったと思う。
タイポグラフィ、少色刷り、構図、女性、グループ。この本は5つのカテゴリーに分かれている。間には常盤さんとぼくのコラム、現地で撮った写真が載っている。最後にはおまけのような、かわいいページもある。常盤さんのタイのレコードばかり載ったページ。裏はアジアのレーベルばかりがコラージュのように散りばめられている。かわいいのに少しマニアックなところがまたかわいい。アジアのレコードの独特な色使い、独特なフォント、独特なデザイン。インク、紙質、状態の悪さ、そのままこの本に詰まっている。 ただ、この本を読んだって、そのレコードの内容なんてちっともわからない。どんな人が読むんだろ。ぜひ、ぼくと友達になってください。 (馬場正道=渉猟家)
●インドネシア、タイ、ベトナム、中国、韓国… 旅して見つけた良ジャケが300点!モダンデザインに疲れたアナタへ送る、眼福図案集。「アジアのレコード デザイン集 レコード図案コレクション1」常盤響+馬場正道・著/2,100円(税込)
夢のコラボ!ベストセラーの完全漫画化!!
「コミック版 どくとるマンボウ昆虫記」
没後三回忌となる北杜夫と今年生誕85周年を迎える手塚治虫(手塚プロダクション)のコラボ企画となるのが本書「コミック版 どくとるマンボウ昆虫記」だ。作家・北杜夫の原作をもとに作画は北とも交流のあった手塚プロダクションのアニメーター小林準治が担当している。 小林は虫プロ出身で、アニメ『鉄腕アトム』や『W3』に携わったほか、手塚プロでは、テレビシリーズはもとよりとりわけ実験ア
ニメで辣腕を振るった人物。手塚が原案・構成・演出を手掛けた『ジャンピング』(84年)における作画は彼の代表作といえるだろう。 クラシック音楽にも造詣が深く、手塚作品と音楽の深い関係を解き明かし、手塚治虫の新たな一面に光りをあてた「手塚治虫クラシック音楽館」(平凡社刊)や、手塚に負けず劣らぬ昆虫好きの知識を活かした「手塚治虫昆虫図鑑」、「マンガ 手塚治虫の昆虫つれづれ草」(共に講談社
刊)などの著作もある。 本書は北杜夫の虫に関する思い出や、伝説、空想を自然の観察を織りまぜ、美醜さまざまの虫と人間が同居する地球の豊かさを綴った12の逸話と、北と手塚の交流を描いたふたつの挿話で構成したもので、北自身が語り部となって様々な昆虫の生態を紹介している。精緻に描かれた昆虫の絵とキャラクターの描き分けも見事で、劇中で複数の手塚キャラが採用されているのも見所だ。また、巻末には養老孟司と漫画原作者としても活躍する黒沢哲哉による解説が掲載されている。 読後、筆者が幼少時に学校の図書室で親しんだ学習漫画の数々と同様に、本書こそ一般読者だけでなく小学校の図書室に入れて多くの児童にも読んでもらいたいと実感した。 なお、前述の黒沢哲哉は
本書でシナリオ協力という形で参加しているが、同氏が手塚プロのホームページ内「虫ん坊」で連載中の「手塚マンガあの日あの時」は毎回充実の内容で読み応え満点、是非とも一読をお勧めしたい。ちなみに今号には「てりとりぃ」同人の川村寛のインタビュー記事も掲載されているので、併せてご覧いただければ幸いだ。 (濱田高志=アンソロジスト)
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