2013年11月15日(金)

大人のひとり遠足〜銭湯に出かけて昼寝がしたいの巻

 「銭湯に行きたい」。そんな衝動に駆られたのは徹夜仕事の終わりが見えたある日の朝でした。別に京都へ行くわけでもあるまいし、その気になればいつでも行けるはずの銭湯でしたが、こちらが不慣れなせいでちょっとした冒険になってしまい… 今日はそのレポートをお伝えいたします。
 その日は結局お昼すぎま

で仕事が延びてしまいました。しかしこれも結果オーライ。都内には朝早くから入れる銭湯が2軒しかなかったのです(「東京都浴場組合」にて検索、しかも上野と蒲田だけ)。危うくありふれたスーパー銭湯で妥協するところでした。今回は目指したのは東新宿にある「東宝湯」です。気持ちよく昼寝ができると評判の

新宿御苑にも寄ってみたかったからです。さっきタオルと一緒にレジャーシートまで買ってしまいました。東宝湯は今どき珍しい平屋で、暖簾をくぐるとすぐに受付があり、入浴料450円を払います。男湯と女湯を間違える定番のミスをやらかしそうになり、お姉さんに笑われながらそそくさと脱衣所へ。まだ開いてすぐの時間だというのに、近所の方々で賑わっていました。年齢層は高く、ほとんどは常連さんなのでしょう、まるで自分の家であるかのようにリラックスした身のこなしは、新参の僕にはとても真似できるものではありません。湯船は薬湯になっていて、効能が書かれたプレートが貼ってありました。まるで温泉と同じというか、近場でここまで贅沢な気分が味わえるとは思ってもみませんでした。

 さて、銭湯を満喫した後は昼寝です。近くのコンビニで買ったスポーツドリンクを飲みながら意気揚々と新宿御苑の門まで来ましたが、まさかの閉園。風呂上がりからの昼寝という当初のプランをどうしても捨てきれず、約15分放浪、富久さくら公園にたどり着きました。目の前に広がる整備の行き届いた清潔感のある芝生、昼寝にはうってつけの場所です。さっそくシートを広げ、昼寝に入ります。初めは気持ちよく寝られたのですが、やがて蚊の餌食になってしまいました。頬だの腕だのを叩いて応戦したものの、だんだん気温も下がってきて、昼寝をするには厳しい時間になって泣く泣くギブアップ。このリベンジはいつか必ず。
 ところで銭湯といえば、20年以上前、祖父に連れられて行った銭湯のことをい

つも思い出します。その銭湯は入ってすぐにテレビがゆっくり観られる広いフロアがあったのですが、そこの窓ガラスの向こうに『モスラ対ゴジラ』の〝東宝チャンピオンまつり〟版ポスターが貼ってありました。しかし外に出てポスターを間近で見ることはできません。そこは隣のビルが隙間なしに建ったために人が入

れなくなってしまった空間でした。そこだけタイムカプセルのように昭和45年の冬で時間が止まっていたわけです。その銭湯も取り壊されて今や1階にコンビニが入ったマンションですが、できることならもう一度そんな場所に行ってみたい——しばらく銭湯めぐりを続けてみようと思います。
(真鍋新一=編集者見習い



連載コラム【ライヴ盤・イン・ジャパン】その7
ついてないわとさすらう女 ~藤圭子(後篇)~

 藤圭子の最大の転機は、73年頃のポリープ手術ではなかろうか。ドスの利いたしゃがれ声からいささか美声になってしまい、朗らかにパンチは失われてしまった。ただ、歌は文句なしに上手いので、変化した声に似合う曲もあるはずなのだ。
 76年の11月にリリースされたデビュー7周年記念リサイタルの『聞いて下さい私の人生』を聞いてみると、ああ、やっぱりと思わされる箇所がいくつもある。「圭子の夢は夜ひらく」など、明らかに印象が違う。アルバムと同名の7周年記念曲「聞いて下さい私の人生」は、初期の私小説路線だが、「根性一筋演歌道」とか「苦労七坂歌の旅」とか、ちょっと違うんじゃないか。こういうのは水前寺清子とか都はるみだろう。むしろ「命火」の「生きていくって何なのさ」といっ

た捨て鉢さこそが藤圭子だ。3/4拍子で小唄調の「はしご酒」での「お兄~さあ~ん」のキレッキレの歌いっぷりもいい。ワーンと広がるこの声こそが最大の魅力なのだ。
 この盤では「城ヶ島の雨」のような唱歌や「クラリネットをこわしちゃった」といった童謡まで幅広いが、

いろいろな路線を模索しているともとれる。「誰もいない海」のソフトなヴォーカルも新鮮だし、「遠くへ行きたい」も彼女が歌うと揺らぎの漂泊感覚が伝わる。捨て鉢と漂泊がこの時期の藤圭子の魅力といえよう。「なぜか心惹かれる歌なんです」という前説ではじまる北島三郎の「ギター仁義」

は恐ろしくパワフルだ。藤圭子のベースに浪曲があることは知っていたが、「この人は好きな歌を歌うと、いいんだな」とわかった。ちなみに同盤では彼女のMCが多く聴けるが、喋りは意外に可愛い。ということはあの「怨歌」は圧倒的な技巧によるものなのだ。
ステージの最後に歌われるのは「京都から博多まで」。「ついてないわ」と呟く流れ女の歌で、僕の一番好きな藤圭子の歌だ。ちなみにこの歌、前半で形容詞の韻を踏んで心情を歌い、サビで客観描写で情景を歌うという破格の構成である(普通は逆)。阿久悠ってさりげなく凄い詞を書くな、やっぱり。
 70年代最後の年に彼女は引退する。その後「藤圭似子」と改名したり、復帰と引退を繰り返すが、僕の知る藤圭子は79年で終わった。

ラストステージを収録した『さよなら藤圭子』を聴くと、得意の持ち歌もヒット曲も淡白な歌い方で「もう吹っ切れてるんだな」という印象を強くする。「命預けます」なんてこんなにこざっぱりとした歌だったか。おまけに「北の宿から」「おもいで酒」なんか歌われても……最後の舞台だぜ、

オリジナルが聞きたいんだよ! だがあらためて聴くと、牧村三枝子の「みちづれ」がメチャクチャいい! 低い音域から「水に漂う浮草に…」と忍び寄るように歌い出す、この低い体温がこの時期の藤圭子に合っている。やっぱりこの人は漂泊の人なのだ。
 D面にあたる後半のヒッ

ト曲は気合が入っていてどれもいい。宇崎竜童のロック演歌「面影平野」の捨て鉢ぶりもカッコいいし、「京都から博多まで」も「別れの旅」も魂入ってる。最後の「圭子の夢は夜ひらく」では涙も見せた。やっぱりいいな、藤圭子。さすらい続けた歌手人生だったが、自分の好きな歌だけ歌えば良かったんじゃないか。それが一番幸せなことだったんじゃないだろうか。
(馬飼野元宏=「映画秘宝」編集部)
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■写真上『聞いて下さい私の人生』76年9月24日、新宿コマ劇場。演奏はダン池田とニューブリード、編曲は池田孝春。
■写真下『さよなら藤圭子』79年12月26日、新宿コマ劇場。司会は及川洋。演奏に松本文男とミュージック・メーカーズ。



連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その5
ブロッサム・ディアリーはミュージカル・シンガー?

 ジャズのカテゴリーの枠を超えて、多くの音楽ファンに愛されているブロッサム・ディアリー。彼女の魅力は何と言っても「思いがけない」歌声だ。持ち前の少女のような声質のうえに、たまらない愛嬌がある。その豊かな表現力はミュージカルで培われた。
 「ブロッサムがミュージカル?」と異議を唱えたくなった人は是非「ア・ドゥードゥリング・ソング」を聴いてみて欲しい。ミュージカル風のチャーミングな曲で、♪ドゥッドゥデ・ドゥ~とスキャットで繰り返されるユルいフレーズの合間に、ブロッサムが台詞を発するように歌っている。ミュージカル風といっても張り上げた歌唱ではなく、喜劇女優がしゃべるような軽い歌い方なのである。まるでデビー・レイノルズ。まるでジュディ・ホリデイ。

きっと大きくうなづけるはずだ。
 この曲はブロードウェイにも作品を残した作曲家サイ・コールマン(スキャットで参加している)によって作られ、58年にブロッサムが最初に歌った。63年には『メリー・ポピンズ』で有名な俳優ディック・ヴァン・ダイクが、テレビ・ショウで燕尾服を着て、ふた

りの美女を連れて笑みをこぼし、タップを踏みながら歌っている。これはまさにミュージカルではないか。
 ブロッサム・ディアリーがミュージカルに影響を受けている裏づけに、ミュージカル・ナンバーをまとめたアルバムがある。59年に録音された『シングス・コムデン&グリーン』は『雨に唄えば』『踊る大紐育』

『バンド・ワゴン』などのミュージカル映画の脚本も手掛けた作家コンビの作詞歌集だ。映画はあまりにも有名だが、裏方のコムデン&グリーンの名前はすぐには出てこないだろう。そんな彼らのソング・ブックを作ってしまうところにブロッサムのミュージカルへの深い愛着が感じられる。
 彼女はもう一枚『シングス・ブロードウェイ・ヒット・ソングス』で、もっと踏み込んでミュージカルに取り組んでいる。ここでの彼女のクレジットを注意して見て欲しい。名前のすぐ後に《ソブレット》と記されているが、それは《喜劇の小間使い、侍女役》の意味である。つまり彼女が侍女役を演じている、というジョークなのだ。
 その内容は、彼女お馴染みのスモール・コンボのモダンなジャズではなく、ラ

ス・ガルシアがアレンジしたミュージカル風オーケストラが伴奏をし「野郎どもと女たち」など有名無名のミュージカル・ナンバーが歌われている。ブロッサムはきっと舞台に出演して、自分がスターになった気分で歌っているのだろう。
 これほどミュージカルを好んだブロッサムだが、実際に舞台で演じることはな

かった。演じながら歌うのはまた別なのだろう。でも彼女はミュージカルから多くのことを学んだのだ。かわいらしく聴かせる表現力も。遠くで目があった途端、近づいてきて微笑み、「わたしほんとは魔法使いなのよ」と耳打ちしてきそうなユーモアも。
(古田直=中古レコード店「ダックスープ」店主)
●写真上『ワンス・アポン・ア・サマータイム』 アルバム・タイトルはミシェル・ルグランの「リラのワルツ」の英語版。「ア・ドゥードゥリング・ソング」はB面に収録。 ●写真下シングス・ブロードウェイ・ヒット・ソングス』 クレジット中央、赤字の「ソブレット」に注目。「アイム・オールウェイズ・トゥルー…」がキュートすぎる!