[桜井順×古川タク]
ミシェル・ルグラン来日公演についての覚え書き
先月、ミシェル・ルグランが三年連続となる来日公演を行なった。その内訳は名古屋ブルーノート(18日)、ブルーノート東京(21日、22日)、そしてミューザ川崎(23日)の3か所で、都合7公演。最終日のミューザ川崎でのアルトゥーロ・サンドヴァルとの共演は、
筆者の提案によるものだ。 連日いずれ劣らぬ熱演を見せてくれたが(筆者が見た東京、川崎の5公演中では)とりわけブルーノート東京2日目のファースト、ミューザ川崎での演奏が特に印象に残る名演だった。ブルーノート東京では、熱を帯びた観客の反応がその
まま演奏に反映された格好で、それは終演後、楽屋に戻ったミシェルの興奮振りからも伝わってきた。 今春、パリで会った際に〝ブルーノート東京は日本におけるホームグラウンドだ〟と語ったミシェルだが、なるほど終始リラックスした雰囲気で、ステージでも上機嫌、愉しくて仕方ないといった様子が見てとれる。同行したベースのピエール・ブサゲとドラムのフランソワ・レゾーも然り。わざわざ〝スタッフの行き届いた対応にとても満足している〟と耳打ちしてきたくらいだ。なかでもアテンドとして同行したブルーノートのスタッフY氏の対応は傍で見ていて清々しかった。例年は滞在中に何度か癇癪を起こすミシェルだが、今回の来日でそれが皆無に等しかったのは、適度な距離感を保ちつつ彼を見事にサ
ポートしたY氏のお陰だろう。これには筆者も随分と助けられた。 その一方ミューザ川崎での公演は、ミシェルとアルトゥーロの友情関係がそのままステージに表れた素晴らしいものだった。互いへの尊敬の念と信頼関係が、強固で揺るぎないものであることを証明する最高のコラボレーションで、それは開演前のサウンドチェックの際に、二人がまるで子供のようにはしゃいでいた光
景からも見て取れた。本番では興が乗ったのか、当初予定していた演目とはまるで異なる曲からスタートさせるなどしてミシェル自身、大いに楽しんだ様子だ。 ちなみに、アルトゥーロは年明け早々に再来日を果たすそうで、1月6日、7日の両日、ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ公演への参加が決まっている。そちらも是非ともお薦めしたい。 さて、ここからは打ち明
け話。筆者は名古屋公演の翌日に東京入りしたミシェルをホテルで出迎え、約半年振りの再会を果たした。 夕食時、彼の好物である天麩羅を食べながら話したのは、現在取り掛かっている仕事について。常に複数の企画が控えているようで、そこには70年代にバーブラ・ストライサンドのためにアラン&マリリン・バーグマンと共に書き上げた、女の一生を題材にした作品「ライフ・サイクル・オブ・ア・ウーマン」をナタリー・ドゥセで新たに録音するという話や、来年、オペラ風に再編した「シェルブールの雨傘」の公演を計画中…等々、胸躍る企画が目白押し。また、帰国後は休む間もなくロンドンでの公演が控えており、今月末にはパリで「ロシュフォールの恋人たち」の劇中歌をオーケストラ組曲で演奏する
初の試みに挑戦するのだという。 そんな相変わらずのワーカホリック振りに驚嘆していると、思いがけず彼がぽつりとこう漏らした。 〝我々音楽家はこの先どうすればいいんだ?〟 聞けばこの数年、矢継ぎ早にレコーディングの仕事が舞い込み、それらを順に形にしているが、あまりに短い制作期間とその粗末な仕上がりに落胆することしきりとのこと。とりわけ彼が眉を顰めながら嘆いたのが、業界の若年齢化とそれによるスタッフの知識の乏しさだった。これまで共に仕事をしてきたスタッフが次々と鬼籍に入り、高齢で業界を去る者が大挙したことで、現場を取り仕切るのが若手(といっても81歳の彼からすれば40代ですら若手だろうが)になり、様々な局面で不都合が生じてい
るらしい。また、命を削って書いた曲が、読み捨てられる新聞や雑誌のように聞き流される現状にも耐え難
い憤りを感じているという。神妙な面持ちから、年寄りの戯れ言で済まされない深刻な印象を受けたのは言う
までもない。実は彼がこうした不平不満を口にするのは珍しいことだ。察するに、いよいよ自身に残された時間を意識し始めたのではないだろうか。 〝もっと時間をかけていい曲を書きたい。書きたい主題は山ほどあるんだ。そして、もう少し準備期間を設けた上で録音に臨みたいね。先日発売になった(ある歌手の)アルバムも彼女の歌声やミュージシャンの演奏は満足いくものだったのに、ミックスが酷過ぎた。もう少し調整したいと言っても、その願いは何ら聞き届けられなかったんだ。以前はあり得なかった話だよ。彼らは形になりさえすればいいのだろうか〟 そう語る彼に今年発売された2つのボックスセットの感想を述べたところ、すかさず次のような答えが返ってきた。
〝あの2つの作品集には満足している。でも、もう、ああした作業はやりたくない。何時間もかけて過去の作品を聴き返すなんてこりごりだよ。今は一曲でも多くの曲を書きたいんだ〟 過去の音源を発掘・編纂する立場の筆者にしてみれば耳が痛い回答だが、それは即ちミシェルが過去の感傷に浸ることなく今も前を向いている証左でもある。ファンとしては頼もしい、と受け止めるべきだろう。 なお、そんな彼の最新アルバム「ジャジック・クラシック」が来年2月にソニーミュージックから発売されることが決定した。こちらは構想から数年を経て実現した、彼自身が満足する仕上がりの作品だ。詳細は追って本誌にて紹介する予定である。 (濱田高志=アンソロジスト)協力:BLUE NOTE TOKYO/Photos by Takuo Sato
※ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ公演の詳細はこちらで。
AOR名盤、林哲司『サマー・ワイン』再発!
日本のシティ・ポップス/AORの再発が昨今、積極的に行われるようになった。特に、音楽ライターの金澤寿和とタワーレコードが手掛けている名盤復刻シリーズ『ライト・メロウズ・ピックス』は2012年6月以来、初CD化を含む数多くのタイトルを発売し、耳の肥えた音楽リスナーに
好評を博している。中でも、松下誠の『ファースト・ライト』を含む80年代初期3作品の最新リマスター化や、間宮貴子『ラブ・トリップ』、池田典代『ドリーム・イン・ザ・ストリート』、そして、林哲司のソロ2作目のアルバム『バック・ミラー』等の初CD化は正にファン待望であり、それぞれ
セールス的にも好調のようだ。 その『バック・ミラー』に続き、林哲司のサード・アルバム『サマー・ワイン』が12月11日にK2HD最新リマスター/タワーレコード限定で再発されることになった。同アルバムは林哲司が作曲・アレンジを手掛けヒットした竹内まりや「セプテンバー」や松原みき「真夜中のドア」の翌年、80年にリリースされた。レコーディング・メンバーは、林哲司、林立夫、岡沢章、長岡道夫、今剛、松原正樹、羽田健太郎、難波弘之、竹内まりや、EPOらが参加している。同年に発売された竹内まりやのサード・アルバム『ラブ・ソングス』に林が提供している「象牙海岸」「セプテンバー」のレコーディング・メンバーとも共通しており、自身のお気に入りのミュージシャ
ンで制作された一枚と言ってもいいだろう。 このアルバム全編を通して感じるのは、林の作品の特徴である洗練されたアーバン・サウンドが既に確立されていることだ。また、林が当時、影響を受けたというデヴィッド・フォスターのエアプレイに代表されるAORを完全消化し、いち早く日本のAORサウンドを創り上げている。特に、「再会-アフター・ファイヴ・イヤーズ」やシングル・カットされた「シリー・ガール」の様なメロウなミディアム・ナンバー、作詞も手掛けた「スタンバイ・オール・ライト」や「ランニング・マン」の様なロック・テイストなナンバーにそれを強く感じる。当時海外のAORにハマっていた洋楽リスナーに、今こそ聴いてもらいたい作品である。アルバムの制作背景など詳
しくは今回の企画者 金澤寿和の渾身のライナーに林自身のインタビューを加えて書いてあるので、是非、読んで頂きたい。 最後に、とあるイベントでお会いした林哲司。正に、日本のシティー・ポップスのクリエイターのイメージ通り、ファッショナブルでスマートな御仁であった事を最後に付け加えて、筆を置きたい。 (星 健一=会社員) ーーーーーーーーーーーー タワーレコード限定復刻CD●林哲司『SUMMERWINE』/NCSー10061/価格2100円(税込)/12月11日発売 参加ミュージシャン*林立夫、岡沢章、長岡道夫、今剛、松原正樹、羽田健太郎、難波弘之、竹内まりや、EPO、金子マリ ほか ●商品詳細はこちらを、購入はこちらを参照。
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