話は前日の夜に決まりました。「金田一耕助映像読本」のために初めて出張に行くことになったのです。ミッションは「朝イチの新幹線で長野県は上田に行き、市川崑監督、石坂浩二主演の『犬神家の一族』のロケ地数ヶ所の写真を撮影し、
昼には仕事場に戻る」こと。急なことでしたが「仕事で遠出ができる!」という気持ちを抑えきれず、二つ返事でOKしてしまいました。さてと困ったのは帰宅してからで、恥ずかしいことに今まで新幹線に乗ったことがなく、当然切符の買い方
も… いい歳こいて〝新幹線 乗り方〟なんてワードで検索する羽目に。しかし仕事なので責任は重大。気分は遠足の前日なんてもんじゃありません。あれこれ悩んでいるうちにたちまち夜は更け、日の出を待たずに家を出ます。
大宮駅から上田駅まで長野新幹線で70分。その間はロケ地のコースを延々予習です。上田のロケ地は主に2つのブロックに集中しておりまして、旧北国街道の柳町、常田、どちらも駅から歩いて10分あまりのところにあります。知らない土地にいきなり出向いてテキパキ行動できるだろうか…という不安は消えませんが、そこはファンの多い『犬神家』のこと、ネットで調べればロケ地巡りのページが写真付きでいくらでも出てきます。特に心強かったのがこちらの公開地図。ファンの方がグーグル地図にロケ地の座標と登場場面をすべて打ち込んだものです。この情報をパソコンから自分用の地図に保存して、MY MAPSというアプリでiPhoneに呼び出します。以前この機能を使って名古屋のレコード屋を効
率よく回ったことがありましたが、こんなところでまた役に立つとは。 さて、朝の7時52分に上田に着いた僕は、まず登校中の高校生たちに混じって歩いていきます。彼らにそのままついていくと、2006年版『犬神家』の犬神家裏門が。本当は県立上田高校の校門だったんですね。登校ラッシュで人が多いので、場所だけ確認して柳町へ。するといかにも坂口良子さんが歩いていそうな古い町並みが見えてきました。実際行ってみるとエリアは意外に狭く、映画ではアングルを工夫するなどして、広い町並みに見せていることがわかります。「君、那須ホテルというのはどこにありますか」寝不足で頭が変になっていたせいか、口からは金田一のセリフやら、大野雄二さんのテーマ曲やらが続々。先程の校門を経
由して常田を目指します。柳町とは違って当時の建物は少なかったのですが、道と山だけは変えようがありません。遠景を収めながら、僕は間違いなくそこに架空の町「那須市」を見ました。この写真を撮り終えてすぐ10時39分発の新幹線に滑り込み、12時過ぎには神田に戻っていたのでした。 あまりに短い滞在時間ゆえ、あの町並みが恋しくなって常田の通りをグーグルのストリートビューで復習してみたら、旧家の解体作業の様子が写り込んでいました。東京に限らず古い建物は容赦なく取り壊されていますので、町並みが変わってしまう前にぜひ。午前休が取れれば僕と同じコースで行けますよ…って、わざわざこんなふうに旅する人なんていませんよね。どうぞごゆっくり。 (真鍋新一=編集者見習い)
クリスマス・ケーキにフェーヴを
クリスマスという行事が日本に定着したのはいつ頃のことなのだろう? 「サンタクロースなんていないんだよ。サンタがプレゼントを持ってくるなんて言うのはオモチャ屋が流行らせたものなんだから」「ウチはキリスト教じゃないからクリスマスはやらないんだよ」などと幼少の頃から親に言われ続けた私にとって『クリスマス』は、ジングル・ベルの鳴り響く12月の街の楽しげな気配とは裏腹にどこか遠い存在で
あった。もっともそれは12月29日が誕生日という私に、そう日を置かずしてオモチャを買い与えてはならないという、教育とも、単なる家計的事情ともつかない理由から発された方便であったはずだ。プレゼントを貰えるのは一年に一度。私はある種の諦観のうちにそれを自覚し、クリスマス明け、もらったプレゼントの話をするクラスメイトを尻目に「ウチはキリスト教じゃないから」と、ひとりごちたものだ。時は流れ、今では
何の留保も抵抗もなくクリスマスを楽しめるようになった。ただひとつ、今の私が夢見がちな男であるとすれば、それは幼少時の冬の想い出の反動に依拠するところが大きいのだろう。 今年もまたクリスマスがやって来る。前段を踏まえた上で、今回は私がかつて試したクリスマス・パーティーのささやかなアイデアを披露してみようと思う。 ところで、読者諸氏はフェーヴというものをご存じだろうか? フランスのカルチャーに明るい方には何を今更と思われることを承知で続けようと思うが、これはクリスマス明けの1月6日、公現祭において家族で切り分け食される焼き菓子、ガレット・デ・ロワの中に隠された小さな陶製の人形のことを言う。このフェーヴが当たった者は厚紙で作られた王冠を与えられ、
一年の幸運を約束されると共に、皆の祝福を受けるという趣向だ。ジャック・ドゥミの映画『シェルブールの雨傘』で、フェーヴを引いたカトリーヌ・ドヌーヴが頭に金の王冠を乗せられるシーンをご記憶の方も多いだろう。 邪道と断ずるなかれ、日本ではそう馴染みのないこのイヴェントを、いっそクリスマス・ケーキで試してみようというのが私の提案である。但し、言うまでもなくフェーヴ入りのクリスマス・ケーキというのは特注でもしない限り存在しない。そこで、私はあらかじめ用意したフェーヴを洋菓
子店で購入したケーキに背面から忍ばせるという方法をとった。フェーヴはフランスの蚤の市はもちろん、日本でもインターネットで実に様々なキャラクターものが購入できるので、主催者のセレクションの妙味もここに加わるはずだ。今年のクリスマス、家族や友人たちとぜひこれを試して戴きたい。よき想い出となること必至。恋人同士の場合は、これまたドゥミの映画『ロバと王女』でドヌーヴが『愛のケーキ』に施したごとく、指輪をそっとひそませるのも一興である。 (関根敏也=リヴル・アンシャンテ)
てりとりぃアーカイヴ(初出:月刊てりとりぃ#43 平成25年9月28日号)
アキラの草紙(10) 「ウンミィの歌」
某日。本紙編集長の濱田さんから電話があった。 ﹁サザエさんのテーマで、〝ウンミィの歌〟っての書きませんでしたか?」 あん?ウンミィの歌?脳内ハードディスクが音をたてて回りだす。ウィーーン。時々ガクガクととまったりする。はて。 ﹁もしもーし。聞こえます
かあ?」 時々、昔の作品について問い合わせが入ることがある。 ﹁どんな歌詞なの?作曲はどなた?何年ごろかわかります?」とかとか質問で時間かせぎをして、その間に脳内ハードディスクを回す。ウィーン、ガクガク。 結果「記憶にないなあ。
そもそも手口が私じゃない」となることが多い。 手口。もの書きに固有の発想法が文字表現となって固定された時に浮かび上がる痕跡、である。 で、ウンミィの歌。何度かウンミィ、ウンミィと繰り返してみると、いかにも私の手口である。 ﹁濱田さん。書いたような気がするな、それ」 ﹁歌詞も覚えてます?」 ウィーン。ガクガク。 ﹁(こりゃ駄目だ、と思ったらしく)ユーチューブにのってますから聴いて」 たしかにのっていた。火曜放送「サザエさん」のオープニング。作曲は宇野誠一郎。歌・古賀ひとみ&ヤング・フレッシュ。いい歌じゃないか。 濱田さんに電話「聴きましたよ。いいじゃないですか、これ」 ﹁いいですよね。でも、ど
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