夢で逢えたら、もう一度~さらば大瀧詠一
「僕の作品が文房具みたいになるといいな。誰もが使い愛されるものでありながら、誰が作ったか分からないものがいいんだ」。 大瀧詠一さんに関する数々の追悼文で最も印象に残ったのは、渋谷陽一のブログ「社長はつらいよ」の中で紹介されていた、大瀧さんのこの発言。匿名性にこだわっていた大瀧さんらし過ぎる話だ。その〝匿名性〟が最大に発揮された、ナイアガラ最強の文房具ソングは「夢で逢えたら」じゃないだろうか。 「夢で逢えたら」は元々、アン・ルイスのために提供した曲だがボツになり、吉田美奈子が76年に歌うが、美奈子もこの曲は気に入らず、77年のシリア・ポール版が最も力を入れて大瀧さんがプロデュースした作品だが、その後も幾多の歌手に歌い継がれている。サー
カス、岩崎宏美、北原佐和子、森丘祥子……男性ではラッツ&スター版が有名だが個人的には松下優也版も好きだ。アン・ルイスものちに英語詞で歌っているし、ダーレン・ラヴ版も素敵。ナイアガラ―に人気なのは大瀧さんの81年・新宿厚生年金会館ライブのゲストで歌われた太田裕美版だろう。昨年の薬師丸ひろ子のオー
チャードホールでの歌唱も素晴らしかった。 皆さん十人十色、歌い手によってカラーが変化するのがこの曲の魅力だが、このコーナーらしくライブ・アルバムに収録されている音源となると3枚ある。まず桜田淳子の『私小説』。80年5月30、31日、銀座・博品館劇場での公演で、全体にしっとりした選曲のコ
ンパクトなステージ。あの独特の引きずるような歌い方があまり目立たなくて、尾崎亜美詞曲のシングル「LADY」の世界観に続いているようで可愛い。その後女優に転身するだけにセリフも上手いし、そのあとの転調パートをファルセットで歌うところもポイント高し。 女優といえば、多岐川裕美の『LIVE!』にも収録されている。80年5月2日、東京郵便貯金ホールでの収録なので淳子とほぼ同時期か。歌は上手くないが、それよりキーが低いのに驚かされる。イントロは2小節分長めで、セリフはさすが言い回しが色っぽい。エンディングの「ラーラー」がメロディーをなぞっているのはご愛嬌。特筆すべきは桜田淳子も多岐川裕美も、『A LONG VACATION』リリース前に歌
っていること。選曲のセンスがいいというか、先見の明があったというべきか。80年には山口百恵も大瀧さん作曲の「哀愁のコニー・アイランド」を取り上げているので、大瀧詠一的なもの、が世に必要とされる下地はできていたというべきか。 「夢で逢えたら」は歌の上手くない人でもそれなり
に聴かせてしまうマジックがあるが、逆に上手い人だと石川ひとみの82年11月7日の早稲田大学の学園祭を収録した『キャンパス・ライブ』。石川ひとみは情感過多になるところがあり、所謂アイドル的な甘え声もチラホラ聴こえるのだが、楽曲のコンパクトさによって、上手いことその情感は8分目に抑え込まれ「歌い
過ぎない」感じがいい。ただ、「私を力いっぱい抱きしめてね!」のセリフがクサイが。「ラーラー」がないのも残念。 三人三様の歌唱ながら、どれも最高!でもないが決して悪くは無く及第点。そんなところも含め、大瀧さんの思想を最も体現した曲ではなかろうか。嫁に出した娘の中でも一番の孝行者だろう。 (馬飼野元宏=「映画秘宝」編集部) ーーーーーーーーーーーー ジャケ写上●桜田淳子『私小説』。バックは今城嘉信とザ・コンソレーション。コーラスはコール・アカシヤ。 ジャケ写下●多岐川裕美『LIVE!』。バックは田畑貞一&ポイント・アフター佐山雅弘。コーラスはマキシム。
「Record Covers in Wadaland 和田誠 レコードジャケット集」が刊行!
「ジャケ買い」。そんな言葉が聞かれなくなって久しい。レコード全盛時には、30CM角のジャケットだけを見て、聴いた事のないアーティストのアルバムを買う事が流行った。それは、イラストレーションや写真など自分の琴線に触れたデザインをピックアップし、中の音に思いを馳せたものだ。失敗する事もあったが、
基本的には〝グッド・デザイン=グッド・ミュージック〟だった。そして、そこには彼等の名前があった。リード・マイルス、ボブ・チアノ、宇野亜喜良、横尾忠則、和田誠…。 和田誠が手掛けたレコードジャケット集「RECORD COVERS IN WADALAND」がアルテスパブリッシングから
2月下旬に発売となる。彼が愛する音楽と映画のジャケットデザイン全350点を収録した待望の書である。一昨年、愛育社より発売された「POSTERS IN WADALAND 和田誠ポスター集」同様、本誌編集長・濱田氏が手掛けた企画だ。 通常、ジャケットはそれ自身で独立した存在であるが、本書の様に意図を持って配置されると、それぞれが連鎖反応し、新たな命が吹き込まれてくるから不思議だ。コロムビアのジャズ・レーベル、タクトの作品、佐山雅弘、デューク・エイセスなど、継続して担当されているアーティストの作品であれば、なおさらである。また、阿川佐和子の著作「恋する音楽小説」と連動した3種のクラシックCD(写真下は同コンピ・シリーズの第1弾)は、正に
三位一体。思わず全部揃えてしまいたくなる欲望に駆られるのは私だけではないだろう。 なんと言っても、究極はいずみたくと組んだBLACKレーベル。それぞれが自由な作風ながら、レーベル・カラ―としての完全な統一性を保っている事に気付く。そして、全ての作品から音が聞こえてくる様な気がするのだ。また、このいずみたくの様に、アーティストから直接依頼が来ているという事も、ジャケットと音楽が濃密な関係を保つ理由であろう。寺山修司、芥川也寸志、武満徹…。彼
らとのダイレクトなコミュニケーションから生まれた作品なのだ、これらのジャケットは。 以前「月刊てりとりぃ」に、次は是非ともレコードジャケット集を出して欲しいという事を書いた。今回、自分の希望が通ったとは思っていないが、どうせなら、また願望を書いてみたい。次は、小物集とか如何でしょうか? マッチ、しおり、チケット、包装紙などなど。期待しております。 (星 健一=会社員) ーーーーーーーーーーーー *本書の刊行を記念した和田誠さんのトークショーが3月14日(金)19時から神保町の東京堂書店内「東京堂ホール」で開催される。聞き手は本誌編集長。予約定員制のため参加希望者はこちらのリンクからお問い合わせを。
未知なる宇野誠一郎満載の作品集第三弾
『宇野誠一郎作品集Ⅲ』がついに発表された。歌モノを中心に構成されたこのシリーズ、前の「Ⅰ」と「Ⅱ」に名だたるメジャー作品や噂に聞いたレア作品が、惜しげもなくコッテリ収録されていただけに、3枚目はどうだろう、とプレイヤーに落としてみると、当然ながら流石に、まあ知らない曲の多いこと。なの
に、何だろうこの感覚。一曲目の「ハダシとハダカ」(知らないねえ、こんな曲)から優しく胸ぐらをつかまれ、心地よく引きずり回される。いつかどこかで、こうして引きずり回されたなあ、という充実感。宇野誠一郎の音楽は、甘やかな夢想に誘うのも得意だが、障壁のない快適な前進へ導くのも得意だ。単調に足並み
揃える為だけの行進曲ではない。浮き足上等、千鳥足上等。とにかく前進あるのみの、気分まかせな行進曲だ。 宇野誠一郎ファンにとって虚をついた選曲の「Ⅲ」であり、知ったかぶりを重ねても仕方ないので、聴いてみ。としか言えないのだけれど、あえて特筆したいのが「インセクトマンのうた」。初めてこの曲を聴いたのは、1972年に学研「1年のかがく」の別冊に附録された小さなソノシートだった。袋には仮面ライダーのような絵があり、石森章太郎の考案だろうと思った。学研の学習雑誌は書店を通さず、小学校を経由した販売経路だった。石森はそこにオリジナルヒーローをよく提供していたが、そのために一般には知られていない作品も多い。しかし、全然知られていないヒ
ーローのテーマソングというのが可笑しい。どうやら「決ィまった!」というお決まりのフレーズもあるらしいが、こちらにしてみれば決まってない。決まってないよ。てな、おかしな宇野作品があるんだけど知ってる?と、我等が編集長・濱田高志さんにたずねたのが15年ほど前。「知りませんねえ」と言って、数日後に「宇野誠一郎さんに聞いたら、まったく憶えていませんでした」と連絡をもらった。ガックリするよりも、「あ、本人に聞いちゃったよこの人」とビックリした。ところで、インセクトマン
は結局、石森章太郎ではなく、鈴木伸一の作品だったとのこと(近年、電子書籍用に新作も描かれた)。歌うは藤子不二雄「忍者ハットリくん」の声を演じた女優・堀絢子。何やらトキワ荘、というかスタジオ・ゼロの香りのする布陣。ここに、井上ひさしの手がけたヒーローものらしからぬズレた歌詞が載り、この一瞬だけの主題歌が作られ、聴くものの脳裏には、見たこともないヒーローが主人公の、架空の人形劇が開演される訳です。よかったね、インセクトマン。決ィまった! (足立守正=マンガ音楽愛好家) ーーーーーーーーーーーー 「宇野誠一郎作品集Ⅲ」品番:CDSOL1548/ウルトラ ヴァイヴより発売中
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