[桜井順×古川タク]
“音”で振り返る日本人の原風景『東京の音』
2020年の新たなる東京オリンピック開催が決定してから、関連書籍も続々と出版されている。中には1964年の東京大会の際に出された雑誌の特集号など、貴重な復刻も見られる。6年後の開催に向けて世界的な都市<TOKYO>にますます注目が集まる今、東京に関する興味深い音盤
がこの度発売されることとなった。 『東京の音』と題したそれは、最初の東京オリンピックから遡ること5年前、1959(昭和34)年に出された10吋LPが新たに編集制作されたもの。復刻に際し、東京に生まれ育ったコラムニスト・泉麻人氏が監修・解説を施し、昭和20
年代から東京の風景を撮影し続けてきた秋山武雄氏の写真と共に楽しめるという趣向が凝らされている。音と同様に写真が及ぼすタイムトラベル効果も絶大なのである。どの写真からも、ゆったりと時が流れていた豊潤な時代であったことが伝わってくる。 今から9年前に公開されて大ヒットした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の舞台となったのが東京タワーが開塔した昭和33年だから、ここで聴ける東京の音は正にその時代の生の記録ということになる。アルバムはまず「東京駅」から始まり、アナウンスから聴き取れる横須賀線のホームが13番線であったことから、松本清張の「点と線」の話題に導入する泉氏の考察はさすが。こうなると同年に制作された東映映画も観たくなってくる(ちなみにD
VD化されているのでご興味のある向きはどうぞ)。エッセイは乗り物繋がりで「銀座四丁目午後五時」のトラックで聴かれる都電の話へ。昭和30年代の東京を実体験している泉氏の筆致は説得力に満ち、遅れてきた世代には羨ましくもある。「隅田川のポンポン蒸気船」に絡めたドラマ「ポンポン大将」の話題では主題歌のことも触れられているが、その音楽を担当した小川寛興は、今回のジャケットに使われた写真で子供がかぶっているお面「仮面の忍者 赤影」や「月光仮面」の音楽も手がけた人物であった。 その他「両国の花火」「築地魚市場」「浅草木馬館の安来節」など、全24トラックにわたる音の収録地域は東京の東側、いわゆる下町ばかりというところに、当時の東京の街の勢力図が
窺える。その玄関口とも言うべき銀座が東京の街の最高峰であることは昔も今も変わらないにせよ、もう少し時代が下れば、新宿や渋谷、六本木、青山なども採り上げられたことであろう。現代版『東京の音』が作られるなら、「新宿アルタ前の昼下がり」「休日の原宿・竹下通り」「渋谷スクランブル交差点の喧騒」「深夜の六本木ドンキホーテ前」などといったトラックがおそらく候補に挙げられるに違いない、などと夢想するのもまた愉しいところ。 それにしてもデンスケ(昔の録音機材)を担いで東京のあちこちを飛び回ったであろう当時のスタッフは、この5年後に東京オリンピックが開かれることもまだ知らなかったのだろうと思い、隔世の感を強くさせられた。 (戸里輝夫=ライター)CD『東京の音 TOKYO NO OTO』/解説:泉麻人/写真:秋山武雄/発売:ユニバーサル/本体1800円+税/発売中 ※3月1日に行なわれる泉麻人×河崎実トークイベント『昭和のテレビ番組について語ろう!』会場でもCD販売を行ないます。
インタビュー取材のみやげ話
ソチ五輪、フィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得した羽生選手。ショートプログラムでは、演技曲にゲイリー・ムーア「パリの散歩道」(78年)を使っている。個人種目の前に行われた団体戦に羽生選手が出場した2月6日は、3年前に亡くなった彼の命日だった。ただ「パリの散歩道」は、羽生選手が滑り始める以前、NHK「サラリーマンNEO」に登場した「セクスィー部長」のイメージが強すぎて、羽生選手が真剣に演技する姿にも沢村一樹の奇天烈なキャラがまとわりついて仕方ない。演技終了後、観客席に向かって手を振りながら、もしかして「応援と色恋は一緒になさらぬように」などとつぶやいているのではと妄想してしまう。 ゲイリー・ムーアには、1984年2月、2度目の
来日ツアー時にインタビューしたことがある。事前に、彼は富士山が大好きで、いろいろグッズを集めていると聞いていたので、おみやげに「富嶽三十六景」の画集を持って行った。多分、もっと豪華な装丁本を何冊も、ひょっとしたら現物も所有していたかも知れないが、いちおう喜んで受け取ってくれた。当時、もし立版古を知っていたら迷わず選んだのに、悔やまれる。 星加ルミ子さんがブライアン・エプスタインに進呈
した日本刀を例に引くまでもなく、インタビューの座を和ませ、話しを弾ませるのにプレゼント選びは大切だ。ゲイリー・ムーアの前月に来日したエコー&ザ・バニーメンには、煙草の「エコー」を手渡したところ、これが大受け。ボーカルのイアン・マッカロクは嬉しそうにスタッフに配っていた。このとき、なかなかエコーのカートンが見つからず、結局、専売公社の直営店で入手した。3級品のカートンまとめ買い、ギ
フト包装と領収書までお願いされて、店員は怪訝そうな表情だった。 翌年、新作アルバム『リップタイド』のプロモーションで来日したロバート・パーマーには、高級ホテルの一室でインタビューした。仕立ての良いスーツに身を包み、ソファーでくつろぐ姿は、MTVで見慣れたイメージそのまま。だが終日缶詰の取材続きに、さすがに少しお疲れの様子だった。ところが、無事録音が終わり、プレゼントのLPを差し出した途端、ソファーからぐっと身を乗り出した。日本で編集されたアール・キングのACE録音ベスト盤。もともとニュー・オリンズ音楽への愛着を示していた彼、新作アルバムではアール・キングの「トリック・バッグ」(62年)をカバーしていた。アール・キングのファンかと聞かれ、
ニュー・オリンズのR&Bが好きだと答えた。「早く言ってくれよ。俺のアルバムなんかより、そっちの話しができたのに」その表情は、すかしたビデオの彼とは別人だった。「プレゼントありがとう。つぎはニュー・オリンズの話しをしよう」。 その後、奇しくも同じ2003年に、アール・キング、ロバート・パーマーは相次いで他界。残念ながら、約束は果たせないままに終わってしまった。 (吉住公男=ラジオ番組制作)
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