2014年8月8日(金)

居酒屋散歩《千駄木・三忠》


 今回の店は千駄木にある。この界隈は「谷根千」と言われ、散歩のメッカだ。
 できることなら行き成りお店に行かず、その前に近所をしばらく散策して、下町的雰囲気を味わってからの方が良いだろう。なにせ高いビルがないので、見上げると広い空が落ちてくるように見える。そのため街を歩いていても気持ちがのびやかないい心持になる。暑いのは少し我慢して、なかなか夜の更けない夏が最適だろう。5時か6時ころ

千駄木界隈についても、まだ明るいので空を眺めることが出来るので、のんびり30~40分ほど路地をめぐると良いだろう。6時半か7時ころお店に入り、その歩いた分だけ、最初のピールがうまくなる!
 このお店は地下鉄・千駄木駅からすぐそばだ。団子坂下の交差点から右側を登って行けば数分でたどり着く。タコ足のあしらった提灯が目印。なにせこの店の売りはタコ料理で、暖簾にもタコ足が描かれている。

和風の居酒屋で気軽なところがいい。ただ、すぐ満員になることが多いので数人で行く場合は、予約をしておかないと入れないことがある。値段が庶民的なので人気があるせいだろう。
 先日行ったときは,入る前に三崎坂を歩いて広い都会の空を満喫してきた。この坂の両側にはお寺が多いため特に空が開けて見えるところだ。坂を上がったところに古い酒屋があって、いつもそこを折り返しにして反対側を下りてくるのだ。坂を下りきった所が団子坂下の交差点。店に待っていたのは、長く復刻の画像処理をしてくれている会社の社長・A氏。復刻本を作る上でのパートナーだ。彼の64歳の誕生日を祝おうと招待をした。
 御通しの後は、刺身の盛り合わせと、しめ鯖などの入った光モノ三点セットを

いただいた。年を取ると青魚の代表・光モノはマストな酒の友。A氏はビールで、私はロックの焼酎でやっているところに、日経新聞社のS氏が遅れてやってきて徐々に酒席が盛り上がってきた。
 S氏も我々同様いい酔い心地になったところで、タコ料理をオーダーした。タコ尽くしのコースもあるのだが、今回はいろんなものを試したいのでアラカルトに。出て来たのは「明石焼き」と「吸盤ガーリック焼き」。明石焼きは写真を見てもらいたいのだが、とてつもなく大きい。まさに卵のピラミッドといった形状で、タコの足がぶつ切りで入っている。卵もふわふわでいい触感。タコ足も柔らかく煮てあるので食べやすい。とにかくその大きさに最初はびっくりした。吸盤のガーリック焼きは、エス

カルゴ料理が出でくる時の容器を平たくしたようなものに入っている。パン粉とガーリックが香ばしさを醸し出し、吸盤のコリコリ感を味わっていると、タコと一緒に頼んだワインがグイグイ飲めてしまう。
 酒を大分楽しんだ頃、メインのタコシャブを注文。野菜たっぷりの皿と、たこ足をスライスした皿が出てくる。タコをしゃぶしゃぶしてワインをグビッと流し込み、楽しい気分がどんどん高まってくる。これぞ居

酒屋の醍醐味だろう。知らない間に10時を回っていて、満たされたところでお店を出た。実は,本当の〆はしゃぶ鍋にうどんを入れたり、別にタコ飯をいただいたりするのだが、それはまた次回の楽しみにした。この日は3人ともいい気分になったので、A氏の知っている日暮里の店に梯子をして、さらに夜が更け,酔いも深まっていった。
(川村寛=小学館クリエイティブ)



月の光


 レコードの整理をしていたらレコードが一枚、手元からスルっと落ちて粉々に割れてしまった。ほんの少し時間が止まった。そんな気がした。おそるおそる粉々に割れたレーベルをのぞくとやはり、家に一枚しかない大事なSP盤だった。なるべく大きな破片を拾い、レコードプレイヤーにのせて針を置く。音は出るが、ほんの一瞬。イントロクイズよりも短い。それもそのはず。SP盤は78回転。普通のレコードよりも回転が

速かった。
 割れた悔しさからか、新しいレコードが無性に買いたくなってくる。向かったのは西荻窪のファンレコードだった。SP盤のコーナーを見ていると一枚、雪村いづみ『月の光』が出て来た。以前、池袋のお店で雪村いづみのレコードを流しているときにお客さんから「馬場さん、雪村いづみがインドネシアの曲を歌っているレコードがあるのを知っていますか?〝月の光〟っていう」と言われ、それ

以来この曲がずっと気になっていた。オリジナルはSP盤だったのか。インドネシア語で、トラン・ブーラン。ただ、この曲は全く聴いたこともない。知らない曲だった。それもそのはず。この曲はフランス人の、ピエール=ジャン・ド・ベランジェが19世紀の後期に作曲したものだった。それがフランスの占領地からインド洋を渡って、20世紀の初頭、東南アジアに入る。そののち、インドネシア語に訳されたものだった。インドネシア語なのに、今はマレーシアの曲になっているらしい。訳詞は、佐伯孝夫。ここからは想像だが、おそらく佐伯孝夫は、トラン・ブーランとは月の光という意味です、このメロディーから月の光をイメージして詞を書いてください、と言われたのだろう。たぶん、インドネシア語の歌詞は全

く見ていない。日本語詞の一番、三番は、月を見て思う異性のことが書かれている。それがインドネシア語詞の二番になると、急に田んぼで起こった男の子とワニの格闘の話になってしまうのだ。想像は面白い。
 この曲、聴いたことがなかったのはインドネシア国内でのカヴァーが少なかったからか。カヴァーしているのはオランダで活躍したインドネシア人ばかりだった。オランダへ行ったインドネシア人はマルク島のアンボン人が多いと聞いたけど、その『月の光』のカヴァーもハワイアンなアレンジ。マルク島はハワイと交流があったのか、音楽はハワイアンに近い。日本とインドネシアはどんな交流をしていたのか。レコードを買いながらもっと想像していきたいと思っている。
(馬場正道=渉猟家)



“映画を描いて映画を語る”

和田誠シネマ画集


2001年~2013年にHBギャラリーで発表した、 オスカー受賞作品や映画監督、名作映画のラストシーンなど、 映画をテーマにした絵と、ボーナストラックとして「週刊文春」で発表した映画に触発された絵、 さらに書き下ろしエッセイ「自分史の中の映画」等を収録。

和田 誠・著/装丁
B5判変型上製 272頁
本体3500円+税 ワイズ出版より好評発売中
版元 ホームページ http://www.wides-web.com