買いもの日記[3]
10月のはじめ、仕事で少し、マレーシアのコタキナバルへ行くことになった。ボルネオ島、カリマンタン島とも言うこの島は、一つの島にマレーシア、インドネシア、ブルネイ、3つの国がある。カリマンタンにはレコードがない、と聞いていたが、華人の多いこの町なら、もしかしたらレコードがあるかもしれない。そう思い行くことにした。 この時期、東京からコタキナバルまでの直通の飛行機がなかった。香港を経由
してコタキナバルまで。約9時間。午後8時前、コタキナバルへ着くと雨が降っていた。聞くとフィリピンにある台風の影響でしばらくずっと雨のようだった。この日はおとなしくホテルへ帰ることにした。 次の日、空き時間を使ってレコードを探してみた。ホテルの従業員に7インチのレコードを見せて「これが売ってそうな場所はありますか?」と聞くと、「わからない」と言う。「それだったら、骨董屋は?」と
聞くと、「ウィスマ・ムルデカにあるかもしれない」と言った。すぐにタクシーを呼んでそこへ向かった。コタキナバルは流しのタクシーが少ない。メーターも付いていない。全部運転手の言い値。近ければ12リンギット、少し遠ければ15リンギット。1リンギットはだいたい30円くらいか。小さな町だから歩いても行けそうだったけど、道もわからないし、今は雨が降っている。午前11時。ウィスマ・ムルデカへ着くとまだシャッターの閉まった店が多い。骨董屋は3階にあった。一軒だけ開いていた店に、「レコードありますか?」と聞いてみると、「ここにはないよ。けどすぐそこのオーシャンって書いてある骨董屋にはレコードがあったかもしれない」と言う。オーシャン、正しい店の名前は忘れてしまったが、そ
こで「レコードはありますか?」と聞くと、ボロボロの赤いヴィニール袋からボロボロの7インチだけが出てきた。1枚1枚確認すると、それはローリング・ストーンズ、ビートルズ、ザ・フーなど、全部洋楽だった。「洋楽しかないんですか?」と聞くと、「これで全部だよ」と言っていた。「じゃあ、他にレコードが売ってそうな場所は?」と聞く。すると少し考えた後、「アジア・シティ・コンプレックスには行った?」「まだ行ってないよ」と答えると、「それならそこの一階にあるボビー・ウーンってとこに行くといいよ。そこならレコードがたくさんあると思うよ。ただ、開いてる時間が短いからなあ」「近いからとりあえず行ってみるよ」と言い、タクシーに乗った。 アジア・シティ・コンプ
レックス。着いてみるとそこはガランとした薄暗いモール。とりあえず1階を隅から隅まで。「ボビー・ウーンって店を探してるんですけど、知ってますか?」。布屋、閉まっている骨董屋の隣のお菓子屋。マッサージ屋の売春婦。聞いてまわっても誰も知らない。今日は閉まっているのか。諦めて帰ろうとしたその時、入口の近くにある段ボールにレコードが入っているのをみつけた。そこは店舗ではなく、店主の昼食が乗っかっただけのテーブルが1台。その端に段ボール1箱分のレコードがあるだけの店だった。洋楽の詰まった箱。「これで全部ですか?」と聞くと「そう。ここはコタキナバルで唯一のレコード屋だよ。マレーシアのレコードが欲しいならクアラルンプールに行け」と言った。ここでは観光用のマレーシ
ア音楽が入ったレコード、タリアンを8リンギットで買った。 次の日も、その次の日も空き時間を使ってレコードを探したがどこにもなかった。朝早く起きて行ったサンディ・マーケットにもレコードはなく、ドリアンとランブータンだけを買って帰った。地元の人に聞くと、今はみんな音楽をmp3で聴いてるよ。と言う。確かに、オーディオショップが見当たらずパソコンショップばかりが目についた。フィリピンで見た。貧しい街の商店街は新しいものを次から次へと取り入れ、古いものは捨ててしまう。裕福な街には古いものを好んで売る店があった。それを思い出してしまった。今の日本にはまだレコードブームが来ていない。20年前、早すぎるブームだったのか。 (馬場正道=渉猟家)
<対談>あの頃の音楽 -谷内六郎と、同時代のレコードたち- @横須賀美術館
先頃、浦賀・観音崎に位置する横須賀美術館にて、「てりとりぃ」同人でもある山口佳宏と鈴木啓之のお二人によるトーク・イベント「あの頃の音楽」が行われた。このイベントは横須賀市にアトリエを構え、多くの作品を生み出した画家 谷内六郎を記念して設け
られた横須賀美術館・谷内六郎館の主催である。谷内六郎は「週刊新潮」の表紙絵でお馴染みだが、レコード・ジャケットも数多く手掛けている。今回の企画は谷内が活躍した昭和30~50年代のジャケット・デザインの魅力を掘り下げるという試みだ。
山口、鈴木の両氏は、自らのレコード・コレクションを元に「昭和のレコード・デザイン集」(PVINE BOOKS・2011年刊)や、「レコジャケ天国♡forGirls」(人形作家 宇山あゆみ共著、新紀元社、2013年刊)等のジャケット本を企
画・編集している。そのスペシャル・ヴァージョンともいえるこのイベントは、会場である同美術館ワークショップ室の壁面に数多くのジャケットが展示され、実際にそれらのレコードを聴きながら進行するという、正に好事家には堪らない内容であった。 研ぎ澄まされた独自の審美眼からセレクトされたジャケットの美しさには改めて驚嘆したが、著作でも取り上げられている〝タイポグラフィ〟や〝少色刷り〟といった低予算内の工夫から生まれたグラフィックや、レコード会社の個性が表れている「帯」「内袋」といった付属物の美しさに改めて焦点を当てたお二人の功績は高い。そして、東芝のインストゥルメンタル・シリーズである「ドラム・ドラム・ドラム」の帯のタイポグラフィが全て異なる事
等は、マニアで無ければまったく気が付かない事象であろう。 しかし、PCの導入により、そのレタリング技術が失われた代償は大きいと思う。図案家・意匠家と呼ばれた昭和のデザイナーが生み出した技術美は既に再現出来ない時代なのだ。 トークショー終了後、谷内六郎館にて、改めて彼の作品を鑑賞したが、思い描いていたイメージと作品の違いに驚いた。 谷内六郎と言えば、牧歌的で自然な風景を郷愁と共に描く作風と思っていたのだが、実は、よく見ると妖精や音符等の想像の産物が細かく書かれていて、実はファンタジー的要素の高い作品であると再認識した。そこに、昭和のデザイナー達も魅かれたに違いないのだろうと。 (星 健一=会社員)
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