連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その16
やっぱり猫ジャケが好き。スタイグが描いた6枚のジャズ・シリーズ
55年にリリースされている【エピック・イン・ジャズ】の6枚連作のLPは、ウィリアム・スタイグが描いた猫のイラストレーションが魅力的で、ジャズはもちろん、様々なジャンルのレコード・コレクターにも愛されている、つとに有名な猫ジャケ・シリーズである。高岡洋詞さんが編集なさった『猫ジャケ2 もっと素晴らしきネコードの世界』にも掲載されている。 ウィリアム・スタイグは『ニュー・ヨーカー』誌でひとコマ漫画を描いていたカートゥーニストで、柔らかな線とユーモアのある作品が親しみやすく、特に彼が30年代に描いたイラストレーションは、時代の象徴といってもいいほどに人気を集めていた。 そのスタイグがこのジャズ・シリーズのジャケットを手がけているのは、6枚
のLPが30年代後半の音源を収録しているので、その時代の雰囲気を再現するのに相応しかったからだろう。そして、ジャズと猫をユーモラスに描いたのは、30年代後半にジャズメンやジャズ狂いのことをスラングで【キャッツ】と呼んだからに違いない。 ジャケットにばかり目がいってしまうかもしれない
が、これらのLPは内容もとても充実している。55年当時、30年代の復刻は少しずつ進んでいたが、ここに収録されているヴォカリオン・レーベルの音源はほぼ忘れられていた。 デューク・エリントン楽団の演奏なのに、作品を注目させるために、あえて、ジョニー・ホッジスやバーニー・ビガードらのソロ名
義で発表した録音。圧倒的なバンド・リーダー、キャブ・キャロウェイの録音から、脇役のテナー・サックス、チュ・ベリーの名ソロをフィーチャーした録音。50年代に【過去の人】扱いだったボビー・ハケットの血気盛んだった頃の音源など、どれもSP盤を編集したアルバムで、ライナー・ノーツには、録音メンバーや詳細なデータが記載されている。実に細やかな配慮が行き届いた復刻なのである。 このアーカイヴァーの鏡ともいえる名編集アルバムは、同じエピック・レーベルで、デューク・エリントン楽団のサイドメン録音集『エリントン・サイドキックス』や、カウント・ベイシー楽団に在籍していたときのレスター・ヤングにスポットを当てた『レッツ・ゴー・トゥー・プレツ』な
どもあるのだが、そちらはジャケットがウィリアム・スタイグではないせいか、あまり話題にならない。音源のクオリティーはまったく変わらないというのに。 それほどに、スタイグの描いた猫が、魅力的だということなのだろう。たしかに、6枚すべて集めなければ、気が収まらない。 スタイグのイラストレー
ションが好きで、猫じゃなくてもいいのなら、貴婦人が犬を連れて、ジャズ・セションに向かう絵の、ジャズの歴史をざっと辿ったオムニバスLP『ジャズ・オムニバス』があるし、彼のひとコマ漫画が好きなら、冊子の『ザ・ロンリー・ワン』もお勧めですよ。 (古田直=中古レコード「ダックスープ」店主)●写真上 ジョニー・ホッジス『Hodge Podge』 スタイグの猫ジャケ・シリーズ1枚目。ワルなスウィング「Krum Elbow Blues」にシビレる。 ●写真下 6枚シリーズからボビー・ハケット、チュ・ ベリー、デュークズメンの3枚とカラーで描かれた『Jazz Omnibus』。スタイグは映画化された絵本『シュレック』の原作者でもある。
古本屋で買った本 『新篇 私の昭和史1 暗い夜の記憶』
編:東京12チャンネル社会教養部、刊:學藝書林
最近、実家に帰るたびに齢85の祖母に昔の思い出を話してもらって、それを録音しています。「ルイ・アームストロングの初来日公演を観た」とか「タカラヅカにハマって八千草薫とお茶できるレベルの追っかけになった」とか、楽しい話だらけで話題が尽きません。ただ、今年が戦後70年だから、というわけではないのですが、戦中やその前後の決して楽しくない話も孫としてはどうしても聞いておきたい。例えば「工場の帰
りに機銃掃射を避けて帰宅した」なんてことは普通の人はまず経験したことがないし、またこれからも経験したくもないことです。しかし、だからこそ「確かにそういうことが現実にあった」ということを、本を読むだけではわからないリアルな記憶として自分の中に引き受けるべきだと思うのです。 さて、テレビ東京がまだ東京12チャンネルと呼ばれていたころに、「私の昭和史」という番組がありまし
た(64〜74年放送)。一般人、著名人の区別なしに毎週ゲストを呼び、司会の三國一朗さんが話を聞くというごくまっとうなトーク番組です。 その10年分の放送の中からピックアップして書籍化したものが全4巻、これが神保町のあるところで3冊500円のワゴンにありました。本当は大島渚が松竹ヌーヴェルバーグについて語った部分だけを読みたかったのですが、4冊の完品から1冊だけ抜くのがどうにも忍びなく、その上店員さんがおまけをしてくれなかったので、もう2冊足してまとめ買いしました。 「暗い夜の記憶」というタイトルが示すように、1巻はすべて先の大戦に関する証言でまとめられております。もくじに目を通すと、2〜4巻の中身もほぼすべて戦争関連でした。
やはり僕が祖母に話を聞くときの気持ちと同じなのでしょうか。この番組がすごいのは、戦争が終わって30年までの間にまだ存命だった方々から、今では絶対に聞けない話を実にたくさん聞き出していることです。教科書では1行で片付けられる話にも、当然のことながらたくさんの人が関わっています。 最初の話と矛盾してしまうのですが、本を読んでいるだけなのに生々しい、リアルな記憶が目前に浮かぶのです。例えば3月10日の東京大空襲で8万人(実際は10万人)の遺体処理を任された都の公園緑地課の職員さんの証言。ボランティアの人たちが、遺体の形相を見て驚いてしまい、半日で働けなくなってしまったという、読めば「そりゃそうだ」と思う話も、「過ぎた歴史」として捉えている
うちは絶対に見えてこない重要な視点です。どれだけ時間が経とうとも決して風化しない証言がこの本にはたくさん、本当にたくさんありました。 8月を迎えてから「あ、そうだ」と気づく例年の夏。今の時代、ちゃんとそれを意識できるだけまだマシなほうなんじゃないかとうぬぼれていましたが、偶然見つけた本のおかげとはいえ、またひとつ認識を改めることになりました。今年は『日本のいちばん長い日』のリメイク版が公開されるようですし、今度の8月はいつもと少し違うものになりそうです。 (真鍋新一=編集者見習い) ーーーーーーーーーーーー ●『新篇 私の昭和史』(全4巻)1 暗い夜の記憶/2 軍靴とどろく時/3 この道を行く/4 世相を追って
てりとりぃアーカイヴ(初出:月刊てりとりぃ#61 2015年3月28日号)
古書とスイーツの日々 東宝見聞録の巻
世田谷美術館で開催中の『東宝スタジオ展 映画=創造の現場』を観に行ってきた。通常この手の催しは同じ世田谷でも世田谷文学館の方ではと思いつつ訪れたら、催事担当の学芸員の方はもともと文学館にいらしたそうで、「こちらで映画関係の展示を行なうのは初めてなんです」と話していた。ミュージアムは開館から30年近くになるというが、自分は今回が初めて。砧公園の一角にあって撮影所も近い、東宝のお膝下で
ある。 長年の東宝映画ファンを自負する私も期待を裏切られない充実の展示内容であった。今回は映画美術に重点が置かれ、成瀬(巳喜男)組の中古智や黒澤(明)組の村木与四郎らのデザインスケッチをはじめ、映画ポスターも多数展示。ポスターが面白いのは時代によって作りが全く異なることで、70年代後半以降のものはカラー写真が中心。それより前、50年代くらいまでに遡るとモノクロ写真に人工着
色したものが主流となり、さらにそれ以前のものはほぼイラストレーション仕様となる。これが実にモダンで、洋画では野口久光が手がけた欧州映画が有名だが、戦前や戦後間もない時期の邦画ポスターにも傑作が多く見られる。猪熊弦一郎デザインによる黒澤明『生きる』(52年)にはブランコに乗る志村喬と小田切みきが描かれて一度見たら忘れられない強い印象を残す。「かっぱ天国」で知られる漫画家清水崑が、エノケン、ロッパ、高峰秀子らの似顔絵を描いた『勝利の日まで』(45年)にも強く惹かれた。映画がまだモノクロで、ポスターのみが作品の色合いを伝える術だった時代があったのだ。 個人的な一番の収穫は63年に作られたとおぼしき東宝映画友の会制作による撮影所の案内フィルムであっ
た。モノクロの8ミリながら、16分に及ぶ映像には撮影進行中の各組の俳優や監督が次から次へと登場する。『天国と地獄』『マタンゴ』『江分利満氏の優雅な生活』等々の撮影風景が活写された超貴重映像。つい二巡り見てしまった。物故者が多いのは寂しいが50年前だから仕方あるまい。むしろそこに写る加山雄三や星由里子が今でも現役なのが凄い。 東宝映画といえば、二年前から取り組んできた講談社「昭和の喜劇DVDマガジン」が無事完結した。クレージー・キャッツや社長シリーズなど東宝プログラムピクチャー50本のラインナップはなかなかに壮観。ぜひお手に取っていただきたく思う。毎号濃密な原稿を寄せて下さった泉麻人さんに改めて感謝したい。 (鈴木啓之=アーカイヴァー)
|