2016年2月19日(金)


長崎学のススメ
長崎の漫画家2 蛭子能収

 「蛭子能収」でネット検索すると「クズ」「ダメ人間」などネガティブなワードが目につきます。蛭子さんのテレビでの言動に対して芸人たちが、面白可笑しく批評したり、問題発言をしている画像を一般の人がユーチューブなどにアップしたりしているのです。それらを一つ一つ吟味してみたら、なんとなく「蛭子騒動」の実態が見えてきました。例えば「テレビ出演する際、先輩の楽屋に挨拶にいかない不遜な奴」という意見があります。これに対

する蛭子さんの言い分はこう「僕が挨拶に行くことによって、相手の貴重な時間を奪ってしまう」。蛭子さんは忙しいがゆえ、楽屋では(本職の)漫画を描いています。そこに入れ替わり立ち代わり挨拶にこられると、仕事にならないのですね。「自分がされて嫌なことは相手にもしない(孔子)」を実践しているわけです。皆が指摘する「ダメ言動」には、(後付けの部分もあるでしょうが)蛭子さんなりの「理由」と「主張」がありました。

 蛭子さんが人生において一番大事にしているのは「自由」。旅番組で食事するとき、普通ならば「土地の名物」を注文するところを、蛭子さんは「カレー」など、自分が食べたいものを注文して顰蹙を買っています。これも、事前にディレクターが「名物を注文して欲しい」と言えばそれに従うけれど、何も指示がないから好きなメニューを注文しているのだそうです。蛭子さんのこういう「仕事観」って欧米人に近いような気がしませんか。もしも、蛭子さんがアメリカで芸能活動していたら、このような目立ち方はしなかったかもしれません。昨今の蛭子騒動、アメリカ的「個人主義」と日本的「集団主義」との〝せめぎあい〟という視点で見ると合点がいきます。よく自己啓発本に「自分の気持ちに正直に生きよ

う」なんて書いてありますが、それを下手に実行すると思わぬトラブルが発生することもある、これはよいサンプルなのです。
 最後に長崎豆知識をひとつ。蛭子さんと前回紹介した清水崑さんは、共に長崎市立商業学校を卒業しています。
(高浪高彰=長崎雑貨たてまつる店主)
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(写真上)『ひとりぼっちを笑うな』角川書店刊/発売中
(写真下)『生きるのが楽になる まいにち蛭子さん(日めくり)』パルコ刊/発売中



70年代B級ハード・ロックの夕べ 03


 初めて聴いたのに、いつか聴いたことがある感じ、そんなバンドがナザレスだ。中でも顕著なのが、彼ら最高の200万枚を売り上げた『人食い犬』(75年。この日本語タイトル……)。ちなみにオリジナル・タイトルは﹃Hair of the Dog﹄で、二日酔いの治療法で「二日酔いには迎え酒を」という意味の「The hair of the dog that bit you」を縮めた一節。オープニング・チューンの「人食い犬」のイントロはグランド・ファンクの「アメリカン・バンド」(73年)からの拝借。カウベルの4つ打ちに加え、

テンポまでほぼ同じ。「ミス・ミザリー」は、フリーの「ファイアー・アンド・ウォーター」(70年)のリフとリズムが完全に一致。テンポもほぼ同じだ。サビでは「ファイアー・アンド・ウォーター」には無い新たなアイデアのパートが!と思ったら、同じフリーの「ウィッシング・ウェル」(73年)と同じコード進行だったりして。良くある進行といえば、良くある進行なのだが、ナザレスだけに疑惑の耳で聴いてしまう。「チェンジン・タイムス」は、レッド・ツェッペリンの「ブラック・ドッグ」(

71年)を下敷きにしたナンバー。バックが白玉になり、ヴォーカルのソロが4小節続いたあとギターとベースのユニゾンのリフが始まるという構成、そしてそのあとの展開パートなどがそっくりだ。リフから始まるイントロは全く影響を受けていないように思えるが、ライヴ・ヴァージョンの「ブラック・ドッグ」には「チェンジン・タイムス」のようにリフから始まっている。マニアックなツェッペリン愛がにじみ出ているナンバーだ。
 今ではラッシュと並んでカナダを代表する大御所ハード・ロック・トリオとなったトライアンフ。彼らも初期の『炎の勝利者』(この邦題……)収録の「ロックン・ロール・マシーン」(77年)はディープ・パープルの「ハイウェイ・スター」(71年)の臭いがプン

プン。決定的に似ているわけではないが、実際にギターをプレイしてみるとところどころに「ハイウェイ・スター」の影響を感じさせる。特に、16分音符で開放弦とハイ・ノートをランダムにピッキングするフレーズは、完全にリッチー・ブラックモアの影響を感じさせる。
 東京オリンピックのエンブレムや、Mr. Children の「抱きしめたい」そっくりな平浩二「愛・佐世保」など、15年は何かとパクリ疑惑が話題となったが、彼らの場合、そういったパクリとは違った愛情に満ちたパスティーシュといえよう。
(ガモウユウイチ=音楽ライター/ベーシスト)
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(写真上)ナザレス『人食い犬』(75年)/(写真下)トライアンフ『炎の勝利者』(77年)



居酒屋散歩23《新大久保・麗郷》


 今回は店に行く前に映画館へ。東中野の「ポレポレ」で飲み仲間のイラストレイターT氏と待ち合わせて、「ヤクザと憲法」を見た。ヤクザの日常生活を記録したインパクトのあるドキュメント。作ったのは東海テレビというから驚く。テレビでは絶対に放送できない映像だと思うし、なかなかの力作。見終わっていろいろ考えが浮かんでくる映画

だと思う。
 映画館を出ると明るいが夕方と言っていいころ。JRで一駅乗って大久保まで。ここには40年ほど通った台湾華料理屋「麗郷」がある。新大久保に近い所にあるので、店までは数分歩く。ただ、ここ3年ほど行っていなかったので、久しぶりの訪問だ。この「麗郷」に最初に行ったのは、実は渋谷にある店。当時はビール箱

を逆さにして椅子代わりにしていたほど見た目より中身で勝負という店だった。旨いものが安く出てくる店で、よく通った。そのうち有名になり店もきれいになり、予約なしで行くと並ぶことが多くなった。あるとき新大久保に弟のやっている店があるよ、と教えてもらって、こちらの店に来るようになった。味付けは多少違うものもあるが、待つ

ことなく入店することが出来る。
 今回も時間が早いせいか、入るとすぐ席に座ることが出来た。台湾ビールで腸詰と空芯菜を食べながら、次のメニューの確認をした。ここの腸詰は自家製で、一緒についてくる少し辛い味噌と刻んだネギと共に食べる。それらが口の中で混ざり良い具合の味を作る。ビールがいくらでも行けそうだ。と言っても中華なので紹興酒を瓶ごと温めてもらうことにした。料理はシジミ料理、豆腐料理、野菜料理、エビ料理など、色々頼んでどんどん食べた。特にシジミは、ニンニクの入ったタレに漬けたものでとても美味しい。皿に山のように盛られて出てくる。小さいシジミをひとつひとつ取って口に運んで食べ始めると、会話はしばし止まってしまう。

 2本目の紹興酒を飲み終わった頃、シメの焼きビーフンを頼む。かなり食べたつもりでもここのビーフンは自然と胃に入ってゆく。満たされた胃と心地良い気分になったところで、お勘定。出口で、渋谷と新大久保の関係はどうなっているのか若い主人に聞いたら、なんと今も「兄弟」だとのこと。大分前に代替わりして渋谷が兄、新大久保が弟がやっているとのことだった。こちらも年を取るわけだ。
 酔った勢いもあったせいか、ついタクシーにのって8分ほどの新宿まで。ゴールデン街のなじみの店を2軒ほど覗いてから解散。この日は、早い時間から呑み始めたので10時過ぎには帰宅の電車に乗っていた。こういうのを健康的な飲み方と言うのだろうか。 
(川村寛=編集者)