2014年7月25日(金)

手塚治虫『フィルムは生きている』(国書刊行会刊)を読んで


 手塚治虫が昭和33年から約1年半、「中1コース」から「中2コース」に連載した中編がこの「フィルムは生きている」である。講談社の「手塚治虫漫画全集」に入っているし、読んだ事がある方も多いと思う。しかし今回のこの国書刊行会における復刻は、連載当時のままの復刻なので毎回の扉やあらすじが入り、その後の単行本から見ると書き加えられたコマ、削除されたコマがかなり見られ、また吹き出しのネームが当時

は手塚本人の自筆だったので味がある。これらの変更点は、本書の企画/編集を担当した濱田高志氏の解説に詳しく記されているのでそちらを参照していただきたいが、ストーリーの骨格は一切変わっていないので、単行本化に合わせて手塚が的確な改良を加えていたことがわかる。さらに冒頭のカラー8Pも連載当時のもので、昭和20~30年代独特の色指定のカラー頁を眺めるのは手塚ファンの醍醐味のひとつ。さらに熱心なフ

ァンにとっては、本書に収録された、新発見の昭和39年「六年の学習春の臨時増刊号」読切9Pの絵物語「タイムマシンがぶっこわれされた!」が貴重だろう。タイム・パラドックスものの第一人者である手塚のセンスが垣間見られる小品で、コンプリートを目指す人は見逃せない。
 装丁は、COMの表紙でもお馴染みの和田誠氏。箱の表裏、本の表裏がそれぞれ別の4枚のイラストというだけでも贅沢なのに、わ

ざわざカラーインクで書くという細かな配慮が本書にぴったりマッチしている。また「てりとりぃ」でお馴染みの古川タク氏と、和田誠氏がそれぞれ手塚治虫との出会いから交流のエピソードを語っており、歴史的な価値だけでなく手塚の人間性まで伝わってきて、実に読みごたえがある。こういった本書の丁寧な作りが、付加価値を上げていた。ただの「復刻本」とは決定的に違う。
 さて、ここまでが本書の

概観の紹介だ。「フィルムは生きている」に関しては、手塚本人が「もう狂うほどに動画づくりに意欲をもやしていたころの、ぼくの私小説(私マンガ?)というべき作品です」と回想しているとおり、アニメーションへの熱い想いが溢れ出ている。作品内でマンガ映画がどういうものなのか、その歴史、制作方法から、どれだけの膨大な作業が必要で多くのマンパワーと多額の資金がかかるのか、そして気持ちの面でもみんなが力を合わせて作らないとできないということを埋め込み、アニメ入門編・啓蒙編としても巧みに成立させていた。
 そう、この当時は、日本はアニメーション黎明期で、そういう仕組みを知っている人間はごく少数だった。手塚はディズニー作品をこよなく愛し、戦中でも劇場

に足を運び国策アニメーション映画であってもその抒情性に涙したという、心底のアニメーションファン。本作は連載後に鈴木出版の「手塚治虫漫画選集」として単行本化されるのだが、手塚本人がその当時の日本のアニメーションの歴史を紹介した「マンガ映画メイド・イン・ジャパン」というその文章を後書きとして

わざわざ書き下ろす。本書の付録として読めるが、そこでは戦前から戦後の小さな独立スタジオの誕生、それらを吸収してついに本格的動画スタジオを作り出した東映動画までの流れが、代表作からスタッフ名まで詳しく紹介されていた。当時の子供はこれで日本のアニメーションの系譜を知っただろう。

 連載開始前より、手塚は東映動画の嘱託として現場を見ており、連載時には長編「西遊記」の原作に参加するなど、手塚本人が転換点の渦中にいた。昭和36年、手塚はついに自らのアニメスタジオ、虫プロダクションを設立、自分が漫画で稼いだお金もつぎ込みながら、昭和38年には日本初の30分枠連続テレビアニメ「鉄腕アトム」を成功させ、その後のテレビアニメの隆盛の端緒を開いた。受注のために当時のテレビ番組制作経費に合わせてアトムを売り込み、この成功によって多くのテレビ局がテレビアニメの制作を求めるようなるのだが、経費削減のために作画枚数を大幅に減らしたリミテッド・アニメの手法を駆使、低価格の受注が現在までつながるアニメスタッフの低賃金化の下地となったという批判もある。し

かし手塚のチャレンジがなければ、今の日本が世界に誇るアニメ大国になっていただろうか?
 ただ本人の情熱とは異なり、正直、手塚アニメには高い評価はない。漫画の神様はアニメの神様ではなかった、そういう評価が定着していた中、79年に手塚はその年のアニメの最高作として宮崎駿=大塚康生の「ルパン三世カリオストロの城」と出崎統=杉野昭夫の「劇場版エースをねらえ!」だと的確に選び、審美眼は確かなものだなと感激した記憶がある。私的な事で恐縮だが、自分もアニメーションが好きで、ビデオがようやく出てきた時代に、先人達の言葉に出てくる内外の作品を見ることに必死だった。今から30年以上前のことだが、友人数人と共同で様々な図書館から16ミリフィルムで今でもビデオ

化すらされていない森康二の「黒いきこりと白いきこり」などを借りてきて、スタジオにテレシネを依頼しベータ1で保存、かなり高額な費用をみんなで分け合ってそれを共有した……なんて思い出もある。違法な事だが、業界人でもない一介の学生達にとって当時できるのはそんなことしかなかった。
 情報すらない時代のパイオニアの手塚と同列にはできないが、アニメーションへのほとばしるような強い思いがあったことは変わりがない。だからこの作品に、自分は手塚作品の中でも特別な感慨を持ってしまう。
(佐野邦彦=VANDA編集人)
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1964年7月、あの素晴らしき夏
全米ヒット・チャートでたどる、アメリカン・ポップスの分水嶺

 1964年2月1日、訪米を6日後に控えたビートルズは、最新シングル「抱きしめたい」で初の全米1位を獲得する。前々週に45位で初登場、前週3位からトップに躍り出ると、7週連続でその座を守った。その後、ビートルズの首位独走は「シー・ラヴズ・ユー」「キャント・バイ・ミー・ラヴ」と連続3曲、14週に

および、4月4日には上位5曲を独占。5月9日、サッチモの「ハロー・ドリー」で、ようやく一矢報いた米国ポップスは、メリー・ウェルズ「マイ・ガイ」が続くが、5月30日、旧譜シングル「ラヴ・ミー・ドゥ」でビートルズが首位を奪還する。ここまで4カ月間は、まさに彼らの独り舞台で、ほかに活躍の目立った英国

勢はデイヴ・クラーク・ファイヴのみ。まだ「インヴェイジョン(侵攻)」と呼べるほどの大きな動きは見られない。
 「ラヴ・ミー・ドゥ」は1週でディキシー・カップス「愛のチャペル」に首位を譲り、以後しばらく、ビートルズは王座を離れる。その間、弟分のピーター&ゴードンが「愛なき世界」で全米1位を記録、さらに、ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタス、ジェリー&ザ・ペイスメーカーズなど、ビートルズと関係の深いバンドが、その不在を埋めるようにトップ10に顔を出し始める。全面侵攻へ向け、態勢が整えられつつあった。
 8月1日、ビートルズは「ア・ハード・デイズ・ナイト」で、2カ月ぶりに首位に返り咲く。「抱きしめたい」から半年、通算5曲目の全米1位を飾ったこの

日こそ、英国音楽アメリカ上陸作戦のD・デイとなった。謎のコードの号砲一発、マージー河のフェリーが大西洋を渡り、大挙して米国に押し寄せる。翌月にはアニマルズ「朝日のあたる家」、続いて10月にはマンフレッド・マン「 ドゥ・ワ・ディディ・ディディ」が首位を奪取。加えて、ダスティ・スプリングフィールド、

チャド&ジェレミー、ハニーカムズ、キンクス、ローリング・ストーンズ、ゾンビーズら多彩な顔ぶれがトップ10ヒットを放ち、全米チャートは英国勢に制圧される。12月26日、ビートルズは「アイ・フィール・ファイン」で通算6曲目の全米1位を獲得、激動の64年を気持ち良く締めくくった。
 ここで、侵攻開始の直前、

64年7月のチャートに注目したい。ビーチ・ボーイズ「アイ・ゲット・アラウンド」とフォー・シーズンズ「ラグ・ドール」、60年代アメリカン・ポップスの双璧バンドが、2週ずつ首位を守った。B面は、それぞれ「ドント・ウォリー・ベイビー」と「サイレンス・イズ・ゴールデン」。数あるポップ・シングルの中でも1、2を争う最強カップリング盤だ。「ドント・ウォリー・ベイビー」と「ラグ・ドール」は、どちらも、ビートルズ以前の米国ポップスを代表するフィル・スペクターの影響が濃い。ビートルズがフォー・シーズンズの所属するVJから米国デビュー、その後キャピトルでビーチ・ボーイズとレーベル仲間となったのも、何かの因縁か。
 前年11月のケネディ暗殺、年明けからのビートルズ旋

風と、変化の荒波に翻弄されたアメリカを、7月の1カ月間、優しいハーモニーが包みこんだ。ほどなくユニオンジャックに埋めつくされる全米ヒット・チャートで、イノセントなアメリカン・ポップスが最後の輝きを見せた、64年7月。あの夏から半世紀が過ぎた。
(吉住公男=ラジオ番組制作)
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写真上●ビーチ・ボーイズ「アイ・ゲット・アラウンド」。64年5月発売、通算8枚目のシングル。前年に3位を記録した「サーフィンUSA」はあったが、この曲でビーチ・ボーイズは初の全米1位を獲得。
写真下●フォー・シーズンズ「悲しきラグ・ドール」。B面曲「サイレンス・イズ・ゴールデン」は67年にトレメローズがカヴァーし、全英1位を獲得した。



“映画を描いて映画を語る”

和田誠シネマ画集


2001年~2013年にHBギャラリーで発表した、 オスカー受賞作品や映画監督、名作映画のラストシーンなど、 映画をテーマにした絵と、ボーナストラックとして「週刊文春」で発表した映画に触発された絵、 さらに書き下ろしエッセイ「自分史の中の映画」等を収録。

和田 誠・著/装丁
B5判変型上製 272頁
本体3500円+税 ワイズ出版より好評発売中
版元 ホームページ http://www.wides-web.com