ヒトコト劇場 #66
[桜井順×古川タク]
連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その18
1,000マイル……離ればなれの恋の結末~ハートビーツ
「ア・サウザンド・マイルズ・アウェイ」という曲がある。ドゥー・ワップ史上に煌々と輝いている名曲中の名曲、甘く切ないスロウ・バラードだ。歌っているのは、ニュー・ヨークのクイーンズ地区で結成されたハートビーツという黒人グループで、恋に囚われた男の、女々しさをひしひしと感じさせるリードの優声が、グサグサと胸に突き刺さってくる。 この曲は、56年の夏に、リードのジーン・シェパードが、愛する彼女がテキサスに引っ越してしまったことをヒントにして作っていて、曲の中では、仕事で遠くに来てしまった男に置き換えて、故郷に残した恋人への想いが切々と歌われている。 ♪1000マイルも離れてるけど/いつも想ってるよ/いつになるかわからな
いけど/終わったらすぐ帰るから ハートビーツが解散した後61年にジーン・シェパードは、新しく組んだグループ:シェップ&ライムライツで「ア・サウザンド・マイルズ…」のアンサー・ソング「ダディーズ・ホーム」を歌った。 ♪待ってくれてありがとう/この瞬間を待ってたん
だ/ずうっとうちにいるよ こちらの曲も素晴らしいバラードで、ドゥー・ワップの名曲になった。ジーンが、曲の最後に「ア・サウザンド・マイルズ…」のメロディーで「もう1000マイルも離れていない」と歌い上げるあたりは、ジーンとくる。これら、ふたつの曲は、物語のはじめと終わりになっていて、一組の
物語として語られている。 しかし、実は2曲だけではなかったのだ。ジーンはこの物語をいくつかの歌にわけて作り、ずうっと歌っていた。ハートビーツ時代には、彼女に半分近づいた「500マイルズ・トゥ・ゴー」、年が明けたら会えるだろうかと「アフター・ニュー・イヤーズ・イヴ」来年こそは……と「ワン・デイ・ネクスト・イヤー」長い、会えない時間で、大きく愛を育てていたのだ。60年にソロ名義シェーン・シェップでリリースした、「トゥー・ラヴィン・ハーツ」では、友人にふたりの仲を反対されてもいる。紆余曲折を経て、ようやく62年に、シェップ&ザ・ライムライツの「アワー・アニヴァーサリー」でふたりは結ばれ、めでたしめでたしとなった。 モデルとなった彼女は、
「ア・サウザンド・マイルズ・アウェイ」がヒットしている最中に、スタッフによって捜し出されたのだがジーンとの再会を拒否、復縁は叶わなかった。 シリーズ化されたこれらの曲は、ジーンの願望をふくらませたものだったのだろうか。それとも、もっとヒット曲を出したいという強欲から、二匹目、三匹目
のドジョウを狙って作っただけなのだろうか。素晴らしい歌声だから、前者だと思いたいところである。 ジーンは、歌の中でふたりの愛の物語をハッピー・エンドにしたが、彼の実生活はトラブルが多く、70年に車の中で射殺されているのを発見された。 (古田直=『ぼくはもっぱらレコード』好評発売中)●写真上 ハートビーツ『A Thousand Miles Away』 遠距離恋愛名曲を網羅したファースト・アルバム。デビュー曲「Crazy For You」も例の彼女のことを歌った? ●写真下 シェップ&ザ・ライムライツ『Our Anniversary』。62年の「A Thousand Miles Away」のアンサー・ソング「Daddy's Home」でついに幸せを掴んだ?! 写真中央がジーン・シェパード。このグループは65年まで活動した。
連載コラム【ライヴ盤・イン・ジャパン】その17
旅に出たくなる音~ペドロ&カプリシャス
日本の音楽史で、ラテン・バンドはある時期までロック・バンドと同様か、あるいはそれ以上にニーズが高かったはずだが、水っぽいイメージのせいか、いつの間にやらバンドというとロック一択になってしまった。でも、歌謡曲好きならラテンはすんなり受け入れられるハズ。というわけで今回はペドロ&カプリシャス。彼らは70年代に、歌謡曲ともロックとも接点を見出そうと孤軍奮闘したラテン・バンドで、しかもメンバー・チェンジを繰り返しつついまだに現役だ。素晴らしい。 最初のライヴ盤が1975年、文京公会堂での『ペドロ&カプリシャス リサイタル75』(公演月日は不明)。「別れの朝」で幕を開け、「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」といきなり三大ヒット曲を歌い
きってしまうが、いずれも二代目ヴォーカル高橋まり(現・高橋真梨子)の歌がちょっと硬く、むしろ後半のカヴァー曲、とくに「竹田の子守唄」の出来がいい。また、彼らは大変上手いバンドなのだが、その演奏力の高さはラテンの名曲「カチータ」クイーンの「アンダー・プレッシャー」とい
ったカヴァーで本領を発揮し、お得意のサンタナ「ブラック・マジック・ウーマン」で最高潮に達する。 ところが77年4月23日、立川市民会館のステージを収録した『ペドロ&カプリシャス スペシャル・ライブ』になると、高橋も声の伸びが段違いだし、バンドもオープニングの「ミスタ
ー マジシャン」から飛ばしまくる。高い演奏力とヴォーカルのアンサンブルがようやく合致して余裕すら感じさせる。特にいいのは「陽かげりの街」。「ジョニィへの伝言」は、どれだけラテン・アレンジを施しても♪2時間待ってたと…の部分にどうしても歌謡曲っぽさが残ってしまうが、この演奏にはそれがない。さらに「別れの朝」は先代ヴォーカル前野曜子の名唱の印象が強すぎて高橋はいつも遠慮気味だが、ここではそれをようやく払拭できたのではないか。不思議なもので「別れの朝」は前野が歌うとヨーロピアンだが、高橋が歌うとアメリカっぽいのだ。平山三紀が何を歌っても舞台が東京港区か渋谷区か横浜に聴こえるのと一緒で、高橋真梨子は何を歌ってもアメリカ映画のワンシーンが頭に浮かぶ。ジ
ョニィとかマリーという名称にリアリティを与えられる、稀有な声の持ち主なのだ。「あまり練習してないんで……」などというMCで始まる高橋のギター弾き語り「13番目の女」では、出だしを間違えてやり直す茶目っ気も。 この盤は2枚組で、1枚目は彼らのオリジナル、2
枚目はラテンのカヴァー集で、抜群の演奏を聴かせる。ことにメンバー紹介を掛け声とジョークでこなすサルサの定番「キターテ・トゥ」は完璧にその陽気なノリを体得していて、この時代の日本人バンドではかなり早いのではないか。ラテン・アレンジで聴かせる「八十日間世界一周」「ムーン・
リバー」「慕情」もカッコ良すぎ。ラスト2曲は75年の盤と同じなので、これが彼らの定番コースなのだろう。ラテンの乾いた伸びやかなサウンドには、高橋の湿気のない声がベスト・マッチなのだ。曲によってロック・ビートを加えたりと自由自在。ラテンはライヴで本領を発揮するのはもちろん、彼らの演奏にはコンテンポラリー感が強い。そして、彼らの歌を聴いていると陽光きらめく異国へと旅に出たくなる。西でも東でも。 (馬飼野元宏=「映画秘宝」編集部) ーーーーーーーーーーーー ●(上)『ペドロ&カプリシャス リサイタル75』。(下)『スペシャル・ライブ!』。ゲストに斉藤不二男(パーカッション)、伏見哲夫(トランペット)、トマト・ストリングスなど。
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