SEKAI NO HAJIMARI(前)
ジェイムス・テイラーの新作アルバム『ビフォー・ジス・ワールド』
1971年1月、新設のレコード会社、ワーナー・パイオニアから2枚のLPが発売された。品番は、P-8001WとP-8002R。末尾のアルファベットは、原盤レーベルがそれぞれワーナーとリプリーズであることを示している。少ない貯金で同時購入は無理。悩める中学2年生は、
まず8001番『スイート・ベイビー・ジェイムス』を買った。8002番『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』を後回しにした理由、「テル・ミー・ホワイ」と尋ねられても思い出せない。 70年代はじめの米国ロック、なかでもシンガー・ソングライター愛好者にとっ
て、ジェイムス・テイラー(JT)とニール・ヤングは甲乙つけ難い存在だった。やんちゃなヤングと端正なJT、対照的な個性で、ファンの人気を二分した。JTを聴かなければ、細野晴臣が「風をあつめて」を歌うことは無かったはず。日本のロックに与えた影響に関しては、JTに軍配が上がるかも知れない。それから40年余り経過したいま、当時と変わらず無鉄砲に我が道を往くヤングに対して、しばらく前から、JTは少し影が薄くなって来たようで心配していた。 そのJTが、久々の新作『ビフォー・ジス・ワールド』を発売した。オリジナル・アルバムとしては、2002年『オクトーバー・ロード』以来、13年ぶり。じつは、その翌年に出たベスト盤に、1曲だけ旧友ダニー・コーチマーがプロデ
ュースした新曲が収録されていた。同じく旧友のシンガー・ソングライター、ジョン・シェルドン作の「ビタースイート」。すごくいい曲で、その後の活動に期待が膨らんだが、クリスマス・ソングやライブ盤、カバー集など企画モノが続き、オリジナル・アルバムは出ない。コンスタントにアルバムを発売し、ツアーも回っているから、活動そのものは順調なのだが、やはり物足りなさは否めなかった。半ばあきらめかけていたオリジナルの新作、嬉しさもひとしおだ。 ジャケット写真の深緑の
色調は、72年のアルバム『ワン・マン・ドッグ』を連想させる。自ら歌っているように「深緑と青」は、JTお気に入りの色なのだろう。ところで、彼のアルバムで代表作といえば、シンガー・ソングライター時代の到来を告げた『スイート・ベイビー・ジェイムス』か、ナンバーワン・ヒット「きみの友だち」を含む『マッド・スライド・スリム』が双璧だが、個人的には『ワン・マン・ドッグ』を推したい。初来日を控え記念盤として発売されたこのアルバムは、JTとセクション、互いに脂の乗っていた両者が生み出した、シンガー・ソングライター屈指の傑作だ。 新作『ビフォー・ジス・ワールド』の基本的な録音は、マサチューセッツ州西部の町、ワシントンにあるJTの自宅スタジオで行わ
れた。これも『ワン・マン・ドッグ』と同じ制作手法。細野晴臣がソロ・デビュー作『HOSONO HOUSE』で手本にしたのは良く知られている。ワシントンは、JTの歌に出てくる、その昔お世話になった療養所の所在地「ストックブリッジ」にも近い。この辺り、冬場は雪に覆われる。都会の喧噪を離れ、豊かな自然に囲まれて、じっくりレコーディングに取り組んだ。ジミー・ジョンソン、スティーヴ・ガッド、マイケル・ランドウらの参加ミュージシャン、プロデューサーのデイヴ・オドネルは、ここ7〜8年、活動を共にしている仲間たち。スタジオ内には、あのピックガードの無いギブソンJー50も並んでいる。 (吉住公男=ラジオ番組制作)
自主制作マンガ界の旅はみちづれ
旅行にあんまり行かないせいか、たまに行った旅行の想い出が鮮明だ。一週間くらいの情報量があるのに、よくよく思い出すと1泊2日の旅行だったりする。まあ、旅行はいいですよ。日帰りの熱海と世界一周に差があるなら、それは旅行者の容量の話だ。 自主制作マンガ誌『ユースカ』(ジオラマブックス)は、マンガ好きならもはや名前を知らない人はいないんじゃないかという勢いで、最新4号も充実していた。
その「ユースカ」の前身にあたる「ジオラマ」から、メイン作家として執筆しているサヌキナオヤ、金子朝一の発案によるマンガ誌、『蓬莱(PONーRAI)』(2014年)をやっと読んだ。「漫画を描く場を広げるためにも趣味が近いもの同士で面白い本をつくりたい」という思いから創刊されたとのこと。そこで誘われたのが、かつしかけいた、石山さやか、というふたりのイラストレーター。 かつしかは、葛飾区の風
景画に絶妙な人の言葉をフキダシで加え、その場にあったはずの物語を想起させる、一枚マンガの新しいスタイルを見せる作家。個人誌『かつしかしか』(2012年〜)のほか、『東東』(2012年)という金子との合同誌も発行。今回の作品「2011年2月 大阪・門真・神戸」は、ストーリーマンガへの挑戦で、ホームグラウンドを離れた関西の町並みを父親と巡る様子が描かれている。明確に明かされないその目的を、節々から読み取り、味わう趣向。 石山は、風通しのよい素朴なイラストの根底に、マンガ的なものを色濃く感じる。実に、マンガを描くとなると、見事にマンガだ。作品「夜行列車」は、東京から秋田へ一人で向かう少女の心情描写。夜行列車の入口で、和装の添乗員に荷
物を預ける場面から幻想的なのだが、最後の最後までニュートラルな気分で読める。個人発行の『魅かれた猫』(2015年)、こちらは不思議なところが何も無い、まっすぐすぎる話なのに、どこか奇妙で、元々何かしらのフックを持ちあわせているのだろう。 今回、この作品集は「ロードムービー」を隠しテーマに置いたとのこと。タイトルは響きの良さ以外の意味はないらしいが、近所の中華料理店の名にも、仙界の地名にもとれる。行き先はどっちにしろ、いい旅行のような一冊だ。 (足立守正=マンガ愛好家) ーーーーーーーーーーーー ●『蓬莱』第1号(2014年11月21日初版発行)。取り扱い店舗他詳細に関しては公式サイトを参照のこと。 pon-rai.tumblr.com
夏の白菜鍋
今でも繰り返し何度も読むマンガの一つに柳沢きみおの「大市民」シリーズがある。1990年にアクションピザッツ誌に連載されてから、「大市民Ⅱ」「THE大市民」「大市民日記」等とタイトルを変えながらも、2013年まで断続して掲載された。小説家・山形鐘一郎(=柳沢きみお)の生活信条や日常が描かれているが、ある種目標とすべき中高年の生き方の指南書としても、随分参考にさ
せてもらった。 中でも、彼の食に対するコダワリは徹底している。と言っても、金に糸目をつけないグルメではなく、逆にお金をかけずに一工夫する事で、非常に美味い物が食えると言う話だ。 その中の一つに「白菜鍋」がある。シリーズが変わっても毎回この鍋は出てくるので、筆者もかなりお気に入りのようだ。私も、家人が留守で何も作る気がおきない時でもこの鍋は簡単に
出来るので、何度もお世話になった。つまり、手間がかからず、しかも毎日食べても飽きのこない料理なのだ。 作り方はいたって簡単で、鍋にコップ一杯の水を入れ、あとは白菜と豚バラ肉を交互にのせて、あとは煮るだけ。煮立ってきたら、塩と日本酒少々。切った長ネギと大根おろしをたっぷり用意し、ポン酢で一気に食べる。暑い夏でも、これが食欲増進剤となる。大根おろしをもみじおろしに変えても、なお美味し。 「孤独のグルメ」で、遂にB級グルメ評論家としての地位を確立してしまった久住昌之の「ひとり飲み飯 肴かな」を読んでいたら、丁度、同じような鍋が出てきた。毎晩食べても飽きないので、彼は「常夜鍋」と呼んでいるそうだが、これが、上記の「白菜鍋」をキ
ャベツに変えた鍋。確かに、キャベツはもつ鍋でも、肉との相性の良さは実証済みで、美味しくない訳がない。締めに軽く、うどんを投入というのも、新たな展開として良い。う~ん、早速食べたくなってきた。 毎回食べても飽きない物。実は、こういったシンプルな家庭料理がそうなのかもしれません。さんまと大根おろし。豆腐にかつお節と醤油とショウガ。玉ねぎの入った熱いみそ汁。それに納豆でもあれば、実際、飽きずに毎日でも食べる事が出来る。そして、暑いときには、熱いものをダラダラ汗を流しながら、食する。それが、夏バテしない秘訣かと思う。そろそろ夏本番。是非、「白菜鍋」を御賞味を! (星 健一=会社員)
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