





ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの独占インタビュー動画、後半です。「奇跡のセカンド」と評された40年振りの再結成セカンド・アルバム『フル・サークル』の制作逸話、そして今秋発売されるサード・アルバム『マイ・ハート・イズ・ホーム』について語っています。また、ジャズに根ざした彼らの音楽的ルーツや「ロジャーの作品で一番好きな曲」といった興味深い話題も語っています。余談ですが、日本から送られた質問状をロジャーが代読し、皆が答える、というインタビューとなったため、ロジャーが司会進行役を兼ねる形になっています。アルバムに収められた美しいハーモニー同様、ここでも息の合った3人のやりとりをお楽しみ下さい。 (文・編集部)
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評価が本国と日本で著しく違っている50年代から70年代にかけて活躍したアメリカの作曲家の筆頭にあがるのはロジャー・ニコルスだろう。とはいえ、アメリカでの評価が低いのではなく、むしろ日本でのものが突出して高いぶん故の違いだろう。アメリカでは常に僚友ポール・ウィリアムスとセットになって、かつほ
とんどの場合カーペンターズが語られるときに登場する程度だが、日本では何度となく雑誌で取り上げられ、作品を集めたCDがリリースされるほど人気は高い。 70年代から80年代にかけて、リーバー&ストーラー、バート・バカラック、キャロル・キング、バリー・マン、エリー・グリーンウィッチ、といった作家群が日
本のポップス愛好家によって研究の対象になったが、ニコルスは68年発表の自らのアルバム『ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークルズ・オブ・フレンズ』が87年日本において初めてCD化されるまで一部の強力なマニアに知られるのみだった。それまでニコルス自身のレコードは日本ではLPはおろかシングルも発売になっていない。作家としてクローズアップされた事もなく、すべてこのアルバムが世に出て20年後、溜まっていた水が一気に溢れ出るような勢いでSCOF及びニコルスの作品が脚光を浴びた。自身のアルバムが1枚、作品の数もそれほど多くはないにもかかわらず多くのポップス少年、少女を魅了した。 最新アルバム『マイ・ハート・イズ・ホーム』が届いた。相変わらずのニコル

ス節が堪能できる作品群は素晴らしい。曲そのものがいい事が何よりだ。これだけの曲を書ける作家が何年も一線で活躍しなかったことを不思議に思う。かえって浪費されなかったことがいまでも魅力的な曲を作り出せる背景にあるのかもしれない。 何年かぶりにこの3人のブレンドされたハーモニー
を聞いてみると、他では決して味わえないSCOF最大の魅力がこの綿菓子のようにフワフワしながらも一つになっている「魔法のかたまり」であることが改めてわかる。ジェントルというのはこのようなものを形容するときに使うべきなのだろう。 その昔ネスカフェのCMソングとして書かれた「ワン・ワールド・オブ・ユー・アンド・ミー」の透明感と力強さ両面を備えたコーラスは彼らの真骨頂である。名曲「ラヴ・ソー・ファイン」でおなじみの紅一点メリンダの声は相変わらず愛らしく魅力的でサウンドに華を添えている。スウィンギーな「ムーン・イズ・レッド」は、彼らの本格的な4ビートにのったジャズ的コーラス・ワークをさらに聞いてみたくなる。 ハート・ウォーミングで

イノセントな唯一無二のハーモニー、絶滅危惧種というべき珠玉のミドル・オブ・ザ・ロードがデビュー後45年たっても新録音で聞ける事に深く感謝したい。きっと21世紀の少年少女を魅了するだろう。 ︵宮治淳一=音楽資料館『ブランディン』管理人︶ ーーーーーーーーーーーー ●ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ「マイ・ハート・イズ・ホーム」発売・ビクターエンターテインメント/11月28日発売/紙ジャケット仕様/高音質K2HD+HQCD盤

――本日は、ここ10年間に雑誌に寄稿した原稿やライナーノーツの文章などを集めた本「なんとかと なんとかがいた なんとかズ」(プレスポップ)を出版される、ロック漫筆家、安田謙一さんにお話をお聞きいたします。まず最初に、なぜ、今、こういう本を出そうと思われたのですか? 安田 パッケージメディアがいつ無くなってもおかしくないような状況の中、パッケージ流通が健全なうち
にこういう形で「ベスト」というものを出しておかなければならないんじゃという一種の危機感、切迫感があったんです。 ――それって、まんま山下達郎が『OPUS』に寄せたインタビュー発言じゃないですか? 安田 ええ、そうです。まんまです。 ――表紙を坂本慎太郎さんが手がけてらっしゃいますね。 安田 ゆらゆら帝国の、今

にして思えば、最後のツアーで大阪に来られた時に楽屋で「次の本の表紙を描いてください」とお願いしたのを律儀に覚えていてくださいました。 ――図案は安田さんからのリクエストですか? 安田 いえ。書名だけ伝えて、それに対する完璧な坂本さんのリアクションです。表紙だけの為に買っても損はない、と思います。文章は模様だと思ってください。 ――ペーパーバックで軽い
ですが、464頁というヴォリュームは凄いですね。 安田 世にはびこる断捨離ムードに立ち向かっています。 ――この10年は安田さんにとってどんな時代でしたか? 安田 ちょうど前の仕事を辞めて、フリーになって、ロック漫筆家と名乗って文章を書いた時期です。おっ、これで食えるんだ、と思った時代を経て、やっぱり食えんわな、と気づかされる、
そんな10年でした。 ――一冊目の「ピントがボケる音」(国書刊行会)と一番の違いは。 安田 今回は原稿をすべて自分でチョイスしました。短いものを含めて、全部で3000ほど書きましたが、そのうちの、最初は1000に絞って、さらに300強という数に落ち着きました。 ――本になったものを読んで、どんな感想をお持ちですか? 安田 よく(世に)出たな、という気持ちもありますが、いつも、こういう風にまとめよう、と思ってもいました。この時勢、いろんな意味で特殊な本だと思いますが、こういうモノが好きな人は責任を持って買ってください。よろしくお願いいたします。 (インタビュー構成=週刊 不老不死編集部)
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今週と来週の2週にわけて、今秋待望の新作を発表するロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの独占インタビュー動画を公開します。これまで彼らは歌う姿のみならず、動く場面すら見る機会のなかった伝説のアーティストでしたが、新作『マイ・ハート・イズ・ホーム』のトレイラー動画後半で挿入されたほんの数十秒のレコーディング風景の動画に感動した、というコメントも寄せられており、ファンにとっては必見のインタビュー動画となるでしょう。パート1では結成のいきさつや、60年代のA&M時代を彼らが回想している他、ビートルズやビーチ・ボーイズへの想いも語っている、というとても貴重な動画です。お楽しみいただければ幸いです。 (文・編集部)
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小西康陽氏のプロデュースによる八代亜紀『夜のアルバム』のリリースにちなんで、名門・ブルーノート東京でのライヴが実現した。深い時間のセカンド・ステージを拝見させていただいたのは、少しでも昔のナイトクラブに近い雰囲気を満喫したかったからだ。 『夜のアルバム』は初の
本格的ジャズ・アルバムというふれ込みながら、歌謡曲好きな人間も大いに満足させてくれるアルバムである。そもそも、デビュー以来ずっと演歌街道を邁進してきた八代亜紀に通り一遍なジャズを要求するのはお門違いであろう。歌謡曲の表現力では右に出る者がいない彼女ならではの個性的
な解釈によるジャズナンバーを楽しむのが筋というもの。最近では特に古い歌謡曲に傾倒していると聞く小西氏にプロデュースを依頼したのは、実に幸福な邂逅と思えてならない。 かつて歌謡曲とジャズが親密だった佳き時代があった。歌謡界で名を馳せたフランク永井も青江三奈も出自はジャズシンガーである。もっともラテンやハワイアンなどのポピュラー音楽をひっくるめてジャズと呼んでいた時代もあったわけだが。いずれにせよ、ムード歌謡は歌謡曲のフィールドの中でも、特に洋楽と密接な結びつきを持つジャンルであることはたしか。レコードデビュー以前はナイトクラブで歌っていたという八代の今回のアルバムは必然の帰結といえよう。 今回、生粋の八代ファンのみならず、ステージへの

期待を高めていた向きは少なくなかった筈だ。場所柄客層は年齢高めだが、クラバーとおぼしき若いカップルなどもチラホラ。「サマータイム」「枯葉」といったスタンダードはその頃の面影を偲ばせる貫禄を感じさせ、さらに「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」などのオリジナル歌謡に至ると、俄然輝きを増したように見えた。アルバムにない曲では、浜口庫之助の傑作中の傑作「花と小父さん」を聴けたのも収
穫だった。本人が好きだという「別離」はオリジナルのミーナとはまた違う色気に溢れ、客席の反応も熱かったように思う。 八代のコンサートは過去に何度も観ているが、人懐っこく、どこか天然っぽいトークが魅力。当夜の進行もいつもと全く変わりなく、マイペースで客を湧かせていた。途中何度も「コニシさん」と客席にいたプロデューサーに呼びかけてリスペクトを表していたのが印象的だった。ジャズも歌謡

曲も分け隔てなく歌うサービス満点のステージに、彼女の人気の一端を垣間見た気がする。アンコールでは「舟唄」のファンキーなアレンジも披露して拍手喝采。この日ばかりは、ブルーノート東京が赤坂ミカドと化し(最大の賛辞)素敵な一夜を満喫させてもらった。「虹の彼方に」を心の中で口ずさみつつ、幸せな気分で家路についたのだった。 (鈴木啓之=アーカイヴァー)Photo:Yuka Yamaji 協力:ブルーノート東京
| ジュディ・オングさんといえば、昭和43年生まれの自分にとっては、「魅せられて」でレコード大賞を受賞したときの印象が幼心に深く刻まれていて、当時のキラキラしたTVの歌番組の世界にドキドキさせられた、まさに憧れの象徴的存在でした。 そんなジュディさんとアルバムを作るにあたり、先輩諸氏のサポートを受けながら、たどりついたコンセプトは「昭和を代表する歌謡曲カヴァーアルバム」でした。プロデューサーの草野浩二さんとレコード会社側で選曲候補を出して、ジュディさんにその中から選 |
んでもらう形で作業を進めていきました。そして選ばれた10曲は、まさに名曲の数々。しかも結果的に失恋、悲恋ソングばかり。 彼女自身のせつない恋の想い出を重ね合わせた曲や、女優的なアプローチでスト-リーに身を置きながら歌い上げた曲もあるのですが、 失恋、悲恋ソングは、どこか前向きなパワーをもらえる応援歌のようにも聞こえてきます。 同世代からすると「美しくも悲しい想い出」、若い世代からすると「素敵な大人の恋のきらめき」が、オリジナルアーティストとはまた違うジュディさんならではの味わいがあります。そして導き出されたタイトルは「LAST LOVE SONGS~人には言えない恋がある~」。 今まさに各方面へプロモーション中ですが、聞かせ

る度に、各世代ひっかかる曲こそ違えど、自分の恋の想い出と重ね合わせ、「長く愛聴したくなるアルバム」と。ご好評いただいております。 是非よろしくお願いします。 (黒岩利之=レコード会社A&R) ーーーーーーーーーーーー ●ジュディ・オング『LAST LOVE SONGS~人には言えない恋がある~』2012年12月12日発売/ワーナーミュージック・ジャパン/[CD]WPCL 11528/税込定価:3150円
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ミニコミやフリーペーパーって増えましたよね。就職情報やクーポン、コミック等まで、街中を歩いているとそこいら中に置いてある。そんな中で、個人的によく手に取るのは、タウン誌系のフリーペーパー。ヘタな雑誌よりよっぽど面白く、デザイン的にもクオリティの高いものも多い。東京メトロ各駅で配布している「メトロミニッツ」や、新宿~四谷界隈の「JG」、谷根千の「やねせんおしょ
くじ」(これは有料)などは、デザイン良さと連載記事の好みで毎号目を通している。グルメ情報をチェックする事も多いが、なによりもその街のタイムリーなスポット情報に素早く触れられるのが有難い。 しかし、いつも思うのだが、メトロ系を除き、これ等のタウン誌は不便な点がある。その地域に行かなければ入手出来ないという事だ。それが東京以外のタウン誌となると、さらにハー
ドルが高くなる。地方であれば簡単には行けない訳で、都内の配布店で入手するのだが、限られた場所・部数ということもあり、軒並み読めない号が出てしまう。それに不定期刊だと、パーフェクトに集めるのがもはや無理。そんな状況なので、地方から直接、取り寄せている情報誌がある。それが『雲のうえ』である。 この『雲のうえ』は北九州市が発行しているタウン誌。同誌とは、昨年、ある古書店にて出会った。スナックやバーが入居している雑居ビルのネオンサインが表紙になっている「夜のまち」特集号。この表紙が気になって手に取ったのだが、すぐさまその内容の面白さに魅かれてしまった。その号は小倉、門司、若松、折尾という北九州市の四つの地域のナイトスポットの紹介である。スナック、バー、

割烹等の店をいわゆるグルメ情報の羅列ではなく、非常に読みやすいエッセイの中で紹介している。そして、セピア風味の写真と手書き文字のデザインがノスタルジックな雰囲気を醸し出し、何故だか郷愁の念にかられるのだ。これは地方タウン誌の域を超えていると思っていたら、やはり、『ku:nel』等で制作していたスタッフが編集に参加しているとのこと。また、写真は平松洋子氏のエッセイなどでもおなじみの齋藤圭吾氏であった。これ以前の号も読みたくなり、入手可
能な号を全て取り寄せた。 この雑誌に出会ってから、実は、まだ北九州には行っていない。過去に小倉を訪れた事はあるのだが、改めてこの本をガイドに、その街と新たな出会いをしてみたい。そういえば、最近知ったのだが、北九州市は観光客誘致の取り組みを推進し、その一環として『雲のうえ』を制作しているとのこと。嗚呼、私はその術中に完全にハマッタということですね。しかし、こういう術なら、何度でも陥りたいものである。 (星 健一=会社員)『雲のうえ』最新刊第15号は「北九州市に暮らすひとの特集」。北九州市による公式HPはこちら。

いつの時代も夭逝した芸術家には様々な逸話が残されるもの。「フランスが生んだ最高のジャズ・ピアニスト」と呼ばれるミシェル・ペトルチアーニも、そんな一人と言えるでしょう。1962年12月28日、ミシェルは先天性骨形成不全症という障害を持ち、全身の骨が折れた状態で生まれました。「骨は脆くすぐ折れてしまう」、「身長は1メートルたらず」、「誰かに抱えてもらわなくては歩く
こともできない」など、多くのハンデを持ちながら4歳からピアノを始め、18歳で初リーダー作「MICHEL PETRUCCIANI」(仏OWL)を発表、85年、フランス人ミュージシャンとして初めて米ブルーノートと契約、一躍「天才ピアニスト」としてその名を世界中に知らしめます。その後フランスとアメリカを拠点に活躍、94年フランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与されるも、
99年1月6日、真冬のニューヨークで肺感染症のため36歳で逝去。現在、そんなミシェル・ペトルチアーニの人生を追ったドキュメンタリー映画「情熱のピアニズム」が公開中です。監督は「イル・ポスティーノ」で知られるマイケル・ラドフォード。生前に撮影された映像を中心に親族、元妻、共演したミュージシャン、プロデューサー、マネージャーなどへのインタビューで構成されています。この映画によって初めて明かされるその人生は、一言で表すと「破天荒」。2度の結婚と離婚、複数の愛人、ドラッグ、下ネタトーク連発、年間200日以上のツアー、骨折しながらのライブなど、まるでTGV(フランスの超特急)のように人生を駆け抜けていきます。「重い障害を持つ若き天才ピアニスト」というと、どこか聖
| 人で探求者というイメージがありそうですが、とんでもなく裏切られます。ただ観終わって思う事は、「音楽の持つ力」です。多くの障害を持つミシェルは、ピアノを弾くことによって「人として感じることのできる自由」を思う存分体験していたのでしょう。だか ら彼のピアノの音は常に明るく力強く、生きる喜びに溢れています。映画の中のミシェルの言葉「長くは生きられない。だから時間がないんだ」。限りある人生なら1日でも多くピアノを弾き、自由を感じたいと思う気持ちが、あのサウンドを生み出していたのでしょ う。音楽の神は本当に努力した者には素敵なギフトをくれるようです。あぁ、楽器が弾けるって本当に素晴らしい! ミシェルは現在、パリ東部、ペール・ラシェーズ墓地にあるショパンの隣で眠っています。 (土屋光弘=ラジオ番組制作者) |
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ロジャーからのメッセージ第二弾はアルバム録音中のスタジオにて収録した。今回はマレイとメリンダを交えたSCOF三人揃っての登場だ。 冒頭の歌声を聴いてお判りの通り、今回彼らはカーペンターズの歌唱でお馴染み「愛のプレリュード」をカヴァーしている。そもそも前作「フル・サークル」完成後に筆者が最初にロジャーにリクエストしたのが、次のアルバムでは是非この曲を録音して欲しい、ということだった。次いで、デモ録音のみで公式に録音されることなく終わった「サムシング・フロム・パラダイス」。この曲を収めたアセテート盤を90年代半ばに手に入れるやすぐさまロジャーにコピーを送って確認したところ、なんと歌っているのはSCOFの三人であることが判明。しかも
「すっかり忘れていたけど、ひょっとするとこれは僕らが一番最初に録音したデモかも知れない」とのことだった。「フル・サークル」制作時に録音候補曲にリストアップしていたが、結局は選から漏れ、この度ようやく録音する運びとなった。過去に「てりとりぃ」同人の宮治淳一さんが店主を務めるお店〈ブランディン〉のイベントや、筆者がパーソナリティを務める番組で紹介したことがあるが、さほど知られていない曲だと思う。 そのほか新曲もたっぷり取り揃えた全12曲を収録の予定(当初もう1曲録音を予定していたが、歌詞の手直しが間に合わず、今回は収録を見送った)。なお動画はこの先も随時アップするので、ご期待のほど。 ︵濱田高志=アンソロジスト︶

今週より四週に渡って今年傘寿を迎えた映画音楽界の巨匠ミシェル・ルグランを特集する。 「月刊てりとりぃ」同様、「週刊てりとりぃ」ではこれまで音楽ネタを中心に雑多なテーマで記事を紹介してきたが、たまには特別編成を組むのも良いだろう。毎月とはいかないが、今後も時おり特定の事柄をテーマに特集を組んでいこうと思っている。ちなみに十一
月はロジャー・ニコルス特集を組む予定だ。 さて、今回の特集では、「てりとりぃ」同人のなかからルグラン好きを自認する方を中心に毎週三人の寄稿を紹介してゆく。一週目となる今週は、ルグランとは公私ともに付き合いのある村井邦彦さん、そして「月刊」でお馴染み森遊机さん、麻生雅人さんの随筆を掲載する。 (文=編集部)

ミシェル・ルグランの音楽の魅力は、クラシック音楽とジャズ、そしてフランスのポピュラー音楽が渾然一体となったところにある。流麗なメロディと色彩り鮮やかなハーモニーがしばしば起こる転調によって異なった表情を表す。 僕が一番聴き込んだルグランのレコードは「ミシェル・ルグラン シャンテ」と「ロシュフォールの恋人たち オーケストラ・ヴァージョン」の2枚のLPで、共にフランスのフィリップ

スレコードから60年代に発売になった。前者はルグランの歌のアルバムで、ナナ・ムスクーリとのデュエットが中に数曲入っている。後者は映画の中の曲を新たにオーケストラ用に編曲し直したものだ。 歌のほうのアルバムの中に「リラのワルツ」というルグランのごく初期のヒットソングが入っている。ルグランの声は個性的で好きな人も嫌いな人もいるが、僕は大好きだ。同じメロディが転調によって表情を変
楽団という、当時としては異例、破格の豪華さである。海外の大物コンポーザーが邦画の音楽を手がけた例としては、ニーノ・ロータの『陽は沈み 陽は昇る』、モーリス・ジャール『首都消失』『落陽』、フランシス・レイ『ラッコ物語』などがあるが、われらがルグランにはもう一本、『ベルサイユのばら』(79年)もある。『火の鳥』では、作曲依頼にあたってスタッフが、物語の仏訳と阿蘇山の写真をフランスに送ったそうだ。 さて、そうして出来た『火の鳥』のテーマ曲。壮麗でスケール感もあり、本当に素晴らしい。4/4拍子の主旋律をベースに、ストリングスが細かいリズムを刻み、変調に変調が重なる……という複雑な構造の曲なのだが、おおらかでスローなメロディと、緊迫し

た速いテンポの助奏が交互に掛け合い高まっていくアレンジの妙を、文字で書くのはむずかしい。 公開当時、村井氏のお膝元のアルファから出たサントラLPでは、A面全部が一つの組曲になっており、映画では、オーニングタイトルに組曲の中盤の部分を使い、全編の要所要所にスコアを散りばめていた。市川作品のトレードマークである鍵の手状にレイアウトされた巨大明朝体のタイトルに、緑の草原の映像が細かくカットインし、ルグランの曲が高鳴ると、その流麗な美しさに恍惚とした気
分になる。 ところが残念なことに、同作品のサントラはCD化されておらず、映画本編にいたっては、DVDはおろか、一度もビデオが出ていない。未来永劫ありえないと諦めていた『黒部の太陽』DVD化の報を聞くにつけ、ああ、これで『火の鳥』は未ソフト化超大作として、邦画最後の秘宝になってしまったなあ……とため息が出る。 実は、同映画のソフト化は、(仕事人としての)わが永年の悲願なのである。それは、筆者が市川崑監督の研究をライフワークにしているという理由のほか、ビデオ会社在籍中に『日本万国博』『超高層のあけぼの』といった幻の超大作邦画の発掘ソフト化を行ってきたこともあり、大好きな『火の鳥』もぜひ!と、数年前から調査や交渉をコツ

出す、たぶんこのレコード以外で世界中のどこでも聴けないヴォーカリーズが、ピアノの饒舌な掛け合いを繰り広げるバーデン・パウエル&ヴィニシウス・ヂ・モライスの「カント・ヂ・オサーニャ~ビリンバウ」。バロック調で始まりながら格調はそのままにスウィング・ジャズ~ラテン・タッチに転じるミシェルの「アムール・アムール」。 ミシェル・ルグランと、ペドロ・パウロ・カストロ
・ネヴィスによる85年のサンパウロ録音作品は、異なる音楽同士の、とても素敵で美しく、豊かな邂逅を記録した、レコード冥利に尽きるレコードだ。プロデュースとアレンジはミシェル自ら手がけている。 ペドロ(通称ペペー)は、合衆国に渡り活躍しているオスカー・カストロ・ネヴィスの兄弟で、本作以外にも、79年に「コラサォン・ヴーガー」というリーダー作があるが、表舞台よりも、
エギベルト・ジスモンチのバックヴォーカルなど、裏方の仕事で知られるヴォーカリストだ。ペペーはジスモンチを介してクリスチャンヌと知り合いミシェルと出会ったのかもしれない。本作の表題「カント・ヘトラト」は、収録されているジスモンチの曲名でもある。また、本作を発売したポインテールというレーベルが、ヴォーカリーズの得意なフィロー・マシャードのホームグラウンド的レーベル、というのも気になる。後にフィローも、ミシェルと共演している。 だからミシェルとペペーは、本当は行きずりの関係などではないのだろう。その後の二人の交流に関してはしらないけれど、フェイスブックをみると、リオ生まれのペペーは、今はフランスに住んでいるようだ。 (麻生雅人=文筆業)
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ある時期、東京の中央線沿線にひときわ愛着を持っていて、そこから離れられない時期が長らくあった。「なんでそんなに愛着があるの?」と聞かれても上手く応えることは出来なかったのだけれど、質問者から「中央線沿線の街ってさあ、なんだかあの地面がヌルっとしたカンジ、床が濡れてるカンジが嫌いなんだよ」と言われたことがあり、あ、なるほど確かに、と自分でも膝を叩き強烈に納得した
ことがあった。 世界都市・東京のイメージとはかけ離れた、もうひとつの現実。『セーラー服と機関銃』や『ハイティーン・ブギ』といったカラリとドライな空気で賑わう82年の日本映画シーンの裏で、石井聰亙が制作・公開した『爆裂都市』にはその「ヌルっとした」もうひとつの現実が、ジメジメと描かれていた。つい先日も、ある人に「『爆裂都市』は日本映画史上最低の映画だ」と
指摘され、言った彼も言われた当方もお互いニヤリ、なんてこともあった。この場合の「史上最低の」は、褒め言葉だ、とお互い判っていたからだ。 今年の4月に発売された『鮮烈!アナーキー日本映画史1959〜1979』の姉妹編という位置づけになる、『爆裂!アナーキー日本映画史1980〜2011』が映画秘宝EX最新刊として発売された。前作の表紙を飾った加賀まりこの美しさも、もっともっと(世界的に)語られるべきだとは思うが、今回の『爆裂!』の表紙はセーラー服の満島ひかり(Folder5)が中指をおっ立てる至高のショット。オンナノコはいつも戦いを求めている、と言ったのが誰だったかすっかり忘れてしまったが、男性が口にする場合の「狂気」という言葉がいつ
も薄汚れた我欲マミレの概念だ、ということを強烈に思い知らされる。 タイトル通り、今回は80年代から現在までの公開作品の中から、「評価はB級、でもココロザシはA級」とも思えるカルトムービーを123本厳選して紹介。日本映画の表の歴史が興行収入ばかりで語られる機会が多いのとは対照的に、本書で紹介される日本映画の「裏歴史」は、「どこまでも走る」という無謀な制作者の野心ばかりがサンプリングされた、まさにアナーキーな「日本映画の本質」の一部だ。 アウトローとは、ルールを破るからアウトローなのではなくて、どう見られようと/どう思われようともそれしかできない、という宿命をすべて背負う覚悟がある人を指すのだ。 (大久達朗=デザイナー)公式HPは http://www.yosensha.co.jp/book/b103316.html 。
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