筆者が監修を手掛ける〈TVエイジ〉シリーズが、先頃発売された『ONアソシエイツCMワークス〜プロデューサーズ・チョイス3』で、五十作を数えることになった。 同シリーズは作曲家山下毅雄の追悼盤『ヤマタケ・フォーエバー』(○六年三月発売)を振り出しに、歌手〝のこいのこ〟の歌唱集『のこいのこ大全』(同年六月︶、作曲家桜井順のCM作品を集めた『桜井順C
M WORKS』(○七年十二月︶、清酒の販促用に制作された楽曲を集めた『お酒の唄〜日本酒コマソン大全』(一○年一月)など番組主題歌や劇音楽、CMソングといった、主にブラウン管から流れてきた音楽を、未音盤化・未CD化曲を中心に、作曲家や歌い手、番組といった括りで編んだ作品集である。 発売メーカーはビクター、ソニー、EMI、コロムビア、キング、ユニバーサル、
ウルトラヴァイヴなど複数社にまたがり、形式も二枚組やボックスセットなど作品に応じて様々だ。シリーズのスタート当初より、音楽誌「レコード・コレクターズ」の連載「ブラウン管の向こうの音楽職人たち」と連動して、ブックレットに収めきれない証言や資料を補完し合っており、なかには連載での取材を機にCD企画が実現したタイトルもある。 ちなみに今年発売したのは6タイトル。『悟空の大冒険』(○一年二月)のように、数年越しでようやく形になったタイトルも含まれていて、アーティストはもとより、各社の担当ディレクター諸氏や音源制作会社の理解なしには成立し得ないシリーズでもある。 さて、ここで来年のラインナップを紹介すると、現段階で決まっているのが、
| 二月に発売される『ABCホームソング大全』(二枚組)と『違いがわかる男のCMソング〜NESCAFE CMソング・コレクション』、そして三月発売の『宇野誠一郎作品集/劇団飛行船の音楽』の三タイトル。いずれも収録曲の大半が初音盤化曲で、『ABC』と『劇団飛行船』はウルト ラヴァイヴから、『NESCAFE』がキングレコードから発売される。 この先何タイトル形に出来るか判らないが、せめてあと二十タイトルは形にしたいと考えている。果たして実現出来るかどうか。気長にお付き合いのほど。 ︵濱田高志=アンソロジスト︶ |
映画祭の役割
東京フィルメックス(十一月十九日〜二十七日開催)で、イラン映画が2本、上映された。ジャファール・パナヒ、モジタバ・ミルタマスブの2名の監督による共同作品『これは映画ではない』と、モハマド・ラスロフ監督の『グッドバイ』。共に、貴重な上映だった。現政権に対する抗議運動に賛同しているパナヒ監督は「六年間の懲役、二十年間の映画製作禁止、国外出国禁止、マスコミとの接触禁止」という刑が確定(現在
は自宅軟禁状態の模様)。ミルタマスブ監督は9月に拘束されたという。ラスロフ監督にも懲役1年の判決が下っているそうだ。 『グッドバイ』(写真右上)は今年のカンヌ映画祭〝ある視点〟部門で監督賞を受賞しているが、映画は国内でゲリラ撮影され、監督は作品をUSBメモリーに保存、お菓子の箱に入れて映画祭に送られたのだそうだ。小規模な作品ながら、目をそらさせない、静かな力強さを放っていて、百四分の上演時間があっという間だった。 『これは映画ではない』(写真左下)は上記判決の一審係争中、パナヒ監督が、その状況下にある自身を、盟友でもあるモジタバ・ミルタマスブ監督に映像に収めてもらう、という異色ドキュメンタリー作品。軟禁状態のため、舞台はパナヒ
監督の自宅マンションだけ。しかし、とても映画的なのは流石としかいいようがない。劇中、撮影許可が下りなかった映画の内容を、自室を撮影セットに見立てて身振り手振りを交えてパナフ監督が語りながら再現しようとする場面がある。撮れなかった映画の輪郭が次第に浮かび上がってゆく中、突如、パナフ監督が再現をやめてつぶやく。「こんなのは映画じゃない」。監督
は語る。過去の自分の映画を、映画たらしめた様々ことについて。共同作業の中で起こるあらゆることが重なり合って、映画は映画となる。偶然を起こす魔法も、映画を撮っているからこそ起きる。だから映画なのだと。 映画製作を禁止されている立場ゆえにアイロニックに『これは映画ではない』と名づけられたというこの作品の中で映画を語るパナフ監督の姿から、伝えたい、表現したいという切なる思いがはじけ、ほとばしる。 今、日本の大手メディアは、多くのことを伝えず、あるいは、曲げて伝えている。イラン映画の現状も、今回の映画祭がなければ、深く知ることはなかっただろう。東京フィルメックスは、国際映画祭の役割を実感させてくれる映画祭だ。 ︵麻生雅人=モノ書き︶
てりとりぃアーカイヴ(初出:月刊てりとりぃ#12 平成23年2月26日号)
話の横道
半世紀近い昔、友人の横尾忠則や和田誠がNHKの「みんなのうた」という番組の映像を作っている話をよくしていて、そんなことが多かったせいで、ぼくは後藤田さんという担当ディレクターの名前を記憶してしまうほどであった。 たまに、その後の他の作者による「みんなのうた」
をテレビで観ることがあると、あ、これが横尾ちゃんがやったことがあるあの番組なのかと軽い感慨で眺めていた。昨年の9月、松坂さんというNHKのディレクターから「みんなのうた」をやってみないかという電話があった。ぼくは、もちろん即決でこの仕事を引き受けた。
ぼくの仕事場を訪れた彼女はファッションセンスの良い美人だった。彼女の好感度のせいで、ぼくは二日ほどで絵コンテ構成案を描いた。 二度目の打ち合せで一緒だったパンクっぽいカットソーを着た岡野さんという男性はコンピュータ作業も含めたディレクションをやってくれるという。 たまたまその頃ぼくが構成と美術をやっていた「星の王子さま」という、人形も登場する舞台に二人を招待した。その結果、「みんなのうた」は立体の人形でやろうという方向になった。我々側のスタッフは、いつもぼくの演劇美術のとき、デリケートなフォローをしてくれる、助手の野村直子と〈ルナティコ〉の大川妙子と染野弘考が人形操作をやることになった。NHKの特撮室の中、CGの発達
した現代はあまり使用されなくなった四層のパースペクティブを映し込めるアニメ台が二台もある部屋の奥の三〇坪ほどのスタジオに、ぼくや野村直子の立体造形物を運び込み、撮影は開始された。初めての操作構造の人形を、ブルーバックの前でいかに魅力的に撮るかという、とにかく切迫した時間の中での高揚した精神状態の三日間が終って、ひとまずほっとしている。このあとは岡野さんと熱田さんのコンビによるコンピュータ合成と、編集される映像を見せてもらう最大の楽しみが残っているだけだ。 PS スタジオでは豪華な照明器具と最新のカメラや、アニメ台のマルチカメラのメカなどを駆使し撮影を完了していただいた宇賀神さんと中村さんに感謝である。 ︵宇野亜喜良=イラストレーター︶