最高視聴率がなんと五○・五パーセントというのだがら、ただ驚くしかない。昭和を代表する人気バラエティ番組『8時だョ!全員集合』のDVDボックス第五弾が、来る二月十五日に発売されることになった。今回の目玉は、収録コント全二十七本の半数を占める、主演のドリフターズとゲスト歌手の共演コント。なかでも沢田研二とキャンディーズは、ドリフと互角に渡
り合う活躍を見せてくれる。 番組が終わって二十六年。だが昔の作品とあなどるなかれ。破壊的なオチに向かって笑いが加速するコント、見たいときに必ず飛び出すお約束のギャグは、いわば「コメディの教科書」。最近のテレビ番組では見かけない、お笑いの基本である。 ドリフ流コメディは、鉄壁のチームワークから生まれる、叩いたり転んだりするスラップスティックが最
大の特長。セリフではなく動きから発せられる笑いは、子供にもわかりやすく、その単純さは長い時を経ても色あせない。また番組は毎週、各地の公会堂から生中継されたが、本番中にコントの段取りが狂うのは日常茶飯事。その失敗を、ドリフがどう笑いに変えるかも見どころである。 全八○三回放送された『全員集合』には、二つの原動力があった。ひとつは、もちろんドリフの五人。今ひとつは百名ほどいた制作スタッフである。この番組には、天井からタライが落ちてドリフの頭に激突するといった、小道具や仕掛けを使ったギャグが多い。演者のドリフと、セットの裏側に隠れたスタッフ。両者はぴたりと息を合わせて、次々にくり出されるギャグを毎回、成功させた。その見事な連係プレイは、残さ
| れた映像を観ても圧倒されてしまう。 光栄にも、今回のDVDボックスに封入された「コント解説」を書かせて頂い た。番組の制作秘話が山盛りなので、収録コントを観ながら読んで頂くと、面白さが増すはずである。 ︵加藤義彦=文筆家︶ |
玉木宏樹氏 逝去に愕然
いや、参った。去年八月に電話した時は、少し体調悪そうだったけれど、それから半年も経たない内に、こんなツイッターを読まされようとは。 「私は一月八日午後七時四十分肝不全にて永眠いたしました。この世でのおつきあい、皆様ありがとうございました。あの世からつぶやいています」 いつもノートPC持ち歩き、大量の情報発信し続けていた彼一流のシメククリだろうが、冗談じゃない、コッチとしては。なにしろ
数十年のツキアイ、和田誠サンとの「マザーグース」の時も、NHK児童合唱団の時も、BGや間奏で、独特のヴァイオリン奏いて貰ったし、カワイ楽器主催の「こどもたちへ」ピアノコンサート(※左上の動画)では、ボクの五手連弾のピアノ曲「クッキング・トレイン」を三枝成章氏や芥川真澄サンなどと一緒に弾いてくれたことも。いつでも何でも頼めると思い込んでいたから、ホント参った。オレより十年も若いのに。 一番の印象は、二○○三年、鎌倉で、危険な崖地に墓地建設もくろんだ東京の悪徳坊主に地元が反対運動盛り上げた時、ボクは、ばば・こういちサンと共闘し、自分のブログに「鎌倉大革命」を連載し、永六輔、田原総一朗、小林亜星、木村三浩など著名友人仲間にコメント貰って地元掲示板に
デカデカと張り出した。玉木君も激烈なコメントを呉れた。その折りのボクのブログから。 ★U-MAIL 2003/08/30《鎌倉大革命》 本日のコメントは、プロ・ミュージシャン志向のワカモノなら、その御名知らなければモグリと言われても仕方ない、ジャンル突き抜けた「全方位型音楽カリスマ」玉木宏樹氏からのモノ。このヒトのウェブサイトは、ワメのこのサイトなどオヨビもつかぬ、依頼、相談、その他モロモロ、日々何万というアクセス。ムリヤリその活動範囲ご紹介すれば(1)超絶技巧ヴァイオリニスト。(2)古典・現代音楽からエスノ、ジャズ、ポピュラー、邦楽、その他モロモロ360度の視野を包括する知識・教養
てりとりぃアーカイヴ(初出:月刊てりとりぃ#15 平成23年5月28日号)
歌が生まれるとき
一九七四年九月上旬大森は五木寛之さんより電話をいただきお会いした。「新潮社より六月にリチャード・バック原作〝かもめのジョナサン〟を私の訳で出版しました。そして今度、朗読と音楽と音響効果で構成する音楽アルバムを新潮社と企画しております。音楽の制作プロデュースをお願いしたいのです」と依頼を受けた。大森は七二年に音楽出版社「ON・アソシエイツ」を設立、その時代に台頭していた優れた若い音楽家・アーティストたちとの出会いのなかで、CM音楽を軸に充実した制作活動を続けていた。その活動を注視して下さっていた五木さんの厚情に応えなければと大森は熱い気持でお受けした。 五木さんは企画の中心スタッフを構成されていた。脚本・川崎洋(詩人)、朗
読・小池朝雄(俳優)、LPアルバム・アートディレクター・石岡瑛子、音響効果・玉井和雄の重鎮たちだった。新潮社の制作責任担当、初見國興さんのご紹介も受けた。大森の責任である作曲家は、依頼を受けたその時から心に決めていた天才作曲家樋口康雄さんを推薦、大賛成をいただき、作詞家は川崎洋さん、志野星一郎さんと決め、心強い布陣で制作に入った。 十月初旬に脚本をいただき、樋口さんにお渡しする。脚本を読み進むと歌の流れる2シーンが構成されていた。五木さん、川崎さんのイメージの中に、「がんばりやのジョナサン」を慰める効果の挿入歌をとの深い想いが湧いていたようだ。樋口さん、大森もその想いを受け止めた。さらに大森はメロディーメーカー・ソングライターとしての魅力
| を持つ樋口さんに益々の期待を抱いた。そして歌い手として温かい声質のソプラノ、安田祥子さんを推薦。五木さん、樋口さんも喜びともに賛成してくれた。 天才作曲家の仕事は早い。先ず歌のメロディーをいただき作詞に入った。ジョナサンのために、ひとつのメロディーに作詞家も内容の異なる詞を2篇つくった。物語は小池朝雄の朗読で始まった。 ﹁みずみずしい太陽の光。朝。魚を集めるために漁船 が餌をまき、その餌にむらがる数千というカモメの群れ。そこから、ずっと離れて、しきりに低空飛行の練習をくり返している一羽のカモメがいる。ジョナサン・リヴィングストン﹂。 小池さんの声そのものにドラマがあり、聴くひとのなかに映画が生まれてくるようだ。樋口康雄の色彩感覚豊かな管弦楽も物語となってながれてゆく。 そして歌がきこえてきた。 ︵大森昭男=CM音楽プロデューサー︶ |
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