てりとりぃ放送局アーカイヴ(2012年3月9日〜2012年3月23日分)

 1924年生まれのスウェーデンのシンガー、アリス・バブスは子役として芸能界デビューをしてから長いキャリアを誇る女性ですが、38年から歌手として活躍、40年、16歳の時に出演した映画『SWING IT, TEACHER』で女優としてもブレイクした方です。これまで800曲以上を録音したという彼女ですが、日本でも北欧ジャズの再評価ブーム以降、もしくはフリー・ソウルでの再評価以降、若いリスナーにも人気を集めるアリス・バブスの曲を、いろんなジャンルから集めてみました。(2012年3月9日更新分/選・文=大久)


Alice Babs / Invitation To A Jumpy Session Party (1944)

 SP盤音源なので音ワルイです。ご了承下さい。44年、ハタチになった彼女のスウィング曲。トーレ・エールリングというスウェーデンのトランペッター/作曲家/編曲家によるオーケストラ演奏をバックに、文字通りスウィングするアリス嬢。既にこの頃から英語で歌ってたんですね。掲載ジャケはこの頃の音源をまとめたCD。出世作となった映画のタイトルをモジってますね。


Alice Babs / Lollipop (1958)

 ロリポップ、ボボンボンボン。1957年にロナルド&ルビーという混声グループが録音、その後58年にコーデッツという4人組のお姉さん方がカヴァーし大ヒットしたことで有名なこの曲を、58年にアリス・バブスは録音しています。完全にコーデッツ・マナーでのカヴァーですね。この曲は同年日本でも伊東ゆかりのカヴァーが残されています。掲載ジャケは50年代の彼女の録音をまとめたドイツの編集盤。


Alice Babs & Duke Ellington / Stoona (1966)

 1963年以降、何度も(10年以上にわたって)デューク・エリントンとのコラボレイトを続けたアリス・バブスですが、こちらは63年パリ録音、66年に発売された共演盤『SERENADE TO SWEDEN』収録曲。アリスは朗々としたソプラノのスキャットを披露しています。このアルバムは他にも「Cジャム・ブルース」とか「サテン・ドール」のようなスタンダードも収録。




Alice Babs / Soldrom (1967)

 幼少の頃から変わらぬ延びのあるソプラノ・ヴォイスが武器だったアリス・バブスですが、67年に発表されたアルバム『'67』ではブラジリアン・ミュージックに挑んでいます。北欧ジャズはこういうサラリとお洒落なことをするあたりが素敵ですよね。スウェーデンといえばモニカ・ゼタールンドという圧倒的な美女シンガーが有名ですが、彼女よりもひと世代上にあたるアリス・バブスもやっぱり素敵です。



Alice Babs / Been To Canaan (1973)

 ニルス・リンドバーグのオーケストラとの共演で制作された『MUSIC WITH A JAZZ FLAVOUR』(73年)。そんなタイトルなのにも関わらず収録されたキャロル・キングのカヴァー曲。イギリスのレア・グルーヴDJ達が90年代の早い時期からこの曲に目をつけ再評価、クラブやラジオでヘヴィー・プレイされていたことが思い出されます。オリジナルの朴訥としたヴァージョンもシンミリしますが、スピーディーなアレンジに変容したこのヴァージョンも今や日本でも有名になりましたね。最高です。



Alice Babs / En Blues (2006)

 冒頭で年齢のことを書きましたが、2006年、82歳当時のアリス・バブスの歌声です。完璧なソプラノ・ヴォイスを披露していますね。スゲエ。この動画は「スウェーデンのジャズ」を取り扱ったTV番組にて出演した彼女が、ライヴでパフォーマンスした模様。今のところ、2001年以来新しい録音を残していないアリス・バブスですが、この分だとまだまだバリバリやれそうですよね。

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 1962年の映画「MONDO CANE(世界残酷物語)」が、こんにち巷でよく使われる「モンド」という言葉の発祥だった、と、つい最近知りました。いやあ、インターネットはとても勉強になりますね。それはともかく、ヤラセがあったり実態と大きく異なったり等々、ドキュメンタリーとしての映像価値とは無関係に、この映画から生まれたリズ・オルトラーニによるメイン・テーマ曲「MORE」は、素晴らしいにも程がある、というくらいに美しい曲ですよね。アンディー・ウィリアムス、ブレンダ・リー、ドリス・デイ、椎名林檎嬢他数多くのカヴァーを生んだ名曲ですが、今回はそんな「MORE」のバリエーションをご紹介(2012年3月16日更新分/選・文=大久)


Riz Ortolani / More (1962)

 オリジナル・ヴァージョンです。1962年当時、この映画が「まだ見ぬ世界」をグローバルに紹介した、という事実は認めざるを得ません。先ほど「ネットの利便性」のことをチラリと書きましたけど、媒体は違えども同じ事をこの映画はやったわけですね。この映画公開から50年近く経った現在、我々は当時と全く同じ「メディア・リテラシー」にさらされていることは言うまでもありません。なお、この映画が「水曜ロードショー」で放送されたときに、ナレーションの日本語吹き替えはタモリが担当。ハナモゲラ語を用いて一部吹き替えを行ったそうです。


Judy Garland / More (1963)

 アンディー・ウィリアムス等のカヴァーによって完全にバラディアーのスタンダードと化した「MORE」。上記した以外にも、ジュリー・ロンドンやマーヴィン・ゲイ等もカヴァーを残しています。こちらは1963年、自身の冠番組で「MORE」を披露するジュディー・ガーランド。「ライザ・ミネリのお母さん」と言ったところで今どれほどの読者の理解を得られるのかはビミョーですが、ともかく絶世の美人なのにムチャクチャ破天荒な荒くれ女優、としても有名な方です。63年は彼女が女優活動を辞めた時期にあたりますが、「ハリウッド残酷物語」とでも言いたくなる彼女の活動歴のターニングポイントであったことは間違いないでしょう。


Jimmy Smith Trio / More (1964)

 ソウル・ジャズのオルガニスト、ジミー・スミスが64年にイギリスのTV番組に出演してライヴ演奏した際の「MORE」カヴァーです。ここでつまらないジミー・スミスのウンチクを少々。彼のトリオにはベーシストがいませんが、それはオルガンでベース・パートも兼任していたから、なんですけど、殆どのベース音は(手で演奏する)下鍵盤で弾いています。通常オルガンでは「足鍵盤」でベース音を担当するんですが、ジミー・スミスは足鍵盤では「ガホッ」っていうくらいのアタック音しか出していません。こうすることによって「まるでウッドベースのような音色になる」という、ジミー・スミス独特の「発明」だったんですね(こちらの動画ではあまりわかりませんけど)。


Werner Muller and his Orchestra / More (1969)

 ウェルナー(独語読みすればヴェルナー)・ミューラー。ベルリン生まれのオーケストラ・コンダクターで、歌姫カテリーナ・ヴァレンテのアレンジ等を行った人物として有名でしょう。もしくは、別名である「リカルド・サントス」として楽団を率い、ラテン音楽のアレンジャーとして「真珠採りのタンゴ」等数多くのラテン・ヒットを生んだ人物として、特に日本では有名かもしれません。日本に関連した作品を多く残した人ですが。こちらはモロにイタリアをテーマにした69年のアルバム『ITALIAN FESTIVAL』に収録された「MORE」のカヴァー。アップテンポにリアレンジされた爽やかヴァージョンになってますね。


Carol Williams / More (12" ver. / 1976)

 超有名曲、というのは必ずそのディスコ・ヴァージョンというのが生まれます。こちらはサルソウルに残された「MORE」のダンス・カヴァーで、歌うのはキャロル・ウィリアムス。勿論バックを担うオーケストラはヴァイブの名手ヴィンス・モンタナJR先生率いるサルソウル・オーケストラです。この作品はサルソウルが生まれて(75年)間もない時期に録音されたもので、初期サルソウルを代表する美メロ・ディスコの名トラックのひとつに数えられます。

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 追憶の80年代。若き日々、暗がりのベッドルームや夕方のリヴィングで鳴っていたあの曲。長い春の一時期、何とはなしに聴き続けていたあのBGMが、今はひどく懐かしい。──お気に入りのラジオ番組で、ふとつけたTVのブラウン管の向こうで、あるいは商店街のスピーカーから、それらは日常的に鳴り響いていた。
 世界中のグッド・ミュージックを日々溢れるように耳の奥へ流し込むことができるようになった現在も、記憶から剥がれ落ちることのないそれらの楽曲を今、回顧してみようと思う。70年代に幼年を、80年代に青い時代を送った者ならば、あるいは共感して戴けるかもしれない。(2012年3月23日更新分/選・文=関根敏也)


Richard Sanderson / Reality (1980)

 82年に日本公開された、映画『ラ・ブーム』の主題歌として今もって有名な一曲。ウラジミール・コスマ作曲のこの甘いバラーディアをBGMにチークを踊る14歳の主演女優、ソフィー・マルソーのフォトジェニックなTVCMが当時は頻繁にオンエアーされていたもの。ソフィーより幾分幼かった私には、触れてはいけない成長期の女性の妖しさを見せつけられているようで少々気恥ずかしいものがあった。


Pao / A Sunset Kiss (1979)

 幼い頃TVCMで頻繁に耳にしていたものの、ごく最近まで誰の何という曲かずっと分からずにいたこの楽曲。それがダイアン・レイン主演の79年米映画『リトル・ロマンス』の、日本のみで使用されたイメージ・ソングであったということが判明した時の喜びと言ったらない。探し当てられなかった時期に脳内で幾度となく再生され、補強、再構築された音像はボビー・コールドウェル「SPECIAL TO ME」。そう思って聴き込むと、あながち外れてもいない。


Ray Conniff Singers / Tie a Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree (1973)

 「幸せの黄色いリボン」カヴァーの中でもとりわけ華やかなアレンジに仕上げられた好盤。間奏部分にパッパッパッパッパパパラッ、と入るのがどうにも堪らない。こう言ったイージーリスニングとも今様にソフトロックとも言える楽曲が70〜80年代初期には商店街やデパートで頻繁に聴けたものだった。90年代に小沢健二が「痛快ウキウキ通り」でこの楽曲のメロディーをモータウン的解釈で表現して見せたのも記憶に新しい。小沢はジョニー・カーヴァー盤のオリジナル歌詞「2回目のクリスマスも過ぎて…」も同作に確信犯的に引用している。


Dolly Dots / You Are The Only One (1979)

 フジテレビ『オールナイトフジ』とともに空前の女子大生ブームを巻き起こした伝説のラジオ番組、文化放送『ミスDJリクエストパレード』のオープニング・テーマとして使用されたのがこの楽曲。アバやノーランズのオランダ版、はたまたベイ・シティ・ローラーズの女性版とも言えるドリー・ドッツが歌唱していた。「愛・おぼえていますか?」の飯島真理もこの番組のパーソナリティーとして人気を集めていたが、私は千倉真理や向井亜紀の無闇な闊達さを気に入っていたもの。

Giovanni Fusco / Il Deserto Rosso (1964)

 この年代のラジオ・フリークにとって深夜放送のテーマ曲と言えば、東京FM『ジェット・ストリーム』の「ミスター・ロンリー」、文化放送『走れ歌謡曲』の「口笛天国」がつとに有名だが、私的にはこのTBSラジオ『歌うヘッドライト』のテーマ曲、ジョヴァンニ・フスコの『赤い砂漠』にとどめを刺す。『オールナイトニッポン 第一部』が3時に終わった後、二部を聴かない曜日はこの番組にチューニングを合わせ、何とも牧歌的なこのオープニング曲を楽しんだもの。そもそもはM・アントニオーニによる同名映画のサントラ曲だが、物語自体は楽曲の音像と対極的に、原発や工場の煙突から排煙が吹き出し続ける町で狂気する女性(モニカ・ヴィッティ)が延々と映し出されるサイコシスな内容。

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