この度、愛育社から上梓された『和田誠ポスター集』は、氏の描くイラストレーションやレタリングが、日頃どれだけ我々の視覚に自然と溶け込んでいるかを証明する一冊といえるだろう。その出版を記念して、アートファン必見のイベントが始まった。 会場となっているのは、山形市の「母と子に贈る日本の未来館」。9月1日か
ら10月いっぱい、会期は2ヶ月に亙る。首都圏からだと少々遠いが、今回は9月8日に催されたジャズ&トークコンサート『いつか聴いた歌』のタイミングに合わせて、てりとりぃ有志一同で現地へと赴いた。もちろん本の企画者でもある濱田氏の計らいである。多謝。山形駅の隣りに位置する蔵王駅からほど近く、冬場はスキーのメッカとして知ら
れる地に聳え立つ大きな建物は、山形の名物菓子・ラスクフランスやバウムクーヘンを製造・販売しているシベールが経営元とのこと。風向きにより、敷地内に時折甘い香りが漂うのがスイーツ好きには堪らなく嬉しい。 もともとは作家・井上ひさし氏のミュージアムとしてオープンした同所、今年3月にリニューアルされて以降は、人形劇「ひょっこりひょうたん島」の資料や、作家・北杜夫氏や作曲家・宇野誠一郎氏に関する展示
などが常設されており、イベントは今回が初になるという。ゆったりとした展示スペースに、和田誠氏がこれまでに手がけたポスターの自選作品・約120点が隈なく並べられた様は壮観である。 60年代、若き日の氏が精力的にデザインを担当した、草月会館ホールに於けるジャズ・コンサートのシルクスクリーン印刷の傑作群に始まり、映画、舞台、書籍、イベントなど、幅広いジャンルのポスターが壁一面に連なる。どれもが一見して
和田氏のそれと判る個性的な筆致で描かれ、その質と量の充実ぶりにただただ圧倒させられる。282点をも掲載している書籍も充分見応えはあるが、やはり原寸大で見ると迫力が違う。細心の計らいで保管されていたであろう、ポスターのコンディションの素晴らしさにも感心した。 個人的に所有欲を掻き立てられたのは、氏が敬愛する映画監督、ビリー・ワイルダーに関する訳書で氏が装丁した『ワイルダーならどうする?』のB全ポスター。和田ファンの8割方がワイルダー好きなのではないだろうか。自室に貼ったら日常会話やライフスタイルが少しは粋になりそうな気がする。その後のコンサートの開始時刻が迫っていなければ、もっとゆっくり滞在したい展示であった。今後、各地での開催も切望
する次第。 展示会場と並ぶ瀟洒なホール「シベールアリーナ」で開催された、和田氏と佐山雅弘氏によるジャズ&トークコンサートは、和田氏の洒脱なトークと、佐山氏らのジャズの実演が絶妙に絡み合う素晴らしいもので、何よりジャズナンバーのヴァース(導入部分)を、語りと歌の中間くらいの軽め
のトーンで口ずさむ氏の姿を見られた観客たちは、みな幸せそうな顔をしていた。贅沢な展示とコンサートを満喫した我々も、これは遠方まで足を運んだ甲斐があったと大満足して会場を後にしたのだった。 愉しい宴の翌日、ホテルから山形駅へのアプローチを颯爽と歩く和田さんの背中を見ながら、なんて格好いい大人なんだろうと思った。女性にモテるわけだ。そしてその御姿が以前にも増してビリー・ワイルダーに似てきたことを確認する。私淑する人物には姿かたちも自然と似てゆくものなのだろうか。だとしたら、自分もせめて風貌だけでも少しは和田さんに近づきたい。帰りの新幹線で心地よい疲れに浸りつつ、ふとそんな感慨に耽った。 (鈴木啓之=アーカイヴァー/写真・キナミケイコ)■「母と子に贈る日本の未来館」HPはこちら。 ■愛育社・刊「和田誠ポスター集」のアマゾンへのリンクはこちら。
ミシェル・ルグラン来日記念特集
ミシェル・ルグランと私【2】
「ロシュフォールの恋人たち」二度目のリバイバル公開は九二年夏のこと。今思えば傷だらけの酷く色褪せたフィルムでの上映だった。朝、木村家で買ったあんぱんを鞄に忍ばせ、その足で銀座文化劇場(現・シネスイッチ銀座)へ。真ん中の座席シートに身を埋め、そのまま鑑賞すること数日間。結局、連日初回から最終回まで居座って、都合十九回連続で観た格好だ。
その後、ソフト化されては再見し、初めてロシュフォールを訪れる九七年にはすでに二百数十回は観ていたはず。いわば生涯の一本である。 ところで、今回集めた原稿を見て驚いた。あの夏、同じ劇場で胸を躍らせ、歓喜したご同輩がこんなに身近にいたなんて。世間は狭い。或いは類は友を呼ぶということか。何とも愉快だ。 (文=濱田高志)
高円寺ルック商店街の、ゆるやかな坂を登りきって少し路地に入ったアパートに引っ越したのは、92年の春のことでした。まだ大学に籍はあったものの卒業できる見込みはなく、日がな一日、本を読んだり音楽を聴いたりしていました。古本屋だらけの高円寺の街はそんな生活にうってつけでしたが、やはり将来への不安はあったのでしょうね。当時読み進めていたバルザック全集の中でも『幻滅』や『浮かれ女盛衰記』といった意志薄弱な青年が破滅していく物語にのめり込んだのはきっとそのせいですし、一月に公開されたジャック・ドゥミ監督の『ローラ』に感銘を受けたのも、主人公の境遇があまりに切実だったことと無関係では
ないでしょう。「ロラン・カサールの歌」が、その頃のぼくのテーマソングでした。 とは言え、毎日のように聴いていたのは『ロシュフォールの恋人たち』でした。まだ映画そのものは観ていなかったにもかかわらず、あのめくるめく音の洪水と溢れ出す幸せの渦に包まれていると、すべてを肯定されたような気持ちになった
ものです。やがて夏が来て、待望のリバイバル上映が始まるとその状態はピークに達し、同じように通った方なら、銀座山野楽器の裏の路地をステップを踏みながら歩くぼくの姿をご覧になったかもしれません。頭の中では、ジーン・ケリーが歌い踊る「アンディの歌」が鳴ってました。 ガード下の球陽書房で『新版・ピアノ映画名曲集』(水星社)を手にしたのは、まさにそのような日々のさなかでした。一見ありふれ
た垢抜けない表紙でしたが、そこに小さく印された「双子姉妹の歌」という活字を目にした瞬間の喜びといったら! しかも目次を見ると「シェルブールの雨傘」や「風のささやき」はもちろん、あの「アンディの歌」まで載ってるじゃないですか! すぐさま飛んで帰ると久しぶりに鍵盤に向かい、それからは来る日も来る日もルグランの曲を弾きました。たとえつっかえつっかえでも、自分の手でその音楽を再現できるのは大きな歓びでした。 ところがそんなある午後。部屋の畳に強烈な振動が走ります。何か棒のようなもので突いた衝撃。続いて「うるせえぞ!」という怒号。それが、階下に住むKさんとの出会いでした。 Kさんは自称元組長。「侠客として渡世をしてきたけど世の中が変わっちま
った。だから家も金も全部子分たちにやって、ここに引っ込んだんだ」という言葉の真偽はさておき、一緒に銭湯に行けば凄い紋々を背負ってましたし、キレたときの目付きは尋常でなく、ともかく怖い人でした。虫の居所が悪いと、ちょっとした物音でも罵声が飛んできました。ただその一方で、機嫌のよいときは情に厚い人でもあり、「たまにはうまいもん喰おうや」と、天ぷらや鰻をごちそうしてくれたり、「レコードを出すにはいくらかかるんだ。もし金の問題なら相談に乗るぞ」と言ってくれたことさえありました。どうやら「下手だけど、いい曲を書く」と思われていたみたいなんですけど(笑)、そりゃそうですよね、ルグランの曲なんだから。でも、その気持は沁みました。 高円寺のそのアパートに
り出されるゼクエンツを多用したメロディと、カラフルでアイデアに満ちたアレンジメント。プレイヤーも楽しんで演奏してるんだろうなあ、と想像できます。 時を経て、映画は銀座でリバイバル上映。サントラに入っていなかった曲も素晴らしいものがたくさん! って思ってたら、リマスターが二枚組で再リリース。これには最後の方にミシェルの弾き語りによるデモトラックが何曲か収録されています。もう、矢継ぎ早にメロディが生まれてきてしょうがない、という雰囲気がすごくよく伝わります。
自身がコンボで弾くジャズでも、アドリブのフレーズがひたすら高速で繰り広げられますし。恐らく録音の現場も、同じように嬉々としてプレイヤーを引っ張っていったのでは、という状況は想像に難くないです。きっと次から次へと音楽が溢れてしょうがない方なんでしょうね。譜面を書く時は、全部のメロディを歌いながら書いているんだろうか、など勝手に想像してしまいます。でも、ルグラン印とも言えるアルペジオ(例/シェルブール~のチェレスタ)は息継ぎ出来ないか。うーん。
られていた。ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶライバルの足下に、僕はヘナヘナと座り込こんだ。 僕らにとってこのアルバムは、有名曲を収録したジャケット・デザインが秀逸な1枚… といった種のものではなかった。というのも、リリースされたばかりの『女王陛下のピチカート・ファイヴ』。冒頭の「オードリィ・ヘプバーンの休日」は「プレイング・ザ・フィールド」のサウンドを下敷きにしているのだけど、これが震えるほどカッコ良かった。時代を越えて、どんなジャンルにも流用できる。『華麗なる賭け』は、そんな音楽的アイデアに満ちた最重要作品だったのだ。 92年の夏。帰省した長崎で『ロシュフォールの恋人たち(1枚組の日本編集盤)』を発掘し、思わずガッツポーズ。渋谷の某レコード
屋で、2枚組のフランス盤がとても買えないような値段で壁に飾ってあるのを見ていたから、編集盤とはいえども嬉しかった。「買ったけど、聴きにくる?」という電話をサークル仲間に
かけまくった。毎晩のように友人たちがワインを持って集まり、夜通しでルグランの楽曲の素晴らしさについて語り合った。 そんな時、嘘のようなタイミングで『ロシュフォールの恋人たち』が銀座でリバイバル上映されるというニュースが飛び込んで来る。「双子姉妹の歌」はどのような映像のもとに歌われるのか? 映像付きで聴くのもルグラン音楽の楽しみ方のひとつだ。高橋ひろさん、関美彦さんらポプシクルの面々と観に行ったのだけど、当日は各々がロシュフォールの恋人たち風の格好(カラーシャツ&原色のネクタイ)で集合。映画の後、すっかりその気になって皆で銀座を踊り歩いた事を覚えている。SUMMER OF 1992。 (高浪高彰=長崎雑貨たてまつる店主)
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