[桜井順×古川タク]
人生に潤いをもたらしてくれる粋な名歌たち
和田誠「いつか聴いた歌」のCD版が完成
若い時にしか出来ないことはたくさんある。しかし、歳を重ねなければ出来ないことはもっとたくさんあるということを、人は次第に気づかされてゆく。それを教えてくれる大人の音楽がスタンダード・ナンバーなのである。もちろん聴かなくても生活は出来るが、こうした音楽を聴けば、より
心豊かに過ごせることは間違いないと断言できる。 1977年に出版された和田誠さんの本「いつか聴いた歌」は、そんなスタンダードの名歌100曲への想いとエピソードが愛情を込めて綴られた一冊であった。フランク・シナトラやドリス・デイの若い頃をリアルタイムで見てきた世代
にとっての懐かしさはもちろんのこと、それよりさらに何世代も下にあたる僕らにはとびきりの参考書になった。正直に言えばこの本と出会ったのは出版されてから少し後だったけれど、誰よりも頼りになる人生の先輩のおかげで、同世代があまり聴かないディーン・マーティンやジュリイ・ロンドンの魅力を早くから知ることが出来たことに感謝している。 本はその後96年に文庫化されて久しいが、この度同じタイトルのCDが出来上がった。本誌編集長と同人の関口茂氏がプロデュースとディレクションを務め、監修・選曲・解説はすべて和田氏によるもの。かつて、ヘレン・メリルの名唱で知られる「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」が「帰ってくれればうれしいわ」とさ
れてしまったように、これまで決して少なくない誤訳の歴史を正すように、今回のCDでは和田氏自身が邦訳も手がけているのが有難い。分厚いブックレットは70頁以上に及び、一曲毎に丁寧な解説が施されている。これ以上親切なガイドはあるまい。 全体の解説ではスタンダード・ナンバーの魅力について語られている。まずメロディが美しく、親しみやすいこと、歌詞の内容が聴く人に共感を持って迎えられること、そしてメロディと歌詞がひとつになって、
いいムードを醸し出していること、とある。定義としては、主として20世紀以降アメリカで生まれて好評を博し、その魅力が衰えることなく、忘れられることもなく、いつまでも歌い継がれている歌。そういった歌が豊富にあるアメリカにはやはり敵わないなと思わされてしまう。日本にも「上を向いて歩こう」や「翼をください」といった優れたスタンダード・ナンバーがあるが、その数では到底及ばないのだ。 舞台や映画を出自とする歌が多いのも特徴のひとつ
で、解説に映画のタイトルが多数登場するのも楽しい。エンターテインメントの奥深さを味わいながら聴く48曲は珠玉の時間である。今後シリーズ化されるという第1弾は「スタンダード・ラヴ・ソングス」と題され、「恋」をテーマした歌が並ぶ。歌の素晴らしさはもちろんのこと、歌い手の顔ぶれも絢爛豪華。初回特典には和田氏の絵による、シナトラとエラ・フィッツジェラルドとトニイ・ベネットの美麗なカードが付いているので、ご購入は是非お早目に。スタンダード・ナンバーをよく知る方も、またそうでない方も、とにかく聴いてください。 (鈴木啓之=アーカイヴァー) ーーーーーーーーーーーー *イラストレーションはCD「いつか聴いた歌」初回版特典封入カードより
言葉のもつ力を実感した夜
“音楽と朗読による夕べ、Journey Back Home こころの旅Ⅱ”レポート
詩人・谷川俊太郎を中心とした〝音楽と朗読による夕べ、Journey Back Home こころの旅Ⅱ〟が2月4日ブルーノート東京で開催された。一昨年、東日本大震災後の災害復興支援活動の一環として行なわれ、今回が2回目。収益の一部は、あしなが育英会の「東日本津波遺児支援」へ寄付される。 谷川俊太郎とレイチェル・チャンのポエトリー・リーディングと谷川賢作(ピアノ)、吉野弘志(ウッド
ベース)、石井聖子(歌)のミュージシャンたちが共演。さらに今回初めての試みとしてATSUSHI(Dragon Ash)のダンスが加わった。<朝><夕>をテーマにした2回公演の<朝>の回をレポートする。 やわらかいスポットライトの下に、白い衣装の谷川俊太郎が静かに登場。ハスキーな声が静かな会場に響く。 ﹁生まれたよ ぼく﹂ 生まれたよ ぼく
やっとここにやってきた まだ眼は開いてないけど まだ耳も聞こえないけど ぼくは知ってる (以下略、『子どもたちの遺言』2009年収録) 静かに力強く発せられる言葉。その言葉の余韻にひたっていると無音のなか、ATSUSHIのダンスが始まる。まるでつぼみが花開くような指先のゆっくりとした動きは、生の喜びを表現しているかのよう。抑制のきいた動きが逆に肉体の美しさを強調する。続い
てレイチェルによる朗読は「いや」。朝露が落ちるような軽やかなピアノの音が加わり、朝の躍動感を感じさせる。 「美しい夏の朝に」「あのひとが来て」「あなた」「なんでもおまんこ」「恋する男」。朗読される詩は、この世に生まれて成長する過程で経験し感じる、悩み、喜び、気づきをあらためて認識させられるもの。それが最小限の楽器、飾り気のないステージ、演者の衣装は白と黒のみというストイ
ックな空間のなかで、声、音、動きとともに生々しく迫ってくる。「読む」ことで入ってくる言葉とは異なる、五感で感じる言葉がそこにはあった。 朗読の間には石井聖子がジャズ・アレンジの「真っ赤な太陽」「白い蝶のサンバ」「喝采」を歌い、終盤には石井聖子の母親である坂本スミ子が飛び入り参加し、母娘デュエットで「夢であいましょう」を歌うというサプライズも。エンターテイメントとしての楽し
さも存分に味わうことができた。 最後に朗読されたのは「平和」。「平和 それは空気のようにあたりまえのものだ」で始まるこの詩で締めくくられたことに、谷川のメッセージを感じずにはいられない。 アンコールでは「鉄腕アトム」の歌を観客みんなで大合唱(ご存知のとおり、谷川が作詞)。おだやかで喜びに満ちたステージは終了した。 (吉田宏子=編集者)Photo : Takuo Sato *掲載写真は同日公演<夕>の回のもの
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