2013年5月31日(金)

自主制作マンガ界の泥まみれ映画狂

 「劇画家殺し!」という映画がある。劇画生誕50周年を勝手に祝し、顔画工房と名のるグループが創った自主映画で、始まりの舞台は昭和三〇年代の大阪。佐藤まさあき、K・元美津、山森ススム、石川フミヤスら若手貸本劇画家が、東京進出を目指すドタバタ喜劇。その時代の漫画家らしきキャラクターが怒濤のごとく登場する。まんが道を歩む眼鏡とベレーの2人組、同じ役者が演じ分ける水木し

げると竹内寛行、兎月書房を乗っ取る怪女・清水袈裟子(!)など、漫画史をちょっと齧った人にとっては、これだけで面白そうでしょう。
 ただし、自主映画は慢性的な資金不足と時間不足を、製作側のひとりよがりな解釈で埋め合わせがちで、観る者は過度な期待をせずに挑む、やや気疲れのする特殊な娯楽ではあり、言ってみれば未知の醗酵食品を口にするのに近い。俺はその

気疲れに負けず、2度観に行った。というのも、この映画の監督の炭子部山貝十の描くマンガのファンだからだ。
 炭子部山のマンガ歴は古く、八〇年代からミニコミに描き散らしてきたらしいが、今までまとまった作品集は、『バンプオヤジ』(06年/憎悪出版)、『劇画黒座敷』(顔画工房名義/09年/ドグマ出版)の2冊だけ。驚くのが、この2作とも自身で映像化しているということ。そして今回も映画の公開にあわせ、原作にあたる「劇画百景」を含む久々の新刊『中年劇画』(13年/顔画工房)を上梓。心酔する鴨川つばめと貸本劇画の影響を足して割り切れなかったような画風。決して、レトロを狙ったのではなく、天然の「今時と思えない」センスを持っている。収録作品では、映画館

と古書店をきりもりする独身男の生活を描いた作品「原人」が良い。意味ありげなカット、突然広がる達者な風景。それらは、どうしても映り込んでしまう作者の実生活や想い出や嗜好であり、まるで本人の撮る映画に地続きのようだ。とにかくマンガと映画への愛情が熱い。商業的にはやや難のあるキレ方をした氏の創作物は、その熱さで立ちのぼる泥臭さが一番の魅力、女の子の艶っぽさが二番目の魅力だ。醗酵食品は慣れるとウマくなるもので、それを知りつつ「コレはひどいもんですわ、どんどん下手になってますわ、もうやめますわ」とか心にも無いこと言いながらニヤニヤと大皿小皿に盛ってくる、偽関西人の黒メガネ。炭子部山貝十の醗酵はまだまだ続く。
(足立守正=マンガ愛好家



連載コラム【ライヴ盤・イン・ジャパン】その3
ベテラン歌手、過渡期の冒険 ~伊東ゆかり~

 ライブ盤にはその歌手のドキュメントがパッケージされていると常々思うが、伊東ゆかりの2枚のライブ盤を聴くと、その印象を強くする。
 70年にリリースされたサンケイホールでのリサイタル収録盤『わたし/伊東ゆかり リサイタル』は、子供の頃から進駐軍キャンプ周りをして11歳でデビュー、カヴァー・ポップスを歌い「小指の想い出」で歌謡曲でも大ヒット、と彼女の音楽歴を辿る構成になっている。もちろん「バケイション」や「ネイビー・ブルー」などのカヴァー・ポップスやオリジナル曲のメドレーもさることながら、出色は日本人初参加となったサン・レモ音楽祭出場曲「恋する瞳」と(ここでは日本語詞)、ジリオラ・チンクェッティの「雨」といったカンツォーネ。伊東ゆかりは

」歌謡曲では色気は感じさせないが、カンツォーネを歌うと色っぽいのだ。
 「信ちゃんとママ」というパートは、理想の家庭を想定した母と子の会話で進むのだが、伊東ゆかりは男の子の声とママの声を2役で使い分け「ママは昔♪あなたが噛んだ小指が…って歌ってたのよ」「何で噛んだの?」「…そ、それはね

…」なんてギャグもある。50代ぐらいの男性なら子供の頃、母親にこの質問をして困らせた人も多かろうに!! ここで子供の声のまま歌う名人芸「黒ネコのタンゴ」や、終盤に歌われたドラマチックな名唱「宿命の祈り」も素晴らしく、集大成のような同盤を最後に、伊東ゆかりはキングからコロムビアに移籍する。

 そのコロムビアでリリースされた『ゆかりオン・ステージ』となると、随分と様相が違う。72年3月22日の群馬県民会館での収録盤だが、これは共産党系の労音のステージ。労音公演の場合、ステージ構成にアカデミックな要素が必須だったそうだが、選曲も内容も『わたし』の安定感とは随分異なり、MCで「新しい面を見せたい」と語っている通り、かなり実験的な取り組みのステージなのだ。冒頭には訪れる観客へのインタビューが収録され「小指の想い出」もカヴァー・ポップス時代の代表曲も未収録。「祖国メドレー」として「イスラエルの子守唄」などを歌っていたりする。
 実は伊東ゆかりは70年3月に渡辺プロを退社し独立。71年には前述のレコード会社移籍、佐川満男との結婚と人生の転機にあり、こと

に独立後はテレビ番組から干された状態でヒットも出ず、渡辺プロ時代とは違った方向性を模索していた感が強い。労音コンサートもその一環ではなかっただろうか。そう考えると「遠くへ行きたい」で始まる選曲は「出発の歌」「マイ・ウェイ」「誰も知らない」「陽はまた昇る」……と意味深いタイトルが並んでい

る。「出発の歌」や「つめ」などは歌い慣れていない感が強いが、この辺も1つの冒険だろう。久々のヒット「誰も知らない」の歌謡ポップスよりも、やはりジリオラ・チンクェッティの「愛は限りなく」の完成度の高さに聞き惚れてしまう。そしてカーペンターズの「スーパースター」では一瞬、カレンの声に聴こえて

しまうほど、2人の声質は良く似ている。
 『わたし』で完成形を見せた伊東ゆかりは、この70年代初頭の混沌の活動時期を経てこそ、70年代後半より『サウンド・イン・S』などで活躍する名歌手としてのポジションが確立されたのだと、2枚の盤を聞き比べて強く思うのだ。
(馬飼野元宏=「映画秘宝」編集部)
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■写真上『わたし/伊東ゆかりリサイタル』演奏は稲垣次郎とソール・メイツ+ストリングス。編曲と指揮は東海林修。スクール・メイツとサニー・トーンズがコーラス参加。 ■写真下『ゆかりオン・ステージ』演奏は森寿男とブルーコーツ。司会の宮尾すすむとのトークも収録。最後の「陽はまた昇る」のみスタジオ録音に拍手を被せている。



1976年のポール・マッカートニー

 御年70歳、希代のメロディーメイカーであり、生涯現役ロックアーティストを継続中のポール・マッカートニー。その彼が最も輝き、脂が乗っていた時期はいつかと訊かれたら、ファン歴33年の私は、迷わず1976年と即答し、断言する。ルックス的にはビートルズ時代の映画『ヘルプ!』(65年)、才能的には『サージェント・ペッパーズ』(67年)から『ホワイト・アルバム』(68年)にかけての時期が絶頂期だが、才能

とルックスに加えて、モチベーションの高さやスター性などすべてを加味したうえで判断すると、ウイングスを率いて全米ツアーを回った76年5月から6月にかけての時期がポールの全キャリア中の最盛期といえる。この時期の特徴のひとつに挙げられるのは、体全体から近寄りがたい大物オーラが発せられていること。ポールは元来ファンサービス旺盛な人で、誰に対してもフレンドリーに接する性格なのだが、この時期の映像

を見ると、珍しくピリピリとした緊張感が漂い、ひいては大物特有のスターオーラを醸し出している。 
 75年のドキュメントでは辛辣な記者に向かって「売られたケンカは買うぜ!」と凄むシーンが映し出されており、そこからはビートルズ解散後、四面楚歌のなかゼロから新バンドのウイングスをスタートさせ、世界制覇を目指して必死にもがいていたポールの緊張感がそのシーンに見て取れる。ライバルはかつて自分が所属していたビートルズ(元メンバーも含む)いうことで、プレッシャーも大きかったはずだ。その翌年、苦労の甲斐があり、バンド結成5年目でアメリカを制した達成感や手応え、感慨は相当なものだったに違いない。気力、体力、才能が最高のレベルで、時代と見事にリンクしていたのが76年

であり、その年のポールの活躍を記録したライヴ・アルバムが『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』、ライブ映画が『ロックショウ』だった。その両者がこの度リマスターされ、CDとDVDで同時に再発売された。
 私にとって、両者は思い入れのある作品で、とくに公開当時にロードショーで見た映画『ロックショウ』は、その後の自分のポール・ファン人生を左右するほどの重要な作品である。映画が公開された81年夏といえば、前年のウイングス来日公演中止(ポールが大麻不法所持で成田空港で逮捕)、ジョン・レノン射殺事件の衝撃の余波がまだ生々しく残り、ビートルズファンの多くが、そのショックから抜け出せていない頃だった。世の中には〝悲劇の人、ジョン〟というイメージが共通認識されていく一方、

ポールは〝ファンを裏切った犯罪者〟という悪役キャラが定着。ファンとして実に辛い時期であった。そんな中での映画公開だったので、大ヒットには繋がらず、ポールのイメージは低下していく。これを機にビートルズ=ジョンというイメージが拡大し、ポール・ファンは日陰の道を歩いていくことになる。ポール・ファンに被害妄想壁があるのはここに由来する。だからこそ忠誠は揺るぎないものになっていくのだが。
 そんなファンの複雑な思いが込められた映画が『ロックショウ』だ。今回、DVD発売を記念して映画館での上映が行われ、32年ぶりに大画面で鑑賞が実現した。これ自体、実に感慨深いものがあったのだが、クリアな映像と迫力ある音質で捨て曲のないセットリスト、ダイナミックなボーカ

ルと演奏力、そしてスター性を見るにつけ、改めてやはりポールの絶頂期は76年に違いないと確証を得られた。大きめにミックスされたベース音と伸ばした襟足に揺るぎない自信を感じ取ることができる。一昨年から始まったアーカイヴ・シリーズのリリースもあり、正当な評価がなされようとされているポールのソロ作品。『ロックショウ』も公開から32年経ってようやく、妙な偏見なく、世の中に受け入れられようとしている。
(竹部吉晃=ライター/編集者)
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『ロックショウ」DVD/ブルーレイは5月29日発売。



Message from やまがたすみこ








「電波の届かない場所」のお知らせ
 

 日時:2013年6月15日(土)8:00PM~
場所:高円寺 円盤/入場料:2,000円

ロック漫筆家、安田謙一が2013年に主催する隔月イベント「電波の届かない場所」の第2回です。京都のロカビリー歌手、バンヒロシをゲストに迎え、マーク・ボラン、ユーミンから、小林旭までが登場する、世にも不思議なエピソードに満ちた生涯について、約2時間、語り尽くしてもらいます。お相手は松永良平と安田謙一です。誰も知らない、知られちゃいけない日本のロック史。面白すぎます。

円盤URL:http://enban.web.fc2.com/



『いつか聴いた歌 和田誠 トーク&ライヴ』のお知らせ
 

2013年7月13日(土)@池袋コミュニティ・カレッジ

演奏=島健(ピアノ)、納浩一(ベース)、島田歌穂(ヴォーカル)
企画・プロデュース=濱田高志
構成&トーク=和田誠

お申込み方法:コミカレ会員の方5/20(月)から、一般の方は5/25(土)より受付。
+ご来店の場合:お申込み日の10:00より(月~土は10:00~19:00、日曜日~17:00)
+お電話(セゾンカードお持ちの方、または銀行振り込み):お申込日の13:00より
+Web(各種クレジットカード):お申込日の10:00より

詳細はリンクをご参照下さい。http://cul.7cn.co.jp/programs/program_635172.html