2014年4月11日(金)

1963年のフランス映画祭
 

 「映画のDVDを一千本処分したい、という方がいるんだけど、ほうろうさん、そういったもの扱います?」
 知人からそんな電話を受けたのは、年明け間もなくのことでした。ワクワクしながら下見に伺うと映画関連の本やポスターも山積みで、さっそく段取りして60箱のダンボールを店に運び込んだのが一月の終わり。

それから査定をして、少しずつ整理をして。本は店頭に並べ始めたのですが、問題なのはポスター。ご存知のように古本屋は壁という壁に本棚があるので、飾る場所などほとんどないのです。
 「そうだ、蔵で展示しよう!」と思いついたのは、それからしばらくのこと。正式名称は「谷根千〈記憶

の蔵〉」。大正時代に個人宅の貯蔵庫として建てられた蔵を、現在は谷根千工房と映画保存協会が地域アーカイブとして活用しています。「映写機とスクリーンのあるあの空間に、ポスターを張り巡らしたら壮観だろうな」「せっかくだからライブや上映会もできたらいいな」。そんな妄想を一つずつかたちにして、いよいよ4月19日から「記憶の蔵 映画ポスター市」が始まります。
 ポスターはほとんどがオリジナル。ギリシャ語版の『旅芸人の記録』を始めとする思い入れある作品の数々。ぜひたくさんの方にご覧いただきたいですが、同時に放出する古いパンフレットやチラシもお見逃しなく。値付け中、その魅惑的な企画やデザインにため息をつき通しだった中から、今回はとっておきの一冊を

ご紹介しましょう。
 それは、1963年4月、ユニフランス・フィルムが主催した「第3回フランス映画祭」のパンフレット。アラン・ドロンの初来日に日本中が沸いた春。でも、今となってはフランソワ・トリュフォーと山田宏一の出会いのほうが遥かに重要ですよね。『新版 友よ映画よ』の「映画少年の夢」冒頭に書かれている大好きなエピソード(通訳初心者の山田宏一を庇う、トリュフォーの思いやり)を思い出しながらページをめくっていくと、なんとプロフィール欄にはご本人のサインが!
 しかもそのすぐ横にはもう一つサインがあって、そちらはアレクサンドラ・スチュワルト。旅先で仲良くなった監督と女優。レセプションの会場か何かで「私にもサインさせてよ」なん

て言いながらペンを走らせる彼女と、それを見つめるトリュフォー、そしてその隣りで控えめに佇む山田宏一。そんな光景が目に浮かんで、無性に興奮してしまいました。
 このパンフレットには、ほかにもこのとき来日した映画人のサインがたっぷり。「赤い風船」らしきものを描き込んだアルベール・ラモリス監督。野口久光による肖像画に添えられたマリー・ラフォレやアラン・ド

ロン。さぞや盛り上がったろうお祭りに、自分もちょっとだけ参加できたような、そんな華やいだ気持ちになりました。もしよかったら、ご来場のうえ手に取ってみてください。
 せっかくなので、この映画祭で上映された作品も挙げておきましょう。
 ワールドプレミアだった『不滅の女』『地下室のメロディ』に、『ミス・アメリカ パリを駆ける』『ふくろうの河』『突然炎のごとく』『シベールの日曜日』『金色の眼の女』『恋になやむ男』『トブルク行きのタクシー』『ジャンヌ・ダルクの裁判』を加えた計10本。当初上映予定だった『アメリカの鼠』は完成が間に合わず、ブレッソンに差し替えられたそうです。
(宮地健太郎=古書ほうろう)

記憶の蔵 映画ポスター市

この冬買い取った大量のオリジナル・ポスターで大正時代の蔵を埋め尽くし、展示販売します。たとえばアンゲロプロス、たとえば侯孝賢。お気に入りの一枚を探しにお立ち寄りください。ライブや上映会もやります。
・開催日 4月19日(土) 23日(水) 26日(土) 29日(火・祝) 12時~20時
・会場  谷根千〈記憶の蔵〉 文京区千駄木5-17-3
・主催  古書ほうろう http://horo.bz/event/kuraposter20140419-29/


第16回「不忍ブックストリートの一箱古本市」
10年目を迎えた不忍ブックストリートの一箱古本市。地域のさまざまなお店や施設の軒先で、今年も100人の店主さんが段ボール一箱分の古本を販売します。思いがけない本や人との出会いを、ぜひお楽しみください。
・4月27日(日) & 5月3日(土・祝) 午前11時~午後4時【雨天決行】 http://sbs.yanesen.org/



連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その9
モダン・ジャズの音を創ったルディ・ヴァン・ゲルダーは本当に神か?

 レコーディング・エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーはモダン・ジャズのレコード収集家から、神のように崇められている。
 彼がエンジニアとして録音したりカッティング(レコード盤の原版となるラッカー盤を作る作業)したレコードは別次元に良い音で鳴るのだそうだ。
 彼が関わったレコードに

は、デッドワックスと呼ばれている音溝とラベルの間のブランクの部分に《RVG》、あるいは《VANGELDER》と彫り込まれている。これらのマークが良い音で鳴るレコードの証になるという。
 彼は、ブルー・ノート、プレスティージ、インパルスなどで数多くの仕事をしているが、困ったことに同

じレーベルでもレコードによってRVGマークがあるものとないものがある。だから音質に拘る収集家は、必ずRVGマークの有無をチェックしているのだ。
 しかし、録音技術で音が変わるのは分かるが、カッティングの技術の差でそこまで音が変わるものだろうか。プロの技術者ならそれほど違わないのではないか。
 それを自分で検証するには同じ内容のレコードでRVGマーク有無の2枚を聴き比べなければならない。しかしオリジナル盤でマーク有る無しの2枚を揃えるのは探しだすのも、予算的にも非常にむずかしい…。
 50年代のARSという通信販売のレーベルに、ヴァン・ゲルダーがカッティングしているレコードがいくつかある。このレーベルはヴァーヴ系の音源を借りてリリースしていたので、A

RSとヴァーヴの両方から同じ内容のLPが出ているものがあるのだ。それを聴き比べれば、カッティング技術による音の違いが明らかになるはずである。
 そこでスタン・ゲッツの53~55年の録音が収録された『クール・サウンズ』のヴァーヴ盤とARS盤から音の違いが分かりやすいワン・ホーン・カルテットで

演奏された「オブ・ジー・アイ・シング」を聴き比べてみた。
 まずはヴァーヴ盤。軽やかなピアノに続いてサックスが入っていくる。耳当たりがとてもまろやかである。ドラムとベースのバランスがいい。自然な音だ。
 次にヴァン・ゲルダーのARS盤。ピアノは同じような感じだが、サックスが

実に生々しく高音部分の伸びがいい。ベースはよりクリアに聴こえる。最も驚かされたのはシンバルだ。シンバルのプレイに定評のあるシェリー・マンだが、それがさらに迫力が増し、リズムが引き締まったように感じられた。
 確かにヴァン・ゲルダーのカッティングによる音の違いはあった。総じて楽器ひとつひとつの音の粒が明瞭になっている。これは彼の職人技のおかげだろう。この結果はぼくの個人的な感想なので参考程度にしていただければと思う。
 こんなふうに音質を聴き比べてみるのもレコードの楽しみ方のひとつである。
 《RVG》がブランド化しているルディ・ヴァン・ゲルダー。彼が少しだけ神に思えてきた。
(古田直=中古レコード「ダックスープ」店主)
●写真上 スタン・ゲッツ『クール・サウンズ』ARS盤。 ARS(アメリカン・レコーディング・ソサエティ)は通販の廉価レーベルで、紙製のジャケットがなく、代わりに小冊子が付属。レコードはピンクのビニール袋に入れられていた。
●写真下 レコードのデッドワックスの《RVG》刻印。 50年代中頃までは写真のような手書きのRVGマーク、後半はRVGのスタンプ、60年代はVANGELDERと変遷した。