「ラブサウンズ・スタイル」シリーズは、レコード会社各社に残された膨大なカタログのなかから、主に60~70年代にかけて制作された、国内録音によるイージーリスニング・アルバムより選曲・構成した作品集で、2004年に複数のレコード会社から全6タイトルが発売されたものだ。
それから10年を経て、今回はキングレコードに残された膨大なカタログのなかから、カテゴリごとに構成した5タイトル(各盤20曲、合計100曲)が発売されることになった。 60~70年代は、こうしたインストゥルメンタルやイージーリスニング・ヴォーカルの企画盤が定期的に制
作されており、そこでは映画音楽や海外のポピュラー・ヒットの数々が洒脱なアレンジを用いて数多くカヴァーされていた。時期的にステレオ装置の一般家庭への普及と重なることから、それらはリスナーに好意的に受け入れられ、常に安定したセールスを記録していたという。とりわけサックス、ピアノ、ギターなどの楽器をフィーチャーした作品が人気を博し、由紀さおりの「夜明けのスキャット」のヒット以降は、スキャットを意欲的に採用したアルバムが多数制作された。 ところが、そのあまりに膨大なタイトル数から、再編に着手するのが困難で、さらに極めて匿名性の高いアーティスト表記などからも、これらが顧みられる機会はなかなか訪れなかった。現に、本シリーズに収録された楽曲の大半が初CD化
となるものだ。 戦後日本で紹介されたムード音楽のレコード第1号は、日本コロムビアの45年12月新譜として紹介されたアンドレ・コステラネッツ管弦楽団の「ビギン・ザ・ビギン/眼に這入った煙(煙が目にしみる)」と云われ、それ以降、60年代から70年代にかけて、ムード音楽、イージーリスニング・ブームはより大きく華開いた。とりわけ〝人類の進歩と調和〟をスローガンに様々な企画が実現された万博ムード真っ盛りの時期には、国内外のオーケストラ公演が盛況で、これは同時に米ビルボード誌に〝イージーリスニング・チャート〟が設けられておよそ10年という第2次イージーリスニング・ブーム到来を告げる時期に符合し、引いてはポピュラー音楽界における転換期でもあった。
69年11月のポール・モーリア初来日に続いて、翌年11月にはイージーリスニング界の本命と目されたフランク・プゥルセルが来日。キョードー東京などは、こうした傾向を指して〝ビューティフル・サウンド〟もしくは〝ラヴ・サウンド〟といった呼称を使い独自の展開を打ち出し、この分野をさらなる隆盛へと導いた。
ちなみにその〝ビューティフル・サウンド〟第1弾として招聘されたのが、数多くの映画で名曲を書いたフランシス・レイである。 やがてブームは定着するが、90年代に入ると、これらはエレベーターミュージック、ラウンジ・ミュージックといった観点から新たなスポットが当てられ、往年の映画音楽と共に若い層の人気を集める。とりわけミシェル・ルグランやヘンリー・マンシーニ、イタリアのアルマンド・トロヴァヨーリらの作品は、これまで国内未紹介だった隠れた作品までもが世界に先駆けてCD化、外資系CDショップを中心に人気が拡散することでより多くのリスナーの心を掴んだのである。 2000年代に入るとこれらイージーリスニングのオーケストラ演奏が韓流ドラマの劇中で採用されたこ
とで、往年のファンの心をも揺さぶり、今やブーム再燃の兆しが見える。人気の理由は様々だが、豪華で流麗なオーケストラ演奏とシンプルながら覚えやすいメロディ、そしてそれを倍加させる洒脱なアレンジ、それらが渾然一体となった名匠の技が堪能出来る点が最大の要因だろう。 今回発売されるタイトルは「イージーリスニング篇」「ポップス篇」「映画音楽篇」「バカラック作品集」「フランシス・レイ作品集」の5作。アートディレクションを本誌同人の宇野亜喜良氏が手掛け、写真はその昔、宇野氏と広告分野でタッグを組んでいた故・藤井秀樹氏の作品を採用、数十年ぶりのコラボが実現している。なお企画・監修は筆者が務めた。 (濱田高志=アンソロジスト)*「LOVE SOUNDS STYLE」シリーズ5作はキングレコードより6/18に一挙発売(各タイトル2,400円+税)。
中村桂子・和田誠「生き物が見る私たち」(青土社刊)
生物や科学というと、文系の人にとっては、敬遠してきたジャンルではなかろうか。かくいう私もガチガチの文系で、高校での授業ですでに挫折し、赤点ギリギリで卒業した類いだ。無論、人類の起源や遺伝子など、興味はあるのだが、記号が出てきただけで、アレルギー。結局、これまでその手の本をあまり読まずに来てしまった。私に限らず、そんな文系諸氏は意外と多
いのでは。 そんな生物・科学アレルギーのあなたに、中村桂子・和田誠の「生き物が見る私たち」は絶好の書だろう。同書は2003年から1年間、集英社の雑誌「青春と読書」に連載されたお二人の対談をまとめたものに、クローンやゲノムなど近年の新しい話題もコラムとして追加した書だ。中村桂子は、東大出身の理学博士で、JT生命誌研究館という企
業博物館の館長でもある。一方、イラストレイターの和田誠は、本書をより判り易く伝えるイラストレーションを提供するとともに、文系の代表者として彼女に素朴な疑問を投げかけるサポート役を務めている。 この「生命誌」という耳慣れない言葉、英語ではバイオヒストリー(Biohistory)と呼ばれ、生命の歴史物語を読み取る新しい学問のことだそうだ。全ての生き物がDNAとして、それぞれの体内に38億年の歴史を持っている。その歴史物語を読み解いて、生命・人間・自然を知り、それらを大切にする社会づくりにつなげていくということを提唱しており、本書でもそれが一貫したテーマとして示されている。 また、同書は対談形式をとっているので、私のような門外漢にも非常に読み易
い。しかも、聞き手の和田誠が例示してくれる映画や音楽の話が絶妙で、彼のシンプルで親しみやすいイラストレーションと相まって、より身近に感じさせてくれる。その結果、以下の新たな事実を学んだ。まずは、女性と男性の生命力の話。そもそも、子供を産むから女性は肉体的に頑強に出来ていると言われているが、それは遺伝学上正しい根拠が示されていること。また、地域別のオサムシのDNAの違いは、その分布図と地形変動の位置が合致していることなどなど。正に目から鱗が落ちることばかりで、学生時の授業とは違い、すぅ~っと頭に入る。もし可能ならこれに続いて、私の不得手な金融や経済に関する対談集も是非、出して欲しいと思うばかりである。 (星 健一=会社員)
アウトバーンがジャズ・スタンダードになる日
「週刊てりとりぃ」の楽しみの一つといえば、大久達朗氏のセレクトする「てりとりぃ放送局」。「アーティスト」「楽曲」「楽器」「奏法」などなど、様々な視点から選曲、「音楽との新しい出会い」を与えてくれる。そこで今回は、「てりとりぃ放送局」を「リスペクト」してこんなお話を。 アルバムを聴く楽しみの一つが「カヴァー曲探し」。特に自分の思い入れのある楽曲がカヴァーされていると「アンタ、わかってるねぇ」なんて一人でニヤニヤしたりする。ただし楽曲の出来があまり好きじゃないときのガッカリ感は半端ない。いつも「カヴァー曲」を聴くときには、そんな期待と不安を感じながら耳を傾ける。ところで「クラフトワーク」といえば、ドイツが生んだ偉大な「ゴッド・オブ・テクノ・ポップ」
だ。「アウトバーン」「ヨーロッパ特急」「モデル」「ポケット・カリキュレーター」など、多くの楽曲が様々なアーティストたちにカヴァーされている。最近では、昨年リリースされた細野晴臣氏のアルバム「ヘヴンリー・ミュージック」で、彼らの「放射能」がカヴァーされていた。 テクノ・アーティストやDJ達が彼らの楽曲を取り上げるのは、「さもありなん」といった感じで、特に大きな驚きは感じないが、2000年以降、彼らの楽曲を取り上げるジャズ・ミュージシャンたち増えている。これが実に不思議な出来栄えで面白い。
少し紹介しよう。スウェーデンのジャズ・グループ、oddjoj(オッドジョブ)が03年にリリースしたアルバム「KOYO(コーヨー)」では、クラフトワークの「マン・マシーン」をカヴァー。オッドジョブはベースのペーテル・フォルシュ、サックスのペール・ヨハンセン、トランペット・のヨーラス・カイフェス、ピアノのダニエル・カールソン、ドラムスのヤンネ・ロベルトソンの5人。ミディアム・スローの幻想的な雰囲気の中、サックスとトランペットが「マン・マシーン~♪」とメロディを奏でる。60年代マイルス・クインテットのようなク
ールなサウンドが印象的。ドイツ出身のピアニスト、ウォルター・ラングのユニット、TRIO ELFの08年のアルバム「746」では、同じ「マン・マシーン」をピアノ・トリオでカヴァー。またオッドジョブと同じくスウェーデン出身で、日本でも人気のピアニスト、ヤン・ラングレン・トリオによる09年のアルバム「ヨーロピアン・スタンダード」では「コンピューター・ラブ」を16ビートで演奏、後半は手拍子が入り、とてもファンキーにまとめている。ドイツ出身のDJ/プロデューサー/ドラマー、クリスチャン・プロマーのユニット、クリスチャン・プロマーズ・ドラムレッスンの07年のアルバム「ドラム・レッスンVOL・1」では「ヨーロッパ特急」をラテン・ジャズ・スタイルで。そして11年には
スイスのジャズ・カルテット、MenschMaschineによる全曲、クラフトワークのナンバーをカヴァーしたアルバム「Hand Werk」がリリース、「ロボット」「モデル」といった名曲が、70年代のスピリチュアル・ジャズ風に演奏されている。 そういえばクラフトワークは、昨年7月にスイスで行われたモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演、喝采を浴びたそうだ。「アウトバーン」がジャズ・スタンダードとなる日は近い。 (土屋光弘=ラジオ番組制作者)
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