2014年9月5日(金)

ヒトコト劇場 #47
[桜井順×古川タク]








特集「Le monde enchanté de Jacques Demy」[2]
ジャック・ドゥミ ~映画的な人生、人生の映画

 ジャック・ドゥミの映画作品は、文学、映画、美術といった様々な芸術作品へのオマージュと、自らの実人生の痛々しいまでの投影によって成立している。このことはドゥミ作品を論ずるひとつの視点に過ぎないが、極めて重要なファクターと言える。
 たとえば、カトリーヌ・ドヌーヴ&フランソワーズ・ドルレアック扮する双児

姉妹が港町を舞台に歌い踊る『ロシュフォールの恋人たち』。そこにはハワード・ホークスの53年作『紳士は金髪がお好き』で妖艶に歌い踊るマリリン・モンロー&ジェーン・ラッセル扮する二人のショウ・ガールの影響を見ることが容易であろうし、古くはD・W・グリフィスの21年作『嵐の孤児』に登場する悲劇の美人姉妹リリアン・ギッシュ

&ドロシー・ギッシュの姿を、絵画に眼を移せばピエール=オーギュスト・ルノワールの『読書する二人の少女』にその原型を見ることが可能である。それら美術・演出面での巧妙な引用の一方、物語・人物像には、若き日のドゥミ自身が抱いた夢と痛切な苛立ちが込められている。「一生ダンス教師で過ごすのはイヤ/パリでチャンスを生かしたい

わ/時間を空費したくないの」。ドヌーヴ演じる双児姉妹の妹デルフィーヌが大鏡の前で歌いあげるそのリリックは、父親の意向で通わされた職業訓練学校で不遇をかこつドゥミ自身の青年期の心情そのものである。
 ドゥミの故郷、ナントを舞台にした長編第一作『ローラ』に登場するローラン・カサールの人物像は、その意味でドゥミそのものと言っていい。「人も街も田舎も、うんざりだ」「ここじゃ誰も生き方を知らない」。そうひとりごつ夢見がちな青年カサールは、職を失い、再会した初恋の人=アヌーク・エーメ扮する子連れの踊り子ローラにもふられ、失意のうちにナントを旅立つ。自らが抱く漠然とした夢と、成功への仄かな灯りを求めて突き進むカサール。故郷ナントからパリを目指したドゥミの心情も、

あるいはそうでなかったか。半自伝的作品と言える本作も、物語の細部や骨格をマックス・オフュルス、ロベール・ブレッソン、アンドレ・マルローといった芸術家の作品からの引用とオマージュで埋め尽くすのがドゥミの流儀だ。
 カサールはその後、ドゥミ畢生の名作『シェルブールの雨傘』に、成功を収めた宝石商として再登場する。カサールは雨傘屋の娘、ドヌーヴ扮する美しきジュヌヴィエーヴに求婚。兵役にとられた恋人ギイの子をその身に宿していたジュヌヴィエーヴも、カサールの熱意に押されるかたちで結婚を決意する。
 『ローラ』に登場するローラと、『シェルブールの雨傘』に登場するジュヌヴィエーヴに共通するもの。それは、相貌の美しさということもさることながら、

どちらも子連れと言う部分に大きなポイントがある。他の男の「子供」を宿した女性を愛し生涯の伴侶として迎え入れる、超越的・略奪的とも言える激しい愛情。カサールの心の有り様は、子連れの女性映画監督アニエス・ヴァルダを妻として迎え入れたドゥミ自身の実人生と完全に一致している。
 映画『シェルブールの雨傘』では、そのドゥミ自身の実人生が「生々しく」「痛々しい」かたちで刻印

されている。カサールと結婚したジュヌヴィエーヴが6年振りに故郷に戻った雪の日に、昔の恋人ギイと偶然に再会する場面がそれだ。ギイの経営するガソリンスタンドに滑り込むジュヌヴィエーヴの車の中には彼ら二人の落とし子、フランソワーズのはしゃぐ姿がある。この幼子に扮するのはロザリー・ヴァルダ、つまりアニエスの「連れ子」その人である。ドゥミはここで、戦争が引き離した悲運のラヴ・ストーリーを描きながらも、他方にある現実的な幸福=子連れの女性をその身のうちに迎え入れた自身の実人生を荒々しく描き出しているのだ。このことは『シェルブール』の1年前に封切られた、妻アニエスの代表作『5時から7時までのクレオ』において、ロザリー・ヴァルダの実父であるアントワーヌ・ブルセ

イエが、死の恐怖に苛まれる主人公の心を癒す休暇兵役を実名で演じていることと考え合わせると一層興味深い。成長したロザリーは後にドゥミ、ヴァルダ作品をはじめとするヌーヴェルヴァーグ派晩年の衣装デザイナーとして活躍。二人の庇護の下、幸福な人生を歩んだのは周知の通りだ。
 文頭に書いた命題を言い換えれば、ドゥミの映画はフィクションの体裁を借りた、荒々しいまでの深層的ノンフィクション作品である。現在行われている回顧展もこの視点を考慮することによって、ある種の定説とは異なるシュールで倒錯的なドゥミの一面を観ることも可能だろう。ここ日本でも再評価の声高まるドゥミ作品の真価を問う新楽章は今始まったばかりである。
(関根敏也=リヴル・アンシャンテ)

企画展『ジャック・ドゥミ映画/音楽の魅惑』

会場:東京国立近代美術館フィルムセンター展示室(企画展)
会期:2014年8月28日(木)〜12月14日(日)
詳細⇒http://www.momat.go.jp/FC/demy/index.html

特集上映『ジャック・ドゥミ、映画の夢』
会場:アンスティチュ・フランセ東京
会期:2014年9月13日(土)〜9月26日(金)
詳細⇒http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1409130926/




イギリスのジャズ・ヴォーカリスト、ノーマ・ウィンストン待望の初来日


 イギリス、ロンドン生まれのジャズ・ヴォーカリスト、ノーマ・ウィンストンが来日する。なんと今回が初来日ということで、「一

度も来たことがなかったのか?」と少しびっくり。ノーマ・ウィンストンといえば、マイケル・ガーリック、マイク・ウェストブルック、

イアン・カーのニュークリスなど、1970年代のブリティッシュ・ジャズ・ロックの代表作に参加、いわゆるヴォーカリゼーションの使い手として、ジャズ・ファンというよりも、プログロッシブ・ロック、特にカンタベリー・ロック・ファンの間では知られた存在だ。
 また近年はジャイルズ・ピーターソンがコンピレーションに彼女が参加している楽曲を入れたり、70年代の代表曲を集めた編集盤がリリースされたりと、クラブ・ジャズ・シーンを中心に再評価が目覚ましい。しかし、そんな流れはどこ吹く風、彼女は独自の道を進んでいる。03年からはクラシックとジャズの両ジャンルで活動するイタリアのピアニスト、グラウコ・ヴェニエル、ドイツのクラリネット、サックス・プレイヤ

ー、クラウス・ゲジングの2人とグループを結成、今年の初めに出た最新作「ダンス・ウィズアウト・アンサー」(ECM)を含めて、これまでに4枚のアルバムをリリースしている。彼女の魅力はその美しく静謐な声の素晴らしさはもちろんだが、作詞家としても大変な才能の持ち主だ。インスト曲として知られたミュージシャンのオリジナル楽曲に歌詞をつけ、新たな魅力を引き出している。
 もともと87年にリリースされたECMからの初リーダー作「サムホエア・コールド・ホーム」で、エグベルト・ジスモンチの「カフェ」やラルフ・タウナ―の「セレステ」に歌詞を付けて歌ったのをきっかけに、03年にはフレッド・ハーシュの楽曲を取り上げた「ソングス&ララバイズ」(サニーサイド)をリリース。

グラウコ&クラウスとのトリオになってからは、2人のオリジナルの他、ヒューベルト・ナス、マリア・シュナイダー、ラルフ・タウナ―、ウェイン・ショーターなど、硬派なジャズ・ファンが「オッ!」と反応するミュージシャンたちの楽曲に歌詞を付けている。またカバーする楽曲も秀逸だ。
 スタンダード以外に、ピーター・ゲイブリエルの「ヒア・カムズ・ザ・フラッド」、トム・ウェイツの「サンディエゴ・セレナーデ」、最新作では「リヴ・トゥ・テル」(マドンナ)、「イット・マイト・ビー・ユー」(デイヴ・グル―シン)、「タイム・トゥ・ノー・リプライ」(ニック・ドレイク)、「エブリバディズ・トーキン」(二ルソン)と、ロック&ポップス・ナンバーを多く取り上げている。どれもオリジナル

とは全く違った雰囲気でとても魅力的だ。「コンテンポラリー・ジャズの栄光の一つ」(イギリス JazzJounal誌)、「今、彼女は自身の頂点にいる。イギリスでは及ぶ者は誰もいない」(イギリス Alyn Shipton、Times、London)など、イギリス本国で最大級の賛辞を受けるジャズ・シンガーがグラウコ・ヴェニエル、クラウス・ゲジングと共に待望の初来日、この秋、彼女の声に酔いしれたい。
(土屋光弘=ラジオ番組制作者)
●ノーマ・ウィンストン ウィンストン/ゲジング/ヴェニエル トリオ 公演 詳細はこちらにて