2014年10月31日(金)

〈TV AGE〉シリーズ最新作
江草啓太と彼のグループによる「宇野誠一郎ソングブックⅠ」

 昭和40年代に幼少期を過ごした人ならば、間違いなく耳にしていたであろう宇野誠一郎の音楽。渡辺宙明、菊池俊輔、渡辺岳夫らと並び、多くのアニメや人形劇などの主題歌を手がけているが、前出の三氏と宇野の大きな違いにシャッフル/スウィング系の多様ということがあげられる。シャッ

フル/スウィング系のリズムを使用した代表的な曲に、「ひょっこりひょうたん島」「W3」「悟空が好き好き」「幸せをはこぶメルモ」「ねえ!ムーミン」「ミスター・アンデルセン」「キャンティのうた」「エッちゃん」「緑の陽だまり」「とんちんかんちん一休さん」「ははうえさま」「ビ

ッケは小さなバイキング」などがあり、まるで宇野の代表曲を羅列したようになる。他の作曲家、ましては近年のアニメ主題歌ではほとんど使用されることのないシャッフル/スウィング系のリズムこそが宇野の大きな個性となっており、いわゆる宇野節という独特の雰囲気を感じ取ることを出来るポイントのひとつでもある。
 また、コード・プログレッションも個性的だ。宇野自らが編曲したオリジナルの「ふしぎなメルモ」では、キーがGメジャーだがイントロ頭でダイアトニック・スケール(全音階)には無い音が含まれているG(#5)風のハーモニーから始まり(フェード・イン気味に始まるため1拍ほど)、いきなりメジャー感が希薄になっている。歌メロに導入直前のコードはF9で、

B9の裏コード(代理ドミナント)。これは、Emに進行するためのドミナント(キーのルートの完全五度上にあたる属音をルートとしたコード)にあたる。裏コードは、ダイアトニック以外の音を含んでいるため不安定な音の配置を持っているが、トニック(キーにあたる主音をルートに持つコード)に解決することで安定感をもたらすコードで、この曲が発表された71年当時裏コードをポピュラー音楽に使用するのは画期的だった。その裏コードはEmに行くために置かれたコードだが、実際には平行調のGから歌メロは始まり、予想されるコードをスルリと外すかのような予測困難なコード・プログレッションが続く。スペースの都合上省くが、歌メロや間奏でもアイデアに満ちたコード・プログレッションが施され

ており、「ふしぎなメルモ」はある意味ブラジル音楽と同じくらい予測できない難曲といえるかも。この曲ををはじめ、当時のアニソンなどには理論的にしっかり考えられた楽曲が多く、当時の子供たちは知らず知らずのうちに音楽素養たっぷりの楽曲が常に周りに溢れていたという、なんとも幸せな時代だったなと思ってしまう。
 そんな数々の名曲を江草啓太と彼のグループがリメイク。バンマスの啓太は江草啓介の実子で、啓介自身も「すきすきソング」「キャンディキャンディ」など多くのアニソンの演奏を担当している。オリジナル・アレンジを活かしながらも、カルテット編成(一部セクステット)のコンボ・スタイルにアレンジされており、オリジナルへのリスペクトが伝わってくる素晴らしい

アレンジになっている。アコーディオンや弦が全面にフィーチャーされており、ミュゼットやマヌーシュ的な雰囲気も漂う。「ねえ!ムーミン」と「キャンティのうた」では、オリジナル・シンガーの藤田淑子と増山江威子が客演、変わらぬ歌声に瑞々しさは不変ということを感じさせてくれる。
(ガモウユウイチ=音楽ライター/ベーシスト)
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●「宇野誠一郎ソングブックⅠ」品番・UNOCDー1101/価格2800円+税/発売中




芦原伸「被災鉄道 復興への道」を読んで


 2011年3月11日東日本大震災の数日後。殆どの演奏の仕事がキャンセルとなった僕は、ふらりと知る人ぞ知る人形町の鉄道居酒屋「キハ」を訪ねた。隣で飲んでいた人が、おもむろにカウンターから時刻表を取り出し、被災地の路線のタイムテーブルを指した。
 「ねえ、この列車は14時46分、このあたりを走ってた筈なんだ。どうなっちゃったんだろうね・・・ 流されちゃったのかなあ?」。心配と興味本位の入り混じ

ったような口調だった。旅好きであり、鉄道ファンである僕も、もし3月11日がオフだとしたら、偶然ふらりと太平洋岸を走るその列車に乗っていたとしても不思議ではなかった。運転士、車掌さん、現地警察官、乗り合わせた人たちの判断。それによってどんな結果がもたらされたのか。それが書いてある本に初めて出会った。紀行作家であり「旅と鉄道」編集長・芦原伸さんによる「被災鉄道 復興への道」である。

 あのとき、東北地方の太平洋沿岸を走行中の列車は31本。乗客と乗務員は推定1800人。激しい損害、もちろん津波に呑まれた列車もあった中、なんと乗客・乗務員の死傷者はゼロだった。意外に知られていない、奇跡といってもいい事実。これを語り継ぐべく本書を執筆した芦原氏の熱い想いが伝わる一冊。
 たまたま乗り合わせた若い警察官が乗客を高台に誘導した常磐線、地元乗客のアドバイスで全員の避難地を変更した大船渡線、トンネルの中で急停止した三陸鉄道・・・ 司令部、乗務員、駅員の冷静沈着な判断や、乗客たちの協力的な助言によってもたらされた死傷者ゼロという結果。日本人ならではの公共への道徳観、相互の奉仕精神による奇跡として、各章が語られている。

 それぞれの路線、乗り合わせた地元の人たちの「これまでの人生」そして復興へ向けての「これからの人生」がくまなく如実に語られていることに加え、鉄道ファンであり紀行作家である著者ならではの旅人視点を通して全編が描かれていることも、本書の大きな魅力であると感じる。
 奇しくも3月11日は「青春18きっぷ」などの春休み限定JRトクトクきっぷの通用期間の始まりの頃。そのためローカル線の旅をのんびり楽しんでいて地震に遭遇した旅行者も多く、彼らへのインタビューもふんだんに盛り込まれている。そのことによって、一度でも被災地を旅したことのある人、思い出のある人にとって、かつて経験した郷愁や旅情を思い起こさせるシーンも多い。
 僕が本書を読んで思い起

こしたのは四半世紀も昔、千葉の自宅から北海道まで自転車旅行した時のこと。疲れ果てて到着した陸前高田のユースホステル、あまりにも急坂続きで辟易としたリアス式海岸と道路、そして当時開通したばかりの三陸鉄道・小本駅のベンチで野宿しながら見上げた満天の星空・・・
 あなたは本書を読んで、どんな旅の記憶を想い出しますか?
 旅人として被災地を想うことも、この大震災をひとりひとりが心に留めるためには、とても大切なことだと、この本を読んで改めて思いました。
 鉄道ファンとして、旅人として。そして日本人として、強くお薦めしたい一冊です。
(田ノ岡三郎=旅するアコーディオニスト)




企画展『ジャック・ドゥミ映画/音楽の魅惑』

会場:東京国立近代美術館フィルムセンター展示室(企画展)
会期:2014年8月28日(木)〜12月14日(日)
詳細⇒http://www.momat.go.jp/FC/demy/index.html