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2017年11月10日(金)



佐野邦彦さんの訃報を受けて







[LOST WORLDへの案内] ジグソー再発6タイトルが発売!
2017年11月4日発行「月刊てりとりぃ」Vol.92より転載



●ULTRA-VYBEより発売されるジグソーの再発CDの詳細はこちら https://www.facebook.com/notes/1477081242385592/




2014年9月19日(金)

ヒトコト劇場 #48
[桜井順×古川タク]








復刊ドットコムより「ぬいぐるみ殺人事件」が遂に復刊!!


 先月「ぬいぐるみ殺人事件」が復刊ドットコムから刊行された。私が80年代に編集人をしていたミニコミ「漫画の手帖」で連載したリレーマンガで、第1回の新井素子&ふくやまけいこから、とり・みき、吾妻ひでお、伊東愛子、中山星香、高橋葉介、かがみあきら、早坂未紀、出渕裕、水縞とおる、ゆうきまさみ、魔夜峰央、沢田翔、粉味、豊島U作、火浦巧&愛田真夕美、最終回しりあがり寿という超豪華メンバーがラインナ

ップ、86年に増刊で一度まとめたが瞬時に売り切れ、その後その本はプレミア価格になっていたという。
 同時に87年、学園祭で公衆の面前でマンガを合作するというライブコミックの「宇宙家族ロビンさん」も収録にこぎつけた。原作はしりあがり寿、絵は花輪和一、蛭子能収、根本敬、マディ上原、田中雅人、表紙がスージー甘金とこれまた超豪華版。しりあがりさんに頼まれメンバーを紹介したので、関係作といえる。

作品の性格上、それぞれの作家で再録もできず、これが全て初の単行本化なので、是非とも本書で楽しんでいただきたい。
 現在、マンガを中心に、アニメも含め、多くの企画を同時進行している。最終決定まで行っていないので、公表できないが、決まっているものでは10月に吾妻ひでおさんの「チョッキン」を復刻する。かつて秋田書店で、4巻もので単行本化されたが今は絶版、吾妻さんがSFへ行く直前のギャグマンガで、サブキャラではさんぞう、不気味、ナハハの3大キャラが既に登場、ヒロインの絵美ちゃんは文句なしの美少女、吾妻ファンなら必読のマンガだ。肝心なセールス・ポイントは単行本未収録が10編も入った完全版であること。毎回読切形式だからできたことだ。

 今後計画している復刻はやはり単行本未収録が多数あり、1冊につき未収録が1編のようなものは作らない。
 さらに吾妻ひでおは単行本未収録作品だけを集めた究極の単行本も企画中。なにしろ私は76年から78年にかけて、大学をサボッて、ありとあらゆる古書展に並び、古本屋廻りは日課、そしてつぶれた貸本屋をさがして遠征など、マンガに全てを捧げていた時代を過ごしていた。
 もちろん吾妻ひでおも集めていて、それぞれライバルがいたので、デパートのエスカレーターを駆け上がるのが早いのか、エレベーターや階段の位置など下見をしていたほど。価値ある復刻しかしないので、是非、お楽しみに。
(佐野邦彦=VANDA編集人)
初出:月刊てりとりぃ#53 /2014年8月号掲載「LOST WORLDへの案内(第40回)」




連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その12
言葉ではうまく言えないルイ・プリマの素晴らしさ

 フングリダズングリ、ベイババオーボーイ、バリリバ、スティリバ、ホーホーホホウホウ……。
 この意味不明でキテレツな言葉は、ルイ・プリマがライヴ・アルバム『ラス・ヴェガス・プリマ・スタイル』の中で披露しているスキャットである。スウィング・ジャズとロック&ロールを混ぜたようなリズムにズンチャ・ズンチャとのってしまい、思わず口をついて出た言葉である。
 彼のスキャットは、ジャズ・シンガーたちのクールなスキャットとは一味も二味も違う。この可笑しな言葉を言えるもんなら言ってみろ、という観客への挑戦なのだ。会場のお客たちはプリマがスキャットで発した言葉を必死に笑いを堪えながら、一語一区間違えないように繰り返して歌う。プリマも、自分が発したキ

テレツな言葉を観客がしどろもどろになりながら真似ることに、必死に笑いを堪えながら、スキャットで次の言葉を投げつける。こうやって、笑いの渦が巻き起こっていく。心が通じたときの《言葉ではうまく言えない感じ》が会場を包んでいくのだ。
 「言葉ではうまく言えない」、「なんとも言いよう

のない感じ」などは、感想を伝える表現としては便利なような、卑怯なような。ピッタリくる言葉が見つからないときは、いろんなところから引用してしまう。その借りてきた言葉はどうやって返したらいいのだろう? こんな風に言いながらだろうか? 「お言葉を返すようですが……」
 ルイ・プリマは肉体的、

活劇的な明るさで、このライヴを存分に楽しませてくれる。スタンダードの「ハニーサックル・ローズ」と「ゼム・ゼア・アイズ」をメドレーにして一気にやっつける。キーリー・スミスにしっとりと歌わせた後、プリマの登場で一気にテンポ・アップする「エンブレイサブル・ユー」。ワイルデストなバック・バンドをまとめるサム・ビューテラが歌うジャンプ・ナンバーの「グリーン・ダラー・ビル」など、言葉ではうまく言えない魅力が満載だ。
 締め括りに登場するのは「トゥー・マーヴェラス・フォー・ワーズ」。この曲は言葉をテーマにして言葉遊びをしているジョニー・マーサー作の歌詞がおもしろい。褒め言葉をマーヴェラス(素晴らしい)、グロリアス(輝かしい)、グラマラス(魅惑的な)、アモ

ラス(艶かしい)と韻を踏んで選んでいる。そして、「あなたはとっても素晴らしすぎるから、分厚い辞書にもふさわしい言葉はないんだ。だから、ぼくは小鳥からラヴ・ソングを借りて来た。あなたはとっても素敵すぎる。言葉では言い尽くせないくらい、素晴らしすぎるんだ!」と歌われている。

 ルイ・プリマは素晴らしすぎる。ゆったりしたテンポで、しっとりと歌われることが多いこの曲をこんになにもハッチャキなスピードで、スウィングさせるんだから! ほんとに素晴らしすぎる。こんな音楽に出会ってしまったら、言葉を失ってしまうよ。
(古田直=中古レコード店「ダックスープ」店主)
●写真上 ルイ・プリマ/キーリー・スミス『ラス・ヴェガス・プリマ・スタイル』 おしどり夫婦のふたりらしい微笑ましいジャケット。しかし、ふたりは10年足らずで破局をむかえてしまった。 ●写真下 ビックス・バイダーベック自伝映画『情熱の狂想曲』サントラの10インチLP。ドリス・デイが歌うバラードの「トゥー・マーヴェラス・フォー・ワーズ」はまさに絶品。




企画展『ジャック・ドゥミ映画/音楽の魅惑』

会場:東京国立近代美術館フィルムセンター展示室(企画展)
会期:2014年8月28日(木)〜12月14日(日)
詳細⇒http://www.momat.go.jp/FC/demy/index.html

特集上映『ジャック・ドゥミ、映画の夢』
会場:アンスティチュ・フランセ東京
会期:2014年9月13日(土)〜9月26日(金)
詳細⇒http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1409130926/



2014年8月29日(金)

特集「Le monde enchanté de Jacques Demy」
ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑[1]

 今週より数週にわたって「ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑」に絡めた記事を掲載する。これは昨年、本国シネマテーク・フランセーズで開催された展覧会の巡回展で、彼の地での様子は本誌でも四回に分けてレポートを掲載した。ご興味のある方はバックナンバー(昨年の5月10日号、同17日号、同24日号、6月21日号に掲載)を参照のほど。
 そして第一回の今週は、東京国立近代美術館フィルムセンターの主任研究員である岡田秀則さんによる展覧会の概要と見所について。また、本誌読者のために招待券もご用意頂いた。希望者は件名を「ドゥミ展」、そして本誌の感想・リクエストを添えてこちらまでメールでご応募下さい。〆切は今月末日、抽選で五組十名にプレゼントします。
(文=編集部)


特集「Le monde enchanté de Jacques Demy」
ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑 概要

 いよいよ八月二八日から展覧会「ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑」が始まる。ひとかたならぬドゥミ映画やミシェル・ルグランのファンを擁する「週刊てりとりぃ」のご依頼にやや緊張を感じつつ、この展

覧会のアウトラインや見所を述べてみたい。
 この企画は、昨年パリのシネマテーク・フランセーズで開催された「フル・バージョン」の面積にして約四分の一の「小規模版」ながら、フィルムセンターが

長く友好関係を保ってきたシネマテークからの巡回展である。フィルムセンターの展示担当になって七年になるが、正直なところ展覧会という形式で『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』の昂揚感を伝えられるか、心もとない。またそれとは別に日本ではまだ「映画の展覧会」という形式自体がこれからの分野だと思っている。それだけにこのような国際水準の企画を招くことには少なからぬ意義があった。
 シネマテークが、監督夫人アニエス・ヴァルダやドゥミ家と綿密に話し合ったであろう展覧会のコンセプトは、彼の生涯をたどる形で入念に作られている。全体は時系列で五つの章に分かれており、さらにドゥミ本人の写真・絵画を紹介する「ドゥミの世界」を合わせると六章からなる。生い

立ちから短篇映画の時代、デビュー作の『ローラ』から一九九〇年の死去までに撮られた一本一本の作品を丁寧に追っており、決して代表作の華やかさだけで全体を覆い尽くすものではない。特に『モン・パリ』以降企画がなかなか実現しなかった、かりに実現しても賞賛されなかった苦闘の時期にもしっかりフォーカスを当てているのが印象的だ。残念ながら、フランスからの提供品は資料類に限定し、パリ展で会場をきらびやかに飾っていた衣裳など大型品の展示は見送らざるを得なかった。その分、恐らく世界一のドゥミ資料の蒐集家であろう濱田高志氏の所蔵資料をお借りして、ドゥミ映画のエッセンスを会場にできる限り満たすよう努めた。さらに、同氏の選曲によるドゥミ映画の名曲を会場で紹介できるのも東京

展ならではの試みである。
 さて、東京でジャック・ドゥミ展をできないかと批評家でもあるシネマテークの展覧会担当マチュー・オルレアン氏から打診されたのは、パリ開催の前年、二〇一二年のことだ。最初から日本巡回は彼らの心のうちにあったのだ。彼はその理由を二つ挙げた。まずは、ドゥミ自身にとって日本が特別な国であること。もう一つは、二〇〇〇年のリバイバル以来『シェルブールの雨傘』と『ロシュフォー

ルの恋人たち』(のちに『ロバと王女』も加わる)の上映が成功を収めたことである。これを聞いてフィルムセンターは、東京展のコンセプトの中で「日本におけるドゥミ」の色あいを高めたいという注文を出した。それは何よりも、日本発の企画『ベルサイユのばら』(一九七八年製作、翌年公開)である。公開当時の日本では、大ブームの原作や演劇版との落差ばかりが語られたが、ドゥミにとっては(かなり奇妙な申し

出には思えただろうが)失意の時期に差し伸べられたミラクルな提案であっただろう。この映画の実現は、フランスでは「過去の人」にされようとしていたドゥミが、日本の観客には『シェルブールの雨傘』以来敬意の対象であり続けていたことの証明である。このことと、21世紀日本の『ロシュフォールの恋人たち』への熱狂を遠くから見つめていたフランス映画界の視線がこのドゥミ展につながったという事実は、私にはパラレルな気がしてならない。
 そして出口近くには、ドゥミ作品の日本版ポスターのコーナーも設けている。上村一夫によるリバイバル版『シェルブールの雨傘』のポスター(一九七三年)など、むしろフランス人に見てほしい一品だ。日本の漫画とドゥミ作品の出会いは、実は『ベルサイユのば

ら』の前にもあったわけだ。
 展覧会の関連企画として、九月二七日にマチュー・オルレアン氏をお招きして『ベルサイユのばら』特別上映会を行うほか、同氏や濱田氏などによる三回のトーク・イベントを催すことになっている。また同じ九月には、アンスティチュ・フランセ東京での上映会「ジャック・ドゥミ、映画の夢」も予定されている。二〇〇七年に一度大がかりな上映企画を行った同館だが、今回も日本でなかなか上映されない作品が多く含まれており、『モデル・ショップ』や『都会のひと部屋』など、周知の代表作とタッチの違う、まさに自分の殻を破ろうとする作家ドゥミに触れられる絶好の機会になるだろう。
(岡田秀則=東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員)
Photo:上から『シェルブールの雨傘』撮影中のドヌーヴとドゥミ監督© 1993 – Ciné-tamaris、フィルムセンター外観


企画展『ジャック・ドゥミ映画/音楽の魅惑』

会場:東京国立近代美術館フィルムセンター展示室(企画展)
会期:2014年8月28日(木)〜12月14日(日)
詳細⇒http://www.momat.go.jp/FC/demy/index.html

特集上映『ジャック・ドゥミ、映画の夢』
会場:アンスティチュ・フランセ東京
会期:2014年9月13日(土)〜9月26日(金)
詳細⇒http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1409130926/



スタジオの怪談


 放送局では、ときどき怪談めいた話を耳にする。なんでも、姿形が見えないのに何らかのメッセージを伝えようとしている点で、電波と霊は親和性が高いのだとか。測定可能な物理現象の電波と、正体不明の霊を

同列に論じるのもどうかと思うが、それ故に、放送局に霊が引き寄せられるらしい。
 あるとき、深夜放送明けの先輩ディレクターから、こんな話を聞かされた。前夜の生本番中、原稿を読ん

でいたアナウンサーが突然、読みを中断し、こちらを振り向いた。読み違えたり、難しい言葉につかえたわけでもない。先輩は手振りで先を続けるよう促し、原稿読みは終了、CMに入った。どうして途中で読むのを止めたのかと尋ねると、アナウンサーはこう答えた。「『違う』って言っただろ」
 この番組は、副調整室とブースがガラスで仕切られた通常のスタジオではなく、広い副調整室の窓際に机とマイクを置き、同じ室内で放送していた。ディレクターはトークバックを使わず、直接、肉声で指示を飛ばす。しかし、アナウンサーの対面に座っていたアシスタントの女性を含め、ほかには誰も、そんな声を聞いた者はいなかった。もうひとつ、おかしなことがあった。担当アナウンサーは、かつてスポーツ中継なども経験し

たベテランで、普段、長丁場の生放送では、トイレや体調急変を避けるため、水分を控えている。それが、この夜に限って喉が渇いて仕方がなく、何杯も水を飲んでいたらしい。
 わたしは、この深夜番組内の「星占い」のコーナーを担当していた。監修者のKさんは、関西の占星術界の権威と言われた女性で、録音のときに「別のスタジオにしていただけませんか。あちらのピアノのそばに子供がいますので」などとおっしゃることもあった。先輩の話を伝えたところ、興味を惹かれた様子で、そのスタジオを見せて欲しいと言われた。ひとしきりスタジオ内を検分したあと、その日は、何も語らずお帰りになった。
 数日後、Kさんから番組プロデューサーに連絡があった。しばらく前、欧州で

日本人が巻き込まれる航空機事故があったのだが、その事故で亡くなったカップルの霊がスタジオに憑いているという。カップルは関西出身で、ひとりは双子座生まれ(もうひとりの星座は失念)。じつは番組アシスタントの女性が、事故の直後に同じ空港を訪れていて、そのとき、現場で彷徨っていた2人を日本に連れ帰ってきたとのことだった。占星術では、霊は同じ星座の人に働きかけ、メッセージを伝えようとするらしい。たしかに件の番組関係者は、ディレクターとアナウンサーが双子座、アシスタントが忘れてしまった星座と、皆、カップルのどちらかと同じだった。
 ほんとうに、そんなカップルがいたかどうかは知らない。しかし、その説明を聞いて、ひとつ思い当たることがあった。当時、担当

していた別の番組でも問題のスタジオを使っていたのだが、妙な出来事があったのだ。テープを再生しようと調整卓のスイッチを押したが、テレコは止まったまま。慌てて2、3歩近づいたとき、急に動き出した。直前にテープの頭出しとテンションを確認したので、不思議で仕方なかった。そして、もうお気づきかと思うが、わたしも双子座の生まれなのだ。
 後日、プロデューサーの依頼を受けたKさんは、水晶球を手にひとりスタジオに籠り、儀式を行った。そのあと、おかしな噂を聞くことはなくなった。
(吉住公男=ラジオ番組制作)
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●写真 スペシャルズ「ゴースト・タウン」(81年)※本文と直接の関係はありません。



おじさん世代にCDを買い続けさせるレコード会社の戦略


 CD冬の時代にCDを買い続けるのは、私のような60年代、70年代のロック&ポップ・ミュージックを愛する「おじさん世代」だろう。少々高い値段でも、小金は持っているので、未発表音源など入っていれば何度も買い直してしまう。レコード会社には有難いお客様である。主なターゲットは、売り上げが期待できるメジャーのリイシューに付加価値を付けておじさん世代の懐を吐き出させることだ(通常のボーナストラック付CDと、邦楽は省略)。
 狙いは①スーパー・デラックス・エディション②モノ&ステレオ③幻の音源蔵出し④日本盤のみボーナストラック⑤ダウンロード⑥通販オンリーの6つにカテゴライズされる。
 まず一番悩まされるのが①だ。アルバム単位でリリースされるが、アルバムと

未発表音源もしくはライブ、未DVD化のライブ映像も入り嬉しいのだが、しばしばLPもプラスされみな分厚いLPサイズになり、保管場所に頭を悩ます。5・1サラウンド・ブルーレイ・オーディオとLPは別売にして欲しいのは自分だけ? 現在、フー、ポール・マッカートニー、ローリング・ストーズという超大物が進めていて、どこまで出るのか若干困ったような気分だ。
 レッド・ツェッペリンだけはCD2枚のデラックス・エディションで全音源が聴け、「スーパー…」には映像がなくプラスLP他なので買わずに済みグッド!
 ②はCD2枚もしくは1枚が主役なのでリーズナブル。モノ盤が出ていた1968年まではモノとステレオでは別ミックス・別テイク、尺も長いものがあり嬉

しい発見が多い。ビーチ・ボーイズ、キンクス(「キンクス・イン・モノ」というモノだけのボックスもあり、オーストラリア盤の「オーストラリア」は本ボックスのみ)、スモール・フェイセス、ホリーズ、ラスカルズ、フー、モンキー

ズなど進めていて、アソシエイションのようなモノ別売リリースもある。
 最も肝心なビートルズだが、UKとUSで編集が違ううえ、それぞれのモノとステレオにも違いがあるので4パターン必要になる。UKのモノはボックスでシ

ングル・EP曲も含めて出たが、US盤はそれ自体のCD化がされていなかったため「ザUSアルバムズ」でモノ、ステレオは完璧かと思いきや、当時のミックスを使っていないものあり、当時のままの古い「ザ・キャピトル・アルバムズ」が手離せなくなった。EMIと違ってキャピトルは大失策。
 ③は近いところではCSNYのオクラ入りだった「CSNY1974」がCD3、DVD1で嬉しいリリース。そしてこれも長く予告されていたスモール・フェイセスの「ヒア・カムズ・ザ・ナイス・ジ・イメディエイト・イヤーズ・ボックス・セット1967〜1969」はCD4+EP4。どちらにも未発表音源がありマストバイ。ニール・ヤングの『ニール・ヤング・アーカイブスVol1

1963〜1972』もCD8、DVD2の力作だが、隠しトラックが多く、画面上のありとあらゆるものをクリックしないと出てこないので面倒な事この上ない。ニール先生、やり過ぎだ…。バッファロー・スプリングフィールドはコンパクトで良かったのに。
 古くはジョン・レノンを

中心にキンクス、フー、S&Gなども出しており、ポップス系では未発表とは言えないがベア・ファミリーがニール・セダカのRCA時代の全ての国のヴァージョンをCD8枚に収め、アンディー・ウィリアムスも日本盤のボックス1で日本語ヴァージョンなど集めたディスクを作り、財布の紐

を開けさせることに成功した。ただ③のチャンピオンはビーチ・ボーイズの「ザ・スマイル・セッションズ」にとどめを刺す。CD5、LP2、シングル2だが、正真正銘の幻の音源で、よく出してくれたものだ。
 ④の主眼はローリング・ストーンズ。デッカ時代のモノ化がまったく進んでおらずおまけにヒット曲入りのUS編集盤がメイン。①はローリング・ストーンズ・レーベルのものだが、そこで出した「シングルス・ボックス1971〜2006」もシングル・ヴァージョンじゃなかったりエディットが入ったりずさん。デッカ時代の「シングル・コレクションズ〜ザ・ロンドン・イヤーズ」や「モア・ホット・ロックス」のようなベストも、リイシューの度に別テイクが入ったり正規シングル・ヴァージョン

が入ったりで困る。そして本題の日本盤だが、「ストリップド」から1曲多く付けだした。この盤でしか聴けないものもあるので輸入盤を先に買うのは気を付けること。最近では「サム・ガールズ」のデラックス・エディションも(スーパー…も含む)日本盤は未収録1曲多かった。そして究極は「サム・ガールズ・ライブ・イン・テキサス78」で日本盤は1曲多い上に、応募券にCD実費を送るとさらに3曲入りCDが送られてきて完全版となる仕組み。マディー・ウォータースとの共演も日本盤のみ完全版である。
 ポール・マッカートニーも日本で「フラワーズ・イン・ザ・ダート」と「オフ・ザ・グラウンド」にボーナスディスクを付け、その後も「ケイオス…」「ニュー」に日本盤のみ1曲プラ

スした。
 ブライアン・ウィルソンの過去のライブ盤は日本盤で5曲、2曲と多く、ディズニーからの2枚もiTunesのみの曲を加え計3曲多い。マニアック度で群を抜いている日本盤のフーは、リイシューの度に曲が増えたり別ミックスになったりしているのでこれまた注意。詳しくはウェブVANDAの「特集」をクリック。
 ⑤は著作隣接権50年が切れてブートレグが出回ることを恐れ、63年の未発表音源をビートルズやビーチ・

ボーイズがiTunesでダウンロード販売した。特にビーチ・ボーイズ関係の超レア音源を集めた「ザ・ビッグ・ビート1963」は日本未販売なので海外の友人に頼むしかないのは残念なところ。その他、ブライアン・ウィルソンやポール・マッカートニーがアルバム未収録音源をiTunesのみで販売しているので要注意だ。
 ⑥はフー。2002年以降の膨大な過去のライブはザ・ミュージック・ドット・コム、ピート・タウンジェンド関係はイール・パイで販売され、ダントツの第一人者。
 最後にベスト・バイのCDはブライアン・ウィルソンやフーで未収録曲を付けていることがあるのでこれも注意だなあ…
(佐野邦彦=VANDA編集人)



2014年7月25日(金)

手塚治虫『フィルムは生きている』(国書刊行会刊)を読んで


 手塚治虫が昭和33年から約1年半、「中1コース」から「中2コース」に連載した中編がこの「フィルムは生きている」である。講談社の「手塚治虫漫画全集」に入っているし、読んだ事がある方も多いと思う。しかし今回のこの国書刊行会における復刻は、連載当時のままの復刻なので毎回の扉やあらすじが入り、その後の単行本から見ると書き加えられたコマ、削除されたコマがかなり見られ、また吹き出しのネームが当時

は手塚本人の自筆だったので味がある。これらの変更点は、本書の企画/編集を担当した濱田高志氏の解説に詳しく記されているのでそちらを参照していただきたいが、ストーリーの骨格は一切変わっていないので、単行本化に合わせて手塚が的確な改良を加えていたことがわかる。さらに冒頭のカラー8Pも連載当時のもので、昭和20~30年代独特の色指定のカラー頁を眺めるのは手塚ファンの醍醐味のひとつ。さらに熱心なフ

ァンにとっては、本書に収録された、新発見の昭和39年「六年の学習春の臨時増刊号」読切9Pの絵物語「タイムマシンがぶっこわれされた!」が貴重だろう。タイム・パラドックスものの第一人者である手塚のセンスが垣間見られる小品で、コンプリートを目指す人は見逃せない。
 装丁は、COMの表紙でもお馴染みの和田誠氏。箱の表裏、本の表裏がそれぞれ別の4枚のイラストというだけでも贅沢なのに、わ

ざわざカラーインクで書くという細かな配慮が本書にぴったりマッチしている。また「てりとりぃ」でお馴染みの古川タク氏と、和田誠氏がそれぞれ手塚治虫との出会いから交流のエピソードを語っており、歴史的な価値だけでなく手塚の人間性まで伝わってきて、実に読みごたえがある。こういった本書の丁寧な作りが、付加価値を上げていた。ただの「復刻本」とは決定的に違う。
 さて、ここまでが本書の

概観の紹介だ。「フィルムは生きている」に関しては、手塚本人が「もう狂うほどに動画づくりに意欲をもやしていたころの、ぼくの私小説(私マンガ?)というべき作品です」と回想しているとおり、アニメーションへの熱い想いが溢れ出ている。作品内でマンガ映画がどういうものなのか、その歴史、制作方法から、どれだけの膨大な作業が必要で多くのマンパワーと多額の資金がかかるのか、そして気持ちの面でもみんなが力を合わせて作らないとできないということを埋め込み、アニメ入門編・啓蒙編としても巧みに成立させていた。
 そう、この当時は、日本はアニメーション黎明期で、そういう仕組みを知っている人間はごく少数だった。手塚はディズニー作品をこよなく愛し、戦中でも劇場

に足を運び国策アニメーション映画であってもその抒情性に涙したという、心底のアニメーションファン。本作は連載後に鈴木出版の「手塚治虫漫画選集」として単行本化されるのだが、手塚本人がその当時の日本のアニメーションの歴史を紹介した「マンガ映画メイド・イン・ジャパン」というその文章を後書きとして

わざわざ書き下ろす。本書の付録として読めるが、そこでは戦前から戦後の小さな独立スタジオの誕生、それらを吸収してついに本格的動画スタジオを作り出した東映動画までの流れが、代表作からスタッフ名まで詳しく紹介されていた。当時の子供はこれで日本のアニメーションの系譜を知っただろう。

 連載開始前より、手塚は東映動画の嘱託として現場を見ており、連載時には長編「西遊記」の原作に参加するなど、手塚本人が転換点の渦中にいた。昭和36年、手塚はついに自らのアニメスタジオ、虫プロダクションを設立、自分が漫画で稼いだお金もつぎ込みながら、昭和38年には日本初の30分枠連続テレビアニメ「鉄腕アトム」を成功させ、その後のテレビアニメの隆盛の端緒を開いた。受注のために当時のテレビ番組制作経費に合わせてアトムを売り込み、この成功によって多くのテレビ局がテレビアニメの制作を求めるようなるのだが、経費削減のために作画枚数を大幅に減らしたリミテッド・アニメの手法を駆使、低価格の受注が現在までつながるアニメスタッフの低賃金化の下地となったという批判もある。し

かし手塚のチャレンジがなければ、今の日本が世界に誇るアニメ大国になっていただろうか?
 ただ本人の情熱とは異なり、正直、手塚アニメには高い評価はない。漫画の神様はアニメの神様ではなかった、そういう評価が定着していた中、79年に手塚はその年のアニメの最高作として宮崎駿=大塚康生の「ルパン三世カリオストロの城」と出崎統=杉野昭夫の「劇場版エースをねらえ!」だと的確に選び、審美眼は確かなものだなと感激した記憶がある。私的な事で恐縮だが、自分もアニメーションが好きで、ビデオがようやく出てきた時代に、先人達の言葉に出てくる内外の作品を見ることに必死だった。今から30年以上前のことだが、友人数人と共同で様々な図書館から16ミリフィルムで今でもビデオ

化すらされていない森康二の「黒いきこりと白いきこり」などを借りてきて、スタジオにテレシネを依頼しベータ1で保存、かなり高額な費用をみんなで分け合ってそれを共有した……なんて思い出もある。違法な事だが、業界人でもない一介の学生達にとって当時できるのはそんなことしかなかった。
 情報すらない時代のパイオニアの手塚と同列にはできないが、アニメーションへのほとばしるような強い思いがあったことは変わりがない。だからこの作品に、自分は手塚作品の中でも特別な感慨を持ってしまう。
(佐野邦彦=VANDA編集人)
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手塚治虫『フィルムは生きている』●発売中/A5判/価格3200円+税/国書刊行会HPはこちら。



1964年7月、あの素晴らしき夏
全米ヒット・チャートでたどる、アメリカン・ポップスの分水嶺

 1964年2月1日、訪米を6日後に控えたビートルズは、最新シングル「抱きしめたい」で初の全米1位を獲得する。前々週に45位で初登場、前週3位からトップに躍り出ると、7週連続でその座を守った。その後、ビートルズの首位独走は「シー・ラヴズ・ユー」「キャント・バイ・ミー・ラヴ」と連続3曲、14週に

および、4月4日には上位5曲を独占。5月9日、サッチモの「ハロー・ドリー」で、ようやく一矢報いた米国ポップスは、メリー・ウェルズ「マイ・ガイ」が続くが、5月30日、旧譜シングル「ラヴ・ミー・ドゥ」でビートルズが首位を奪還する。ここまで4カ月間は、まさに彼らの独り舞台で、ほかに活躍の目立った英国

勢はデイヴ・クラーク・ファイヴのみ。まだ「インヴェイジョン(侵攻)」と呼べるほどの大きな動きは見られない。
 「ラヴ・ミー・ドゥ」は1週でディキシー・カップス「愛のチャペル」に首位を譲り、以後しばらく、ビートルズは王座を離れる。その間、弟分のピーター&ゴードンが「愛なき世界」で全米1位を記録、さらに、ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタス、ジェリー&ザ・ペイスメーカーズなど、ビートルズと関係の深いバンドが、その不在を埋めるようにトップ10に顔を出し始める。全面侵攻へ向け、態勢が整えられつつあった。
 8月1日、ビートルズは「ア・ハード・デイズ・ナイト」で、2カ月ぶりに首位に返り咲く。「抱きしめたい」から半年、通算5曲目の全米1位を飾ったこの

日こそ、英国音楽アメリカ上陸作戦のD・デイとなった。謎のコードの号砲一発、マージー河のフェリーが大西洋を渡り、大挙して米国に押し寄せる。翌月にはアニマルズ「朝日のあたる家」、続いて10月にはマンフレッド・マン「 ドゥ・ワ・ディディ・ディディ」が首位を奪取。加えて、ダスティ・スプリングフィールド、

チャド&ジェレミー、ハニーカムズ、キンクス、ローリング・ストーンズ、ゾンビーズら多彩な顔ぶれがトップ10ヒットを放ち、全米チャートは英国勢に制圧される。12月26日、ビートルズは「アイ・フィール・ファイン」で通算6曲目の全米1位を獲得、激動の64年を気持ち良く締めくくった。
 ここで、侵攻開始の直前、

64年7月のチャートに注目したい。ビーチ・ボーイズ「アイ・ゲット・アラウンド」とフォー・シーズンズ「ラグ・ドール」、60年代アメリカン・ポップスの双璧バンドが、2週ずつ首位を守った。B面は、それぞれ「ドント・ウォリー・ベイビー」と「サイレンス・イズ・ゴールデン」。数あるポップ・シングルの中でも1、2を争う最強カップリング盤だ。「ドント・ウォリー・ベイビー」と「ラグ・ドール」は、どちらも、ビートルズ以前の米国ポップスを代表するフィル・スペクターの影響が濃い。ビートルズがフォー・シーズンズの所属するVJから米国デビュー、その後キャピトルでビーチ・ボーイズとレーベル仲間となったのも、何かの因縁か。
 前年11月のケネディ暗殺、年明けからのビートルズ旋

風と、変化の荒波に翻弄されたアメリカを、7月の1カ月間、優しいハーモニーが包みこんだ。ほどなくユニオンジャックに埋めつくされる全米ヒット・チャートで、イノセントなアメリカン・ポップスが最後の輝きを見せた、64年7月。あの夏から半世紀が過ぎた。
(吉住公男=ラジオ番組制作)
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写真上●ビーチ・ボーイズ「アイ・ゲット・アラウンド」。64年5月発売、通算8枚目のシングル。前年に3位を記録した「サーフィンUSA」はあったが、この曲でビーチ・ボーイズは初の全米1位を獲得。
写真下●フォー・シーズンズ「悲しきラグ・ドール」。B面曲「サイレンス・イズ・ゴールデン」は67年にトレメローズがカヴァーし、全英1位を獲得した。



“映画を描いて映画を語る”

和田誠シネマ画集


2001年~2013年にHBギャラリーで発表した、 オスカー受賞作品や映画監督、名作映画のラストシーンなど、 映画をテーマにした絵と、ボーナストラックとして「週刊文春」で発表した映画に触発された絵、 さらに書き下ろしエッセイ「自分史の中の映画」等を収録。

和田 誠・著/装丁
B5判変型上製 272頁
本体3500円+税 ワイズ出版より好評発売中
版元 ホームページ http://www.wides-web.com

2012年12月28日(金)【年末特大号】

ヒトコト劇場 #16
[桜井順×古川タク]






大人の遠足 宇野誠一郎音楽会編

 広尾の駅で降りたのは初めてだった。この日はレストラン、シェ・モルチェで関係者だけのパーティー『宇野誠一郎音楽会』が行なわれた。入り口でコートを預け、席へと案内されるとそこにはすでにいつものメンバーがひとつのテーブルを囲って座っていた。鈴木啓之さん、星健一さん、それに足立守正さん。近くでは田村玲央奈さんがカメ

ラのセッティングをしている。席に座り、うしろを振り向くとそこはもうステージだった。ぼくはステージから一番近い席に座っていたのだ。
 渡されたパンフレット、そこには誰もが知っている、見るだけでわくわくするような曲ばかりが並んでいた。ぼくはどれもリアルタイムでは見ていない。懐かしの、や再放送、あるいはコマー

シャルで、なんてものばかり。なんて考えているといよいよ。  
 濱田高志さんがステージに立ち、会の説明をする。司会は中山千夏さん。最初は江草啓太さんのバンドだった。アコーディオンに田ノ岡三郎さん。チェロの伊藤ハルトシさん、ヴァイオリンは向島ゆり子さん。江草さんがピアノのイスに座り、軽く曲の説明があった後、カウントをとり、ぽーん、とピアノを叩いた。その瞬間からもうその世界に入り込んでしまった。なんでこんなに知ってるんだろう、と自分でも不思議なくらい歌詞がポロポロと降りてくる。「緑の陽だまり」「長靴をはいた猫」「幸せをはこぶメルモ」「とんちんかんちん一休さん」。重住ひろこさんが歌で加わり4曲「ははうえさま」「幸せはどこに」「悪魔ソング」

「キャンティのうた」。重住さんの透き通った声も素晴らしかった。そして最後に2曲、それぞれのパートのアドリブを交えた「ネコジャラ市の11人」「W3」。
 ゴスペルオーブに代わって「小さな公園」「もしも僕に翼があったらな」「夜を待とうよ」「わたしたちのこころはあなのあいたいれもの」「ねぇ!ムーミン」「アイアイ」を歌い、会場が暖かくなった。
 つづいて出てきたのは、前川陽子さんだった。「ふ

しぎなメルモ」「よんでいる」。ゴスペルオーブが加わり3曲「悟空の大冒険マーチ」「悟空が好き好き」「ひとりじゃない」。会場には、増山江威子さん。あの増山さんがすぐ目の前で喋っている。前川さんの呼びかけで熊倉一雄さんと黒柳徹子さんがステージに出る。最後の曲は「ひょっこりひょうたん島」だった。中山千夏さんが「みんなでやろうよ」と言うと、里見京子さん、横山道乃さんも出てきて最後は合唱になっ

た。力強く、楽しくて、まるで昔のレコーディングを見ているような気分になった。ぼくまで同級生に入ってしまったような錯覚。あれは何だったんだ。  
 黒柳徹子さん、熊倉一雄さんの「モグッチョチビッチョこんにちは」、そこに横山道乃さん、里見京子さんが加わって「チロリン村とくるみの木」。ここではとても書ききれない。  
 宇野誠一郎さんの作る曲はどれも楽しくて、でも、ふとした瞬間に胸を締め付けられ思わず落涙しそうになる。まだお会いした事のない宇野さんに会ってきたような、暖かく、不思議な夜だった。  
 まだあの夜の余韻が続いている。「まだ海賊なんてやってるのかい?」とハカセ、「まあだやってるんだよ」、トラヒゲが言った。
(馬場正道=渉猟家)
Photo:Leona Tamura



島田歌穂&島健 Duo Xmas Special Vol.4
~あれ? ジャズっぽくなっちゃった!? ~ レポート


 ミシェル・ルグラン「これからの人生」。これまで何度も聴いてきた曲であるが、今年の6月に、あるコンサートでお二人によるヴォーカルとピアノのデュオを聞く機会があり、そこで、この歌の素晴らしさを改めて知った。冒頭に日本語詞の朗読をした後に、英語詞の歌唱があった事で、メロディと歌詞と演奏が三位一体となり、その歌に込められたメッセージが私の中に強烈に響いたのである。も

う一度それを経験したく、12月中旬、青山スパイラル・ホールでのデュオ・コンサートにお邪魔した。
 今回は「あれ?ジャズっぽくなっちゃった!?」というテーマで、スタンダードから民謡やJーPOP、アイドルまで、お二人による〝ジャズ〟を十二分に聴かせて頂いた。特に、アレンジで驚いたのが、今や国民的アイドルになったグループの大ヒット曲。英語詞で歌われたという事もあるが、

完全に〝4ビート・ジャズ〟になっており、サビになるまでこの楽曲とは気が付かなかった。また、被災地への祈りを込めて演奏された宮城県民謡「大漁唄い込み」。民謡とジャズはワークソング的ルーツから共通点は多いものの、その絶妙なアレンジとプリミティブな演奏に引き込まれた。
 しかし、改めて考えて見ると、ポピュラーな曲はジャズになりえる要素を持っている。コルトレーンで有名になった「マイ・フェヴァリット・シングス」は元々、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」で唄われていたものであるし、ビリー・ジョエルの「ニューヨークの想い」やビートルズの「イエスタディ」を例に挙げるまでもなく、ロックやポップスの名曲がもはやスタンダードになっている曲も少なくない。

今回のお二人の選曲によるコンサートは、メジャー過ぎて見過ごしている楽曲の良さを再認識するいい機会となった。
 また、今回のお二人のヴォーカルとピアノのデュオ形式は改めて述べるまでも無いが、音楽が原石として扱われる最もピュアな状態であると同時に、演者にとっては最も真価が問われる形式である。そして、最も

歌がダイレクトに伝わる形態のため、ある種真剣勝負と言ってもいいかもしれない。そういった緊張状況の中で、お二人の演奏は正に息の合ったおしどり夫婦のよう。「夫婦漫才」ともお二人は評していたが、そのクオリティの高い演奏に対して、曲間のトークはリラックス&ユーモラス。お二人のデュエット「眠そうな二人」の様に、その緩急合わせ持つステージ・パフォーマンスは正にエンターテイメントであった。
 「これからの人生」。この楽曲はお二人にとってステージで必ず歌っていくライフワークとのこと。そして、デュエットも今後、ステージではお馴染みのコーナーになるという事(?)なので、これからの私の人生に楽しみが二つ増えたことになる。
(星健一=会社員)
Photo:山崎智明 ・島健オフィシャルサイト www.shimaken.jp ・島田歌穂オフィシャルサイト www.shimadakaho.com



音の魔術師の魔法はとても温かかった
マリア・シュナイダー・オーケストラ・ライヴ・レポート@BLUE NOTE TOKYO

 12月19日水曜日、ブルーノート東京でおこなわれたニューヨーク・ジャズ・シーンで活躍する音の魔術師、マリア・シュナイダー・オーケストラの初来日公演に行ってきました。グラミー賞受賞、批評家筋からは「現代最高のジャズ・オーケストラ」と賞賛されているとはいえ、メジャー・レーベルとの契約無し、日本では国内盤リリース無し、そのうえ12月という慌ただしい時期の来日ということ

で、会場に入るまで正直観客動員に関して一抹の不安があったのも事実。
 しかし、そんな心配は全くの取り越し苦労で、早い時間のセットにもかかわらず立ち見が出るほどの満席状態。外の寒さとは対照的に、期待と興奮の熱気で一杯でした。そこへメンバーと共に黒のスラックスに長い金髪をなびかせてマリアが登場。大所帯を率いているとは思えないほど小柄な姿に少しビックリ。ほどな

く彼女の指先の合図で演奏がスタート、美しいアンサンブルが静かに会場を満たし、私たちを一気に音の魔術に引き込みます。 
 今回は初来日ということもあり、ファースト・アルバム『エヴァネッセンス』(92年録音)から最新作『スカイ・ブルー』(07年)まで、新旧の作品から楽曲をセレクト、短い時間で彼女の音楽キャリアを総括出来る内容になっていました。
 ただやはり素晴らしかったのは近年の楽曲、フランク・キンブローのピアノが美しい「ダンサ・イルソリア」、そしてグラミー賞ベスト・インストゥルメンタル・コンポジションを受賞した大作「セルリアン・スカイ」。大空を雄大に飛び回るようなスケールの大きいドニー・マッカスリンのテナー・サックスから、小鳥のさえずりをイメージし

たゲイリー・ヴェルサーチのアコーディオンへと演奏がバトンタッチされる場面は、彼女の魔法が頂点に達した瞬間でした。
 ライヴを観ていて特に感じたのは、イングリッド・ジェンセン(tp)、ラーシュ・ルンド(g)、クラレンス・ペン(ds)など、

自らリーダー作をリリースする超一流のオーケストラのメンバー全員が、彼女のイメージや意図を完璧に理解しており、その楽曲の素晴らしさに心から敬意を表しながら演奏していたことです。
 芸術家は純粋。良い音楽を演奏しているとき、ミュージシャンはホントに良い顔になる。それを聴いている私たちも良い顔になります。アンコールとして演奏した彼女の学生時代の楽曲「バード・カウント」終了後、スタッフからもう一曲演奏できることを知らされ、「新曲を!」と言って、思わぬクリスマス・プレゼントも受け取れて大満足。ニューヨークからやってきた「音の魔術師」は、ブルーノート東京をそんな温かい魔法で包み込みました。
(土屋光弘=ラジオ番組制作者)
Photo:Takuo Sato 写真提供:ブルーノート東京



正真正銘の『ザ・ビーチ・ボーイズ・コンプリート』
シンコー・ミュージック刊「The Beach Boys Complete Revised Edition」発売によせて

 ファースト・エディションが出てから15年、セカンド・エディションの「2001」から11年、この間は激変の11年で、ブライアンは封印していた『スマイル』を完成させ、ビーチ・ボーイズ版もボックスセットで登場、遂には結成50周年記念にブライアンがビーチ・ボーイズに25年ぶりに復帰、フルメンバーで出したアルバムが大ヒット、来日公演まで果たしたのは記憶に新しい。でもこんなことだけを書いていたら、そこらの

ビーチ・ボーイズ本と同じ。本書は「コンプリート」という名前をあえて付けているのだ。
 ビーチ・ボーイズ、ブライアンを全てのメンバーのソロ活動について、コンピレーション盤参加、ライブ盤参加、絵本の付属品、ダウンロード販売に至るまで、また、バック・コーラス参加作品までその全てを網羅。コンプリート・ディスコグラフィー、そしてレア・トラックは内容まで紹介している。ビーチ・ボーイズ・

ナンバーは全ての曲のリード・ヴォーカルから曲の内容まで完全紹介。カラーページには世界で数枚しか確認されていない貴重盤など、ほぼ入手不可能なレコードを網羅した。全アルバム紹介、ステレオ盤とモノラル盤との比較、関係人物名鑑、使用楽器はさらに充実し、ライブ・イン・ジャパンに関してはビーチ・ボーイズ、ブライアンにとどまらずマイクのソロ、マイク&ブルース、アルのソロまでその全ての内容に加え、歌った楽曲まで紹介している。「ペット・サウンズとスマイル」は最新情報に基づいて大幅加筆、プロモ盤、面白盤も充実させている。加えてビーチ・ボーイズ・ファンで知られる江口寿史のインタビューを掲載、山下達郎、江口寿史、とり・みきなどによる好きなアルバム&楽曲アンケートも掲載

ザ・ビーチ・ボーイズ・コンプリート revised edition

世界で一番詳しいビーチ・ボーイズ本!

徹底したデータ・リサーチとレア盤追跡でマニアを唸らせた究極の1冊が前版から11年の時を経て、遂に全面リニューアル。新たに発覚した新事実、大幅にアップデートした作品解説を盛り込みメガ・レア盤写真も一挙掲載した正真正銘のコンプリート・ブック!!

本書の内容:日米レア・ジャケット・コレクション/全アルバム・ガイド/全曲解説 A to Z/コンプリート・ディスコグラフィー/レア・トラックス(バック・コーラス参加作品等を含む)/ソロ・ワークス(ヒストリー&コンプリート・ディスコグラフィー、ブライアン・ウィルソン・レア・トラックス)/関連人物名鑑/全映像作品リスト/全来日コンサート・レポート/ブライアン・ウィルソン・インタビュー/とり・みき 無頼庵的人生/江口寿史インタビュー 他

巻末コラム:山下達郎、江口寿史、とり・みき、執筆陣が選んだフェイヴァリット・アルバム&ソング・リストを掲載!!

[編集担当より]
本書は当初、今夏のビーチ・ボーイズ来日に合わせて刊行する予定で制作をスタートしましたが、11年前に発売した前版のデータがすでに消失しており、復元が必要な部分の作り直しに予想以上の時間を要しました。度重なる発売延期でたいへんお待たせして恐縮ですが、その分11年版以降の膨大なアップデート情報は、可能な限り詰め込んだつもりです。途中、手術のため入院を余儀なくされた佐野邦彦氏も、病床にありながら全力で仕上げに取り組んでくださいました。文字通り「入魂」のビーチ・ボーイズ研究書、何卒よろしくお願いいたします!

監修:佐野邦彦(VANDA)/シンコ—ミュージック・エンタテイメント/12月27日発売/B5版304ページ/定価3,360円

した。
 「コンプリート」なものにしないと話にならないと、来日時期などの「旬」な時期を無視して約5ヶ月遅れてしまいまったが、「世界で一番詳しいビーチ・ボーイズ本」と自信を持ってお届けできると言える。
 遅れた原因は前版の文字

データが消えていたという要因もあるが、私、佐野が病気で9月中旬から入院、今でも転院して入院中だが、最終入校日までの入院中の2ヶ月半の間、手術でメールのやり取りができない期間を入れても、担当編集者である荒野さんと私の間で送信268通、受信232

通とメールは500通に達した。それだけこの本をいいものにしようとまさに死力を尽くした1冊だった。全ビーチ・ボーイズ・ファンのご期待に絶対にお答えできると自負しているので、是非、お求めいただきたい。
(佐野邦彦=VANDA編集人)



かたちに残すこだわりの嘉門達夫

 嘉門達夫が再ブレイクしてます。一昨年の夏からテレビ東京系の『ピラメキーノ』という番組で、コロムビア在籍時代の86年に発表された「アホが見るブタのケツ2」(歌詞等が異なる最初のヴァージョンは85年に発表)がコーナーとして取り上げられてから、年少の子供たちのツボにはまったのか、ジワジワと人気が

出てきたものだそうです。90年代序盤に紅白歌合戦に白組として出演したほどの大ヒット「替え唄メドレー」が代名詞のようになっていますが、それは嘉門達夫の歌の全ての中では氷山の一角でしかなく、この度のブレイクのキッカケが「アホが見るブタのケツ2」だったことはデビューまもない時期から聴いていた自分と

しては大変嬉しいことです。「替え唄メドレー」は、CD以前からライヴのMCなどでやっていたネタを商品化するのに当事者に承認を求めたり並々ならぬ御苦労があってのものなので軽視は出来ません。しかし(繰り返しになりますが)壮大な嘉門達夫ワールドの中では一部に過ぎないのです。
 「アホが見るブタのケツ」は、小学校時代にクラスでこんなことがあった、こんなヤツがおった、という「あるあるネタ」で構成された歌詞なのですが、見覚え、身に覚えがあるほどに笑えます。日常のあるある、日常の疑問、日常の〇〇… その細かい部分をデフォルメして歌にしていく、音楽と笑いの融合を息長くやっているミュージシャン、シンガーソングライターとしては希有な存在です。
 「僕の中ではホント、笑

いと音楽の垣根はないんですよ。(略)僕は最初から(笑いと音楽とを)合わしていこうと思っていたので… うん、〝どっちもやねん〟っていう概念の中で。それは僕にとっては自然な表現であり、これからもそれをやっていこうという…」(『嘉門達夫BOX』封入ブックレット掲載のインタビューより/以下同)
 嘉門達夫のこだわりのひとつに「形に残していくこと」というのがあって、「お笑いの人たちとかが、すごいヒット・フレーズを持っているのに、形にせずにそのまま一発屋みたいに忘れられていくのを見てると〝なんで形にしとかへんねん〟って」。自身の作品はもちろん、リスペクトする人の声も形に残すという作業を嘉門達夫は歌の中でやってきています。オリジナル・アルバム『天賦の才

嘉門達夫BOX~怒涛のビクター・シングルス

嘉門達夫デビュー30周年記念企画 怒涛のリリース・ヒストリーをパッケージ化! ビクターにおける嘉門達夫の軌跡をシングルCD完全収録+αと映像でたどるBOX ・120ページブックレットに、嘉門達夫インタビュー、解説、カラーページにもビクター時代の詳細なディスコグラフィー(ジャケットはウラ面、帯も紹介)、封入物や広告などを掲載。
・アイテムの詳細、収録曲はこちら
http://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A000318.html

2012年12月26日(水)発売
VIZL-512/18,900円(税込)

能』の1曲目「アカペラな夜」には、笑福亭仁鶴、桂三枝、コメディNo・1、月亭可朝などのライブラリー音源をミックスして織り込んだり… 伝え聞いた話では、作品のみならず、子供の頃から収集してきた物も集めた嘉門達夫博物館を作るという夢もあるそうです。そういった話と、僕がコロムビア在籍時代からの嘉門達夫ライヴも何度か見てきたリスペクトを込めて

『嘉門達夫BOX~怒涛のビクター・シングルス』を企画、ディレクションしてみたら、シングル完全収録、さらに発表順収録の中にアルバムの1曲目を基本に挟み込み収録して、CDとDVD、そしてブックレットの三位一体で楽しめる「ビクター時代の嘉門達夫博物館」を建てるつもりの内容にふくらんじゃいました。
(高島幹雄=パッケージ・クリエイター)