[桜井順×古川タク]
大人の遠足 宇野誠一郎音楽会編
広尾の駅で降りたのは初めてだった。この日はレストラン、シェ・モルチェで関係者だけのパーティー『宇野誠一郎音楽会』が行なわれた。入り口でコートを預け、席へと案内されるとそこにはすでにいつものメンバーがひとつのテーブルを囲って座っていた。鈴木啓之さん、星健一さん、それに足立守正さん。近くでは田村玲央奈さんがカメ
ラのセッティングをしている。席に座り、うしろを振り向くとそこはもうステージだった。ぼくはステージから一番近い席に座っていたのだ。 渡されたパンフレット、そこには誰もが知っている、見るだけでわくわくするような曲ばかりが並んでいた。ぼくはどれもリアルタイムでは見ていない。懐かしの、や再放送、あるいはコマー
シャルで、なんてものばかり。なんて考えているといよいよ。 濱田高志さんがステージに立ち、会の説明をする。司会は中山千夏さん。最初は江草啓太さんのバンドだった。アコーディオンに田ノ岡三郎さん。チェロの伊藤ハルトシさん、ヴァイオリンは向島ゆり子さん。江草さんがピアノのイスに座り、軽く曲の説明があった後、カウントをとり、ぽーん、とピアノを叩いた。その瞬間からもうその世界に入り込んでしまった。なんでこんなに知ってるんだろう、と自分でも不思議なくらい歌詞がポロポロと降りてくる。「緑の陽だまり」「長靴をはいた猫」「幸せをはこぶメルモ」「とんちんかんちん一休さん」。重住ひろこさんが歌で加わり4曲「ははうえさま」「幸せはどこに」「悪魔ソング」
「キャンティのうた」。重住さんの透き通った声も素晴らしかった。そして最後に2曲、それぞれのパートのアドリブを交えた「ネコジャラ市の11人」「W3」。 ゴスペルオーブに代わって「小さな公園」「もしも僕に翼があったらな」「夜を待とうよ」「わたしたちのこころはあなのあいたいれもの」「ねぇ!ムーミン」「アイアイ」を歌い、会場が暖かくなった。 つづいて出てきたのは、前川陽子さんだった。「ふ
しぎなメルモ」「よんでいる」。ゴスペルオーブが加わり3曲「悟空の大冒険マーチ」「悟空が好き好き」「ひとりじゃない」。会場には、増山江威子さん。あの増山さんがすぐ目の前で喋っている。前川さんの呼びかけで熊倉一雄さんと黒柳徹子さんがステージに出る。最後の曲は「ひょっこりひょうたん島」だった。中山千夏さんが「みんなでやろうよ」と言うと、里見京子さん、横山道乃さんも出てきて最後は合唱になっ
た。力強く、楽しくて、まるで昔のレコーディングを見ているような気分になった。ぼくまで同級生に入ってしまったような錯覚。あれは何だったんだ。 黒柳徹子さん、熊倉一雄さんの「モグッチョチビッチョこんにちは」、そこに横山道乃さん、里見京子さんが加わって「チロリン村とくるみの木」。ここではとても書ききれない。 宇野誠一郎さんの作る曲はどれも楽しくて、でも、ふとした瞬間に胸を締め付けられ思わず落涙しそうになる。まだお会いした事のない宇野さんに会ってきたような、暖かく、不思議な夜だった。 まだあの夜の余韻が続いている。「まだ海賊なんてやってるのかい?」とハカセ、「まあだやってるんだよ」、トラヒゲが言った。 (馬場正道=渉猟家)Photo:Leona Tamura
島田歌穂&島健 Duo Xmas Special Vol.4
~あれ? ジャズっぽくなっちゃった!? ~ レポート
ミシェル・ルグラン「これからの人生」。これまで何度も聴いてきた曲であるが、今年の6月に、あるコンサートでお二人によるヴォーカルとピアノのデュオを聞く機会があり、そこで、この歌の素晴らしさを改めて知った。冒頭に日本語詞の朗読をした後に、英語詞の歌唱があった事で、メロディと歌詞と演奏が三位一体となり、その歌に込められたメッセージが私の中に強烈に響いたのである。も
う一度それを経験したく、12月中旬、青山スパイラル・ホールでのデュオ・コンサートにお邪魔した。 今回は「あれ?ジャズっぽくなっちゃった!?」というテーマで、スタンダードから民謡やJーPOP、アイドルまで、お二人による〝ジャズ〟を十二分に聴かせて頂いた。特に、アレンジで驚いたのが、今や国民的アイドルになったグループの大ヒット曲。英語詞で歌われたという事もあるが、
完全に〝4ビート・ジャズ〟になっており、サビになるまでこの楽曲とは気が付かなかった。また、被災地への祈りを込めて演奏された宮城県民謡「大漁唄い込み」。民謡とジャズはワークソング的ルーツから共通点は多いものの、その絶妙なアレンジとプリミティブな演奏に引き込まれた。 しかし、改めて考えて見ると、ポピュラーな曲はジャズになりえる要素を持っている。コルトレーンで有名になった「マイ・フェヴァリット・シングス」は元々、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」で唄われていたものであるし、ビリー・ジョエルの「ニューヨークの想い」やビートルズの「イエスタディ」を例に挙げるまでもなく、ロックやポップスの名曲がもはやスタンダードになっている曲も少なくない。
今回のお二人の選曲によるコンサートは、メジャー過ぎて見過ごしている楽曲の良さを再認識するいい機会となった。 また、今回のお二人のヴォーカルとピアノのデュオ形式は改めて述べるまでも無いが、音楽が原石として扱われる最もピュアな状態であると同時に、演者にとっては最も真価が問われる形式である。そして、最も
歌がダイレクトに伝わる形態のため、ある種真剣勝負と言ってもいいかもしれない。そういった緊張状況の中で、お二人の演奏は正に息の合ったおしどり夫婦のよう。「夫婦漫才」ともお二人は評していたが、そのクオリティの高い演奏に対して、曲間のトークはリラックス&ユーモラス。お二人のデュエット「眠そうな二人」の様に、その緩急合わせ持つステージ・パフォーマンスは正にエンターテイメントであった。 「これからの人生」。この楽曲はお二人にとってステージで必ず歌っていくライフワークとのこと。そして、デュエットも今後、ステージではお馴染みのコーナーになるという事(?)なので、これからの私の人生に楽しみが二つ増えたことになる。 (星健一=会社員)Photo:山崎智明 ・島健オフィシャルサイト www.shimaken.jp ・島田歌穂オフィシャルサイト www.shimadakaho.com
音の魔術師の魔法はとても温かかった
マリア・シュナイダー・オーケストラ・ライヴ・レポート@BLUE NOTE TOKYO
12月19日水曜日、ブルーノート東京でおこなわれたニューヨーク・ジャズ・シーンで活躍する音の魔術師、マリア・シュナイダー・オーケストラの初来日公演に行ってきました。グラミー賞受賞、批評家筋からは「現代最高のジャズ・オーケストラ」と賞賛されているとはいえ、メジャー・レーベルとの契約無し、日本では国内盤リリース無し、そのうえ12月という慌ただしい時期の来日ということ
で、会場に入るまで正直観客動員に関して一抹の不安があったのも事実。 しかし、そんな心配は全くの取り越し苦労で、早い時間のセットにもかかわらず立ち見が出るほどの満席状態。外の寒さとは対照的に、期待と興奮の熱気で一杯でした。そこへメンバーと共に黒のスラックスに長い金髪をなびかせてマリアが登場。大所帯を率いているとは思えないほど小柄な姿に少しビックリ。ほどな
く彼女の指先の合図で演奏がスタート、美しいアンサンブルが静かに会場を満たし、私たちを一気に音の魔術に引き込みます。 今回は初来日ということもあり、ファースト・アルバム『エヴァネッセンス』(92年録音)から最新作『スカイ・ブルー』(07年)まで、新旧の作品から楽曲をセレクト、短い時間で彼女の音楽キャリアを総括出来る内容になっていました。 ただやはり素晴らしかったのは近年の楽曲、フランク・キンブローのピアノが美しい「ダンサ・イルソリア」、そしてグラミー賞ベスト・インストゥルメンタル・コンポジションを受賞した大作「セルリアン・スカイ」。大空を雄大に飛び回るようなスケールの大きいドニー・マッカスリンのテナー・サックスから、小鳥のさえずりをイメージし
たゲイリー・ヴェルサーチのアコーディオンへと演奏がバトンタッチされる場面は、彼女の魔法が頂点に達した瞬間でした。 ライヴを観ていて特に感じたのは、イングリッド・ジェンセン(tp)、ラーシュ・ルンド(g)、クラレンス・ペン(ds)など、
自らリーダー作をリリースする超一流のオーケストラのメンバー全員が、彼女のイメージや意図を完璧に理解しており、その楽曲の素晴らしさに心から敬意を表しながら演奏していたことです。 芸術家は純粋。良い音楽を演奏しているとき、ミュージシャンはホントに良い顔になる。それを聴いている私たちも良い顔になります。アンコールとして演奏した彼女の学生時代の楽曲「バード・カウント」終了後、スタッフからもう一曲演奏できることを知らされ、「新曲を!」と言って、思わぬクリスマス・プレゼントも受け取れて大満足。ニューヨークからやってきた「音の魔術師」は、ブルーノート東京をそんな温かい魔法で包み込みました。 (土屋光弘=ラジオ番組制作者)Photo:Takuo Sato 写真提供:ブルーノート東京
正真正銘の『ザ・ビーチ・ボーイズ・コンプリート』
シンコー・ミュージック刊「The Beach Boys Complete Revised Edition」発売によせて
ファースト・エディションが出てから15年、セカンド・エディションの「2001」から11年、この間は激変の11年で、ブライアンは封印していた『スマイル』を完成させ、ビーチ・ボーイズ版もボックスセットで登場、遂には結成50周年記念にブライアンがビーチ・ボーイズに25年ぶりに復帰、フルメンバーで出したアルバムが大ヒット、来日公演まで果たしたのは記憶に新しい。でもこんなことだけを書いていたら、そこらの
ビーチ・ボーイズ本と同じ。本書は「コンプリート」という名前をあえて付けているのだ。 ビーチ・ボーイズ、ブライアンを全てのメンバーのソロ活動について、コンピレーション盤参加、ライブ盤参加、絵本の付属品、ダウンロード販売に至るまで、また、バック・コーラス参加作品までその全てを網羅。コンプリート・ディスコグラフィー、そしてレア・トラックは内容まで紹介している。ビーチ・ボーイズ・
ナンバーは全ての曲のリード・ヴォーカルから曲の内容まで完全紹介。カラーページには世界で数枚しか確認されていない貴重盤など、ほぼ入手不可能なレコードを網羅した。全アルバム紹介、ステレオ盤とモノラル盤との比較、関係人物名鑑、使用楽器はさらに充実し、ライブ・イン・ジャパンに関してはビーチ・ボーイズ、ブライアンにとどまらずマイクのソロ、マイク&ブルース、アルのソロまでその全ての内容に加え、歌った楽曲まで紹介している。「ペット・サウンズとスマイル」は最新情報に基づいて大幅加筆、プロモ盤、面白盤も充実させている。加えてビーチ・ボーイズ・ファンで知られる江口寿史のインタビューを掲載、山下達郎、江口寿史、とり・みきなどによる好きなアルバム&楽曲アンケートも掲載
| した。 「コンプリート」なものにしないと話にならないと、来日時期などの「旬」な時期を無視して約5ヶ月遅れてしまいまったが、「世界で一番詳しいビーチ・ボーイズ本」と自信を持ってお届けできると言える。 遅れた原因は前版の文字 データが消えていたという要因もあるが、私、佐野が病気で9月中旬から入院、今でも転院して入院中だが、最終入校日までの入院中の2ヶ月半の間、手術でメールのやり取りができない期間を入れても、担当編集者である荒野さんと私の間で送信268通、受信232 通とメールは500通に達した。それだけこの本をいいものにしようとまさに死力を尽くした1冊だった。全ビーチ・ボーイズ・ファンのご期待に絶対にお答えできると自負しているので、是非、お求めいただきたい。 (佐野邦彦=VANDA編集人) |
かたちに残すこだわりの嘉門達夫
嘉門達夫が再ブレイクしてます。一昨年の夏からテレビ東京系の『ピラメキーノ』という番組で、コロムビア在籍時代の86年に発表された「アホが見るブタのケツ2」(歌詞等が異なる最初のヴァージョンは85年に発表)がコーナーとして取り上げられてから、年少の子供たちのツボにはまったのか、ジワジワと人気が
出てきたものだそうです。90年代序盤に紅白歌合戦に白組として出演したほどの大ヒット「替え唄メドレー」が代名詞のようになっていますが、それは嘉門達夫の歌の全ての中では氷山の一角でしかなく、この度のブレイクのキッカケが「アホが見るブタのケツ2」だったことはデビューまもない時期から聴いていた自分と
しては大変嬉しいことです。「替え唄メドレー」は、CD以前からライヴのMCなどでやっていたネタを商品化するのに当事者に承認を求めたり並々ならぬ御苦労があってのものなので軽視は出来ません。しかし(繰り返しになりますが)壮大な嘉門達夫ワールドの中では一部に過ぎないのです。 「アホが見るブタのケツ」は、小学校時代にクラスでこんなことがあった、こんなヤツがおった、という「あるあるネタ」で構成された歌詞なのですが、見覚え、身に覚えがあるほどに笑えます。日常のあるある、日常の疑問、日常の〇〇… その細かい部分をデフォルメして歌にしていく、音楽と笑いの融合を息長くやっているミュージシャン、シンガーソングライターとしては希有な存在です。 「僕の中ではホント、笑
いと音楽の垣根はないんですよ。(略)僕は最初から(笑いと音楽とを)合わしていこうと思っていたので… うん、〝どっちもやねん〟っていう概念の中で。それは僕にとっては自然な表現であり、これからもそれをやっていこうという…」(『嘉門達夫BOX』封入ブックレット掲載のインタビューより/以下同) 嘉門達夫のこだわりのひとつに「形に残していくこと」というのがあって、「お笑いの人たちとかが、すごいヒット・フレーズを持っているのに、形にせずにそのまま一発屋みたいに忘れられていくのを見てると〝なんで形にしとかへんねん〟って」。自身の作品はもちろん、リスペクトする人の声も形に残すという作業を嘉門達夫は歌の中でやってきています。オリジナル・アルバム『天賦の才
| 能』の1曲目「アカペラな夜」には、笑福亭仁鶴、桂三枝、コメディNo・1、月亭可朝などのライブラリー音源をミックスして織り込んだり… 伝え聞いた話では、作品のみならず、子供の頃から収集してきた物も集めた嘉門達夫博物館を作るという夢もあるそうです。そういった話と、僕がコロムビア在籍時代からの嘉門達夫ライヴも何度か見てきたリスペクトを込めて 『嘉門達夫BOX~怒涛のビクター・シングルス』を企画、ディレクションしてみたら、シングル完全収録、さらに発表順収録の中にアルバムの1曲目を基本に挟み込み収録して、CDとDVD、そしてブックレットの三位一体で楽しめる「ビクター時代の嘉門達夫博物館」を建てるつもりの内容にふくらんじゃいました。 (高島幹雄=パッケージ・クリエイター) |